ボッチは地上最強生物に憧れる



 例え大失敗を犯した立ち止まったとしても、そこから自分の進む道を自ら選び、己の意志で行き先を切り開いていくのが知性を持つ人間の特権のはずであろう?


 だと言うのに一体何だというのだ、この無様を晒しきった為体ていたらくの茶番は。


 なぜ世界大戦が2度も起き、今この瞬間でも紛争地帯での殺戮さつりくショーから、「『電子レンジに猫を入れてはいけない』とは書かれていなかったから入れて、チンしたら死んじゃった」と裁判に訴えようとする細やかな事柄まで、我々は争い続けるのだ?


 人間の愚かさとは歴史を動かす極めて重要な要因なのだが、過小評価されがちだ。


 政治家や学者たちは世界を、入念で合理的な計算に基づいてそれぞれの手が指される巨大なチェスのように扱う。駒を出鱈目に動かす頭の狂った指導者は歴史上稀だ。


 だが問題は世界がチェス盤よりも遥かに複雑で、人間の合理性では本当に理解できない点にある。したがって合理的な指導者でさえ、甚だ愚かな事を頻繁にしでかしてしまうのだ。そのせいで過去にも数々の大戦が繰り返されたと言えるだろう。


 なぜ人間だけがこうも血迷ってしまえるのだ?だがその反面他の動物はどうだ?


 俺が世界で一番平和な動物を挙げるとすれば、俺は推薦したい。


 ──クマムシを。


 彼らは水分が多い環境を好むが、その中でも陸生種は地上で生きていても僅かな水分さえあれば生息できる。それに加えて自分自身が乾燥しても大丈夫なようにを持っており、その能力こそが彼らを地上最強生物たらしめてる所以なのだ。


 寿命が人間と比べたらちっぽけなのは承知だが、乾眠してる間に限っては寿命がカウントされない要素にも注目して頂きたい。樽状に包まってさえいれば宇宙や真空、絶対零度の空間に放置されても、ライフル弾に連射されても死なないのだ。


 まさに生きてるだけで偉大であるこの俺にこそ相応しい生存能力であろう?


 つまりアレは俺が長らく憧れていた生物として孤高の存在の最終形態である。


 俺がクマムシだったら乾眠状態にさえなれば不死身も同然になれるのだ。そんな状態で俺は自分の命を狙おうとする輩どもを、見下しながらこう問いかけたいのだ。


「お前に俺が葬れるのか?」


 そのセリフに憤慨した奴らが必死こいて俺を殺そうとする様を見て。身の丈以上の物に必死に背伸びしようとする様は滑稽で微笑ましいなと、笑い飛ばしてやりたい。


 ──結論を言おう。生まれ変わることが出来るなら俺はクマムシに転生したい。



 ※



「相変わらず厨二病で酷いけど、虫に関しては藤村のボウフラ呼ばわりで我慢して」


 不本意ながらもまさか片岡先生からの呼び出しを食らうことになるとは。


「絶対に嫌ですよあんなの、ただのチンピラじゃないっすか。っていうか何で英語担当の教師が社会の提出物持ってるんですか」


 この女はアレなのか、俺のストーカーなのか?俺の提出物を全て嗅ぎ回ってるのなら今すぐストーカー規制法の違反者として1年間牢獄にぶち込みたいのだが。


「今日は出張に出掛けてるせいで、プリントの返却はクラス担任であるアタシに任されたのよ」


 それはまたそんな役回りなことで。


 にしても担当の先生でも無いのにわざわざチェックする必要性有るのか?


「……それで、この感想文のどこが『過去の歴史を改めて振り返よ』なの?」


 そう言って赤ペンの先っちょを俺の感想用紙にちょんちょんとつける先生。


「愚かな種族が愚かな選択肢をいつまでも繰り返す、そんな醜い世の中へ対する魅力的な救済措置です」


出鱈目でたらめ言ってるんじゃないわよ。はあ……」


 そう露骨なため息を吐きながら、進路指導室で反対側のソファに座ってる俺に憐れみの瞳を向けてくる。いやだから俺は別に同情を求めてるわけでもないのだが。


「アンタは間違えることそのものがイケナイかのように書き綴っていたけれどね〜」


 俺が物申したかったのは行動そのものじゃなくて、その規模だったんだが。


「先生だって間違いだらけだからこそ夫に見捨てられるんだし、それで──ンガハアァッ!?」


 ──鞭で思いっきり太腿ぶっ叩かれてマジで痛えッ!


 つーか何で教師がそんな拷問器具隠し持ってんだよおかしいだろッ!?


「先生ってもしかしてド──」


「荒牧はまだお仕置きが足りないようだね〜?」


 ドSだから前の旦那さんに愛想尽かされたんじゃないか?って口に出したら部屋に死体が転がりそうだから言うのを辞めることにした。


「何でもないです……」


 マジでおっかないなこのババア今後も気をつけないと。


「そういえば荒牧、今日河南の奴が依頼を申請してきたぞ」


「お、そうなんですね」


 それはめでたい話だな。


 初部員になりそうな感じがするし、真剣に向き合ってみるか。


「ああ、依頼の内容は藤村のみに伝えておくから楽しみにしといてよね。それと必要なものはアタシの方で用意しておくから」


「よろしくお願いします」


 片岡先生って意外と太っ腹なんだな。一体何の以来なんだか。


「ときに荒牧、ボランティア部での居心地はどうだ?」


「基本的に居心地は良いんですけど、いつも藤村が俺を虐めてくるんですよ」


 昨日だって俺の仕草がキモいとか何とかでまた罵倒されまくったしな。


「あっははっ、随分と藤村に気に入られてるわね荒牧」


「はあ?そんなことないでしょ、俺のことをオモチャか何かと認識してるぞアレは」


「彼女も少しは心を開いて来たと言えるかしらね」


「弄られキャラのポジションどうにかなりませんかね」


「ふふふっ、そっかあ。けどこれでわかったでしょ?彼女も捻くれてるの。本当は心優しい子なのに、周りの環境の影響でその伝え方が不器用になっちゃったの」


 まあ出る釘が打たれるような空気を作ってる学校側にも問題があるだろう。


 それがましてや小中にも渡って行われるんだから仕方ないかもな。


 俺も当事者だから人のこと言えないけど。


「どこまでも真っ直ぐだから世の中に生き辛さを感じてるかもね。それはアンタも同じでしょ?だから交流させることでこれからお互いを支えて行って欲しいのよ」


「いやあの女と俺が支え合うとかどう考えても無理でしょ、あんな嫌味なやつ」


「あっははっ、けど君たちなら出来るとアタシは信じてるよ。だから、頑張れ」


「はーっ、有難うございます?」


 何を頑張れなのかは俺にもよくわからなかったな。


 けどとりあえず昼休みが終わりそうだったので、俺は放課後を心待ちに教室へと戻っていった。

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