ボッチはパスタ愛好家
「だから『どうすれば料理出来る様になの?』と聞かれてもコツとか無いのよ。慣れしかないわ。練習さえまともに取り組めば誰でも出来るようになれるものよ。だから本来、基礎も備わってない人間に教えることは何も無いのよ」
それは格闘ゲームにしても、身につけておくと勝率も上がる便利な反転空後を沢山練習してから教えを乞うのが経験者における礼儀のようなものだ。
まあ流石に10時間練習しても出来なかったらその時は言って欲しいが。
それは流石に教えるからな。
たぶん居ないと思うけどな、そんなヤツ。
「確かにそうだけど……みんな料理と向き合ったりしてないし、私もそんな何かに一生懸命に向き合った経験も無いから良くわかんないし……あはは」
やがてご丁寧に飾りの葉っぱもを盛り付け終えると、藤村は少しだけ乱暴に皿を置いたせいで少し派手な音を鳴らした。
キレたか?
「チッ……その他人に合わせようとする癖辞めてくれないかしら。八方美人のようで凄く不愉快だわ」
「……ぁ……」
突然の舌打ちに固まってしまう河南。
下を向いてしまったのでその表情は見えない。
まあ俺が教室での河南を見てる分だと、特に前田や上岡とは上っ面の関係を築いてるわけじゃないのは、絡みを観察してるとそうじゃないのは分かる。
「あなたには自分の意志が無いのかしら?」
けど確かに他の生徒達とだと周囲に合わせてる節が割と多い感じだな。
これじゃあ俺が河南を四六時中観察してるストーカーみたいで我ながらキモいと思うが弁解させて貰うと、ボッチだと周囲の会話が勝手に耳に入ってくるんですよ。
つまり俺は断じて犯罪者ではない。
断じて!
「既存のルールにただ従い続けるだけの屍に成り下がるのは美しい生き方とは思えないわ。そんなキャラをいつまでも演じてたら疲れて中身が死んでしまうわよ」
人間観察もが趣味である俺からすれば集団に合わせること自体もその人の意志だと言えると俺は思うが、衝突を避けるような生き方は確かに窮屈だろう。
「そうやって自分の生殺与奪の権を他人に委ねることで責任から逃れようとする輩は見てて1番イライラするわね。そんな様じゃ人生で本当に掴み取りたいものを手に入れられないまま気が付いたら人生終わってるわよッ!?」
やけに情熱的な説教をしてるようだな藤村のやつ。
河南がビクッとしたようだが驚いてるのは俺の方も一緒だ。
そんなに今の河南の生き様に思うところがあったのか。
「……それは……」
郷に入っては郷に従えという
とはいえ完全に冷静を取り戻したようの藤村は「ふーっ」と一息ついて続けた。
「……だから他人がどうこうよりも、先ずは自分自身が持っている価値観と信念に向き合って、考えてから主張するの。これ程にシンプルで美しい生き方は他に無いんじゃないかしら?」
「……っ……」
河南はエプロンの端をぎゅっと掴んだまま黙るが、藤村もバツが悪そうに目線を逸らした。
うわーなんだか超気まずい空気が流れてるな。
美味しいパスタの匂いが充満してると言うのに。
それでも藤村にそこまで神経を逆撫でする要因があったなんてビックリしたな。
するとずっと俯いてた河南が視線を藤村に向けて小さく呟いた。
「……憧れる……」
「「はっ!?」」
予想の斜めを行く返事だったせいで
「アヤミンって嘘とか言わないんだ」
瞳がキラキラしてる辺り本当にときめいてるようだ。
「私にとって……そう言うのって……痺れる……憧れる……」
そう言った途端の藤村の戸惑い様と来たら、本当に珍しい光景だな。
「……は、話を聞いてたのかしら?」
河南も人を見る目があるようだ。
同士が見つかったようで無意識に嬉しく感じてしまう。
いや今度は藤村がドン引きする逆転劇が起きてるせいで実際に吹き出しちまった。
「私はあなたに嫌われるようなことしか、言わなかったと思うんだけれど?」
「うん、確かに心にグサリと来るものがあったよ。けど、本当は私を気遣ってたようにも感じられたの。……アヤミンの言葉も事実で、私は今までアッキーとミユ以外の友達とは基本的に合わせてばっかりだったから……」
藤村がどう思ってたのかは本人の中でしかわからないことだけど、受け手がその熱量を良い方向に解釈して受け取ってくれたらそれで結果オーライだな。
「ごめん、アヤミンっ!次は真面目にやってみるからっ!」
そう言って河南は藤村に対して頭を下げながら合掌した。
何というか……物凄く鍛えがいのある弟子になったようだな河南のやつ。
「……そう、良い心がけね」
フォークでクルクル、っと。
「ああ、そうだな。この調子で頑張ったらきっと上手く作れるさ」
パクっ。
「本当かな!?なんだか、次は行けそうな気がしてきたっ!」
むしゃむしゃ、ゴクリ。
「河南が使ってたフライパンは面積が小さかったせいで、フライパンから飛び出してた部分の麺が焦げたんだ。今度はフォーク等でその飛び出た部分をお湯に浸るよう押し込めば大丈夫だけど、藤村のように大きな鍋を使った方が成功しやすいぞ」
「ええ、その対処法で合ってるのだけれど……」
クルクル、パクッと。
「いや確かにそうなんだけど、ラップがさっきからめっちゃ美味しそうにパスタ頬張ってるせいでモチベが削られてるんだけどッ!?」
ゴクリ。
「だって仕方ないだろ、藤村が作ったこのパスタがまさに家庭的って感じ全力のパスタだから、本当に美味いんだよ。……なんて言うか……──依存性があるなこれ……」
そう言ってる間にも右手が勝手にフォークに麺を巻き付けて口に運んでしまう。
「なっ!?」
「……ぁ……」
視界の端で驚愕した河南とポカンとした藤村の顔が見えたが直ぐに目の前に戻る。
ヤバいぞこれは……すっかり病みつきになってしまったぞ。
ナニ……気が付いたら俺の分が全て胃のなかに吸い込まれてたようだッ!
チラッ。
いやいかん……!残りの2人分にまで手を出すのは流石にダメだろ。
しかし、もっと食べたい。
これは普通に金取れるレベルだぞ……んがああああっ!!
「……良いなぁ……私もあんなこと言われてみたい……」
髪を指でクルクル弄りながらそうぼやく河南だったが、そんなに俺の食レポに感動して食欲が湧いたなら巻くのを髪じゃなくて、今すぐ麺に変えた方が良いと思うぞ?
「……その、私の分を食べたければ別に構わないわよ?家でいつでも作れるんだし」
「マジかっ!サンキュー藤村!」
藤村の許可を抱いたことだし、じゃあ遠慮なく。
「ラップの食いっぷりが素晴らしいね……っ」
気が付いたら完食してしまっていた。
俺はパスタ大好き人間だからな。仕方ないのだ。
「ご馳走様でした……河南も食ってみろよ、舌が蕩けるぞ」
「うんそうだね……じゃなくてッ!私のリベンジのことなんだけど……」
ああ、そういえばこれから河南が作り直すことになった、んだっけ?
「確かにそうだったけれど、今度はあなたがお手本を見せたらどうかしら?荒牧くん」
「へ?」
「俺?」
「ええ、あなたのさっきのアドバイスは的確だったし、着眼点も良かったから随分な経験者のようね?それに1人だけ食べ放題で不公平でしょ?」
「なんだお前、実は食べたかったのかよ」
「そんなんじゃないわ、馬鹿にしないで貰えるかしら」
「まあ良いか、だったら望み通りに手本を見せてやるよ」
俺は急遽自分でパスタを作ることになった。
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