第20話 笑顔より泣き顔が似合うと思ってつい……



「アンジェリーク、珍しいことをしているな」



 お忍びで出かけるような装いの皇子が軽く手を上げて声をかけました。声をかけられたアンジェリークは騎士の正装をして馬車に乗ろうとしているところでした。乗ろうとしている馬車は第一騎士団の物で、帝都内で使う綺麗に塗装された物でした。



 皇子の突然の登場に、皇子を知らぬ従者は怪訝そうな表情で皇子を見て、アンジェリークは面倒くさそうに振り返りました。



「そんな馬車に乗って何処へ行くつもりだ?」


「仕事ですよ仕事。格好を見れば分かるでしょうに」


「それは分かっている。なんの仕事だと聞いているんだ」


「守秘義務を知らないのですか?」



 皇子は不思議そうにアンジェリークを見やりました。騎士の作戦行動は基本的に機密、皇族でも知るには関係部署の許可が必要になります。そのことを皇子は当然知っていましたが、まさか儀礼で使うような馬車を作戦行動に使うとは思いません。



 視線をずらして馬車の中を見るとローザが乗っています。彼女はかなりきっちりと修道服を着付けていました。どうやらかなり緊張しているらしく、外にいる皇子に気付いていません。



「作戦行動というのならこれ以上は聞かんが……」



 一体何をする気だ? という好奇心を皇子は隠しきれませんでした。騎士団に所属していることを隠しているというアンジェリークの事情が原因で二人の騎士団での仕事がかなり独特なのは皇子も知っています。なのにこんな目立つ馬車で、しかも二人だけで作戦行動を行うといのはかなり不思議です。



 そんな皇子を見つめていたアンジェリークがポンと手を叩いて言いました。



「気になるのなら一緒に来ますか?」



 従者がギョッとしたようにアンジェリークを見ました。



「……何をするつもりなのか知らんが大丈夫なのか?」


「はい。むしろ良い手札になりますね」



 当たり前のように皇族を手札扱いするアンジェリークに、皇子は声を上げて笑いました。



「流石だな、じゃあ同行させて貰おうか……この服でいいか?」


「ええ、問題ありませんよ」



 アンジェリークは先に馬車に乗ってローザの隣に座り、皇子は二人の前に座りました。



「え!? いや、なん!?」



 突然の皇子の登場に、緊張に緊張を重ねていたローザは混乱に陥りました。



「そこで会いまして、同行することになりました」


「なんでですか!?」


「それは……閃いたからですね」



 皇子が来れば問題なくローザの隣に座れるなと閃きました。皇子が来ること自体がそもそも大問題なのですが。ローザの右手が標的を求めてゆらゆらと揺れています。



「で、今日は何処へ行くんだ?」


「そんなことも知らずに乗ったんですか!?」


「ビューロー伯の屋敷ですよ」



 ビューロー伯、と言われ皇子は脳内の人物帳を捲りました。交易関係の利権を持つ宮廷貴族で、シュティルネマン公爵の派閥に属している、あまり評判の宜しくなく、皇子の印象もよくない人物です。



「前に人身売買組織をぶっ飛ばした倉庫で見つけた資料から伯爵がどうやら大変悪いことをしている事が判明したので捕まえに行くんですよ」



 なぜそんなことをアンジェリークがやっているかと言うと一番の適任者がアンジェリークだったからです。貴族からの賄賂や脅迫や武力が通じない存在というのがアンジェリークぐらいしか居なかったのです。



 騎士団に所属している貴族というのは基本的に男爵や子爵などの次男坊三男坊、たまに来る高位貴族も役に立たない貴族枠。ザクセン公爵家のような入るんならガチでという貴族はまず居ません。だからこそスラムのような入るに入れない場所などができてしまうわけです。



 冒険者として儲けた個人の財産が十分ゆえに賄賂に興味などなく、実家が公爵ゆえに伯爵の脅迫など通じず、個人に対する生半可な武力行使など通じず最悪逃走すれば誰も追いつけない、その上で法律の知識が豊富で貴族特有の言い回しや揚げ足取り、権謀術数を察知して回避できるぐらいに頭と口が回る、そんなアンジェリーク以上……以外の適任者は騎士団には存在しませんでした。たとえ公爵家という隠さなければならない切り札を切ることになる可能性や、幹部騎士達の胃と薬代という代償を考慮してもです。



「……お前が出張るほどの悪いこととはなんだ?」



 皇子はすでにアンジェリークの事情をある程度は知っています。だからこそ、アンジェリークが騎士の正装で騎士団の馬車に乗り公式に貴族を訪問するような悪いことが想像できませんでした。人身売買関連というのは予想できますが。



「そのうち分かりますよ。ローザ並みに表情を隠せるのであれば教えられますがね」


「それは無理だな」



 皇子は素直に引っ込みました。自身が未熟だと理解していたので文句はないのです。皇族とは思えない懐の深さです。



「ところで、ローザはなんでそんなに緊張をしているんだ? 祓魔師なのだから貴族の相手は初めてじゃないのだろう?」


「こんな良い馬車に乗るのが初めてだからです」



 ローザの言葉に皇子はキョトンとしました。



「……そんなに良い馬車かこれ?」


「平民から見たら良い馬車なんです!」



 実際は予算の関係で見てくれだけはいい、質は式典に出せるギリギリの馬車だったりします。祓魔師が各領へ移動するのに使う馬車よりは十分良いものですが。



 ムキになって皇子にキレるローザをみて、アンジェリークはふと思いました。私と皇子って本当に親戚なのかと。



 アンジェリークは真っ白な肌に金髪碧眼、皇子は濃い褐色肌に金の瞳に銀髪、とても同人種とは思えません。歴史的には初代皇帝の実弟が起源で、近いところだと曾祖母が降嫁しているので間違いなく繋がっているはずなのですが。むしろ褐色黒目黒髪のローザの方が近い気がしてきます。



 今まで違和感がなかった辺り今世では普通のことなんだろうとアンジェリークはとりあえず納得しました。



「アンジュ! この馬車良い馬車ですよね?」


「見た目だけの馬車ですね。そこそこの商人でももっと良いの乗ってますよ。もっと良い物を見抜く目を養いましょう」



 ローザはアンジェリークの肩をパシンと叩きました。距離が大分縮まったなとアンジェリークは喜びました。





 屋敷の前に止まった騎士団の馬車から降りてくる男女を見て門番は困惑と警戒を露わにしました。なんせ平民の服を着た男と女騎士姿の色々入った鞄を持った小柄な少女、そして修道女です。騎士団から使者が来るという話は聞いていても、異質すぎて怪しい集団以外の何者でもありません。



「予想とは違って真面な屋敷ですね。ゴテゴテに飾った成金っぽいイメージがあったんですが」


「それなりに続く家だからな。品位が分かるセンスぐらいは持ち合わせているんだろう」


「ああ、古い家をそのまま使ってるだけなんですね」


「帝都住みの者はだいたいそうじゃないか? 私の一家も代々引き継いだ家に住んでるぞ」


「そりゃそうでしょう」



 屋敷を見てそう感想を述べた二人に対して門番は目を細めました。一介の者が伯爵家の屋敷に偉そうな事を述べるとはなんて無礼なと思っても当然でしょう。二人の正体を知るローザは憐れみを門番へと向けました。



「お二人とも、悪ふざけが過ぎますよ」


「ああ、門番さんは雇われてるだけですしね。一緒にしては可哀想ですね」


「そんなに酷いことをやったのか?」


「少なくとも、騎士である私が来るぐらいには。貴族の家に騎士が犯罪者を引っ張るために来るって相当ですよ」



 門番は露骨に目を逸らし始めました。雇い主の罪状に巻き込まれてはたまらないのでしょう。アンジェリークに突っかかってこない辺り真面であると判断できます。騎士団は実力主義、見た目が少女だろうが現場に出てくるものは騎士相当の実力があり、なおかつ貴族の家に派遣されるだけの信頼もあると言うことです。アンジェリークに言われて今の職どころじゃねえと気付くぐらいには門番は真面でした。



 門番が目を逸らしてすぐに屋敷から執事らしき男が現れました。執事は値踏みするように三人を見やります。



「騎士団から連絡は入っていますね? 伯爵はご在宅でしょうか?」


「第一騎士団からお話は伺っております……本日はお二方と聞いておりましたが」


「多少人数が変わることぐらいあるでしょう?」


「……とても今回の件に必要な者とは思えませんが?」


「それを決めるのは貴方ではありません」



 不審そうに皇子を見る執事にアンジェリークは毅然と答えました。執事は黙ると三人を屋敷に案内を始めました。いろいろと立場の弱い騎士団ですが、国軍であるためどんなに地位が高かろうが公式訪問を追い返す事などできません。黙って入れる以外に伯爵家に選択肢はないのです。



 執事は控え室へと案内すると、伯爵は用件で暫く掛かるためここで待つように言って部屋から去りました。



「騎士団がくるって言っているのに用件を入れたのか」


「マウンティングですね。お前らよりも重要な用件で忙しいんだよと言って上下関係を意識させるみたいです」


「無駄な時間を……馬鹿らしいな。父は相手を待たせる時間を極力減らそうと努力しているのに」


「家も基本そうですね。相手と状況によってはわざと待たせるらしいですけど」



 そう言いながらアンジェリークは鞄をゴソゴソと探ります。そして鞄から本を取り出しました。



「暇つぶし用に本を持ってきましたけど、二人とも読みますか?」


「用意周到ですね」


「こうなるとは予測できましたから」



 ローザはアンジェリークから本を受け取って読み始めました。本来ならかなりのマナー違反ではありますが、ローザは特に気にすることなく読み始めます。マナーを気にしたところで無意味な相手だと判断したためです。ローザは大分図太くなりました。



 皇子は受け取った本を見て珍しそうに見回しています。



「本か、コレが」


「最近流行ってるんですよ。大量生産で安く大量に売っているから平民街の貸本屋に大量に積まれてるぐらいです」



 アンジェリークが持ってきた本は伝統的なハードカバーではなく和装本に酷似した冊子製本です。サクライ商会という商会が紙の生産から製本まで握って販売しており、ハードカバーの十分の一以下という値段が受けて帝都でも流行っています。貧乏くさいと貴族には不評ですが。



「……確かに、厚紙と皮を使って製本されたものよりは安いか。その分、脆いだろうが」


「脆い分安いですから元は取れてるんですよ。読み聞かせで興味持って文字の勉強をしようって人が増えてるらしいですよ」



 活版印刷はあるので紙を安く作れれば本も大分安く作れます。ただ、この世界の商人が大量生産大量消費の発想に至るとはとても考え辛いので自らと同じ転生者が関わっているんじゃないかとアンジェリークは考えています。探る気はないですが。



 アンジェリークに渡された本をペラペラと捲った皇子は顔を顰めました。



「恋愛小説かこれ」


「読まず嫌いせず読んでみたらどうですか?」



 アンジェリークに言われ、皇子は口をへの字に曲げつつも読み進めました。



「お茶くらい出ると思いますけど、出なかった場合は私が用意しますね」


「用意周到が過ぎるな」



 二時間ほどすると執事が部屋に入ってきて固まりました。テーブルに出した覚えのないお茶と茶菓子が広がり、本を読んだり魔法で氷像作ったり野菜炒め作ったりしてる一団がいたからです。特に火も使わずフライパンで野菜炒め作ってる女騎士が理解出来ませんでした。



「あ、タイミングが悪い。ちょうどできたところなのに……」


「後で温め直せばいいじゃないですか。仕事は早く終わらせた方がいいですし」


「そうですね。ほら、行きますよ」


「あ、おい!」



 焼けたフライパンを容赦なく高級テーブルの上に置くと皇子から本を取り上げました。皇子は舌打ちをすると野菜炒めを手で摘まみ口に入れました。皇子は度重なるスラムへのお忍びにより多少はしたない行為にも慣れていました。



「……お前、料理出来たんだな」


「このぐらいは誰でもできますよ」


「いや、料理はともかく火なしでこれはお前ぐらいだろう」



 当然ながら魔法を使っての調理です。フライパンの底を魔法で強引に温めており、効率としては普通に火の魔法を使うよりも効率は悪いです。メリットは光が出ないことぐらいでしょう。



 ちなみに、お茶も茶菓子もティーセットも調理器具も野菜も調味料も全て屋敷の調理場からパチってきたものです。アンジェリークの迷彩魔法には磨きが掛かっていました。



「ほら、グダグダしてるから執事さんが困ってるじゃないですか」


「どう見ても部屋の惨状をみて驚いてるだけですよ」


「後であの本を貸してくれ」



 三人はガヤガヤと部屋を出て、執事が慌てて追いかけていきました。



 我が物顔で屋敷を進み、伯爵の居る部屋へと入りました。中にはメイド二人と偉そうにふんぞり返って椅子に座っていた壮年の小太りの男、ビューロー伯爵が居ました。余裕そうに笑っていた伯爵は皇子の顔を認識した途端顔色が土気色に変色しました。宮廷貴族なので皇子の顔を知っているのです。



 帝国の継承権第一位を二時間ほど待たせた伯爵がオロオロと立ち上がったところをアンジェリークがたたみかけます。



「第一騎士団所属、アンジェリーク・フォン・ザクセンです。彼女は祓魔師のローザです」



 アンジェリークの名乗りにビューロー伯爵は言葉なく口をパクパクと何度か開きました。皇子も少し驚いたようにアンジェリークを見ています。



 アンジェリークがザクセンを名乗ったということは、第一騎士団の使者としてザクセン公爵直系の者が正式訪問してきたことになります。貴族とのいざこざを嫌う騎士団がそこで嘘を吐くはずがなく、たとえ嘘だとしてもザクセンの名前を騙ることを許可されていることになります。



 ローザを紹介したのは祓魔師、というか治癒士の社会的信用度が理由です。教会の治癒魔法は信仰心がなければ使えず、信仰に反する行為をした時点で使えなくなります。一概に嘘が信仰に反するわけではありませんが、治癒士の証言は録音機ぐらいの信用度があるのです。



「用件は分かっていると思いますが」


「い、いや……」



 伯爵は首を振って否定します。皇子とアンジェリークの事で頭が真っ白になっているのでしょう。



「証拠は何も残っていないとお考えでしょうが、連中は脅しのためにちゃんと残していますし、我々はそれを確保しています。ご協力願えますね?」


「あ、わ、私にはなんの事か」


「往生際が悪い!」



 アンジェリークは伯爵の顔面を殴りました。顔面を陥没させた伯爵が床で痙攣を始めました。



「……随分と強硬だな」


「だって苛ついたんですもん。それに、最低でも爵位剥奪の上に臭い飯ですし。まぁ、陛下の気分次第では死刑でしょうから多少殴っても問題ないですから。そこの執事」



 状況について行けず呆然としていた執事がびくりと身を縮めます。



「伯爵のやったことは重罪です。協力者は当然罪に問われます。貴方は協力者ですか?」


「いいえ! そもそも何のことだかわかりません!」



 不動の姿勢で執事は答えました。まぁ、そう言うだろうなとアンジェリークが思っているとメイドがおずおずと手を上げました。



「何をやっていたのかは知りませんが、怪しい部屋を知っています」



 執事は信じられないといった表情をメイドに向けました。アンジェリークは執事の腹にパンチをキメると、鞄から縄を取り出して執事と伯爵を拘束しました。



「では怪しい部屋へ案内をお願いします」



 メイドは怯えた様子ながらもハイと頷き、案内を始めました。アンジェリークは歩きつつ事情聴取を始めます。



「どうしてその部屋が怪しいと思ったのですか?」


「旦那様が入っていくのを見たのに部屋にいないということが何度かあったからです。貴族の屋敷に隠し部屋や通路があるというのは聞いていたのでこの部屋にあるんだなぁと思ったのです」


「そうですか。ところで何故隠し部屋が犯罪に関わっていると思ったのですか?」


「……わかりません。その、協力者だと思われるのが怖くなって、怪しいと思ったことを言っただけなんです」


「では、どういう犯罪だと思います?」


「死刑になるぐらいですから反逆罪、ですか? 申し訳ないのですが、法律に詳しくないのでよく分からないです」



 震える声でビクビク答えるメイドに、アンジェリークは白という判定を下しました。



 案内された部屋は極々普通の書庫でした。



「どこかの本を引っ張ると本棚が動く仕掛けとかありそうですね」


「……探すのは骨だな」


「そんな面倒な事はしませんよ」



 そう言うと、アンジェリークは迷うことなく歩きます。



「騎士団が調べた情報によると屋敷の地下が改装された事実はないそうです。屋敷そのものの改装は何度かありますが」



 帝都の土建屋を確認したそうです。確認したのはハットリくんとその仲間達ですが。



「ですが、屋敷の方の改装は何度かありましたし、今代になってもしています。間取りは分かりませんでしたが、中から見れば不自然な部分は分かります」



 そう言って一つの本棚の前に立つと、本棚を掴んで引き倒しました。



 本棚の裏は何の変哲もない壁でした。



「……やり直しを要求します」



 顔を真っ赤にしたアンジェリークが隣の本棚を倒しました。



 本棚の裏は何の変哲もない壁でした。



「ウガァアアアア!!!!」



 アンジェリークは奇声を上げて次々と本棚を倒し始めました。常に飄々とした態度を崩さないアンジェリークの突然の凶行にローザも皇子も声をかけられませんでした。メイドは青い顔をして震えていました。自身より小柄で幼い少女が幅一メートル高さ二メートルはある本の詰まった本棚を投げるように倒していたのだから当然でしょう。



 いくつか本棚を倒したところでアンジェリークは倒れない本棚を発見しました。



「コレは怪しい本棚ですね! 絶対に何か仕掛けてありますよ!」



 アンジェリークは興奮気味に本棚を調べ始めました。



「ローザ、止めなくて良いのか」


「面白いから暫く見ていましょう」



 困ったような皇子の問いにローザはにこやかに応えました。見たこともないような満面の笑みで答えるローザに皇子は引いていました。



 アンジェリークは暫く本棚を調べた後、罵りながら蹴りつけて本棚の一部を破壊し、ブツブツ言いながら最初に壊した壁の一部を調べ始めました。



「そうか! 分かりました! あの本棚の仕掛けを弄るとこの壁が動くんですね! で、今は仕掛けが動かないようにロックが掛かってるんです」



 そう言うとおもむろに太刀を抜いて壁をX字に切り、そして蹴りました。そして蹴倒した壁を乗り越えて中に入りました。ローザと皇子がそれを追いかけます。



 仕掛けはともかく、壁の向こうは本当に隠し部屋でした。質の良いベッドと机と椅子が二脚置いてあるだけの簡単な部屋で、中には人が一人いました。年齢はアンジェリークと同じかやや幼く見え、容姿は中性的、金髪翠眼で恐ろしく美形でした。そして何よりも特徴的なのは金髪を突き抜けて目立つ耳でした。



「エルフだと? あの伯爵は正気か?」



 信じられないと言った様子で皇子は呆然と呟きました。



 エルフは近似人類種と帝国では呼ばれています。北は凍土から南は砂漠まで何処にでも居る人間と違い、エルフは森林地帯に集落を形成します。種特有の魔法が存在し、その魔法により集落は隠されているため外部との交流は殆どなく、たまに集落を抜け出す変わり者により存在が確認されているぐらいです。



 帝国は現在、近似人類種との友好共和を政策に掲げています。特に現皇帝はこれを重視しており、なおかつ帝国は奴隷制度とともに人身売買も禁止していますので、伯爵のやっていることは皇帝に中指を立てる行為です。爵位剥奪ですめば温情も温情でしょう。



「助けに来ました! 安心してください!」



 駆け寄って声をかけているアンジェリークにエルフは怯えていました。



「くっ! 人が近付いただけでこんな怯えるなんて伯爵はどのような仕打ちを!」


「外でドッタンバッタン大騒ぎがあった後、部屋の扉破壊して入ってきた人に怯えるのは当然ではないでしょうか」


「……なるほど」



 ローザの指摘にアンジェリークはポンと手を打ちました。エルフはきちっとした服を着せられているし顔色も悪くないため軟禁状態であった事を除けば比較的良い待遇であったことは覗えます。



 コホンと空咳をしたアンジェリークはテンションを落ち着けてエルフに話し掛けます。



「聖カロリング帝国第一騎士団所属、アンジェリーク・フォン・ザクセンと申します。名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「あ、えっと……ニーナです」


「ニーナさん、貴方は攫われてここに軟禁されているということで宜しいですか?」


「はい……森で掴まって……それで」


「そうですか。故郷に戻ることをお望みですか?」


「は、はい! すぐに帰りたいです!」


「ところがどっこい! 帰すわけにはいかないんだなコレが!」


「そ、そんな……」



 ニーナが希望から絶望へと叩き落とされたところでアンジェリークの頭に拳が叩き落とされました。



「大丈夫です。教会が責任を持ってすぐに森へと帰して差し上げます」


「ほ、本当に?」


「アレは頭がおかしいだけなので気にしなくて良いです」



 ローザはニーナに笑顔で話しつつ、アンジェリークを排除するようにジェスチャーで皇子に伝えました。皇子は頷くとアンジェリークを拘束しました。



「まあまあ、私の話を聞いてください」


「断ります」


「さっきのは言葉の綾です。帰さないというのは理由があってのことです」



 するりと皇子の拘束を抜けたアンジェリークはスッとニーナの方へと寄ります。ニーナは怯えるようにローザの影に隠れました。



「彼女は無理矢理帝都に連れてこられて軟禁されていたわけで、つまりは帝都に良い思い出がないわけです。そのまま帰すのはエルフと帝国にとってよくないでしょう。なので帝都で遊び回って良い印象を持って帰って貰おうというわけです。帝都が嫌な場所だと思われるのは嫌でしょう?」


「……それはそうですが、本人の気持ちを優先するべきですね」


「ニーナもエルフの里に帰る前に里にはないような物を見たいとは思いませんか?」



 アンジェリークの問いかけにニーナは迷うように口を閉ざしました。無理矢理連れてこられたとはいえ、丁寧に扱われていたようなので人に対する不信感はそこまで植え付けられていないようです。


 好機とみたアンジェリークはたたみかけるように言います。



「帝都には犯罪者はいますがそれ以上に人情味に溢れた人達が多いのです。それを分かってもらってから帰ってもらいましょう。ついでにお土産も沢山持って帰ってもらえば印象も多少良くなるでしょう」


「遊び回るのもお土産も良いとして、金はどうするつもりだ? お前が出すのか?」


「なに言ってるんですか? ここを何処だと思ってるんです? 伯爵から調達すればいいんですよ。では行きましょう!」



 油断したローザの隙を突いてニーナを担ぎ上げると部屋から飛び出していきました。



「あ! こら! 待ちなさい!」



 ローザと皇子は慌てて二人を追いかけました。



 アンジェリークは二人から逃げつつ屋敷から金目の物を強奪し、帝都へと飛び出していきました。

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