第18話 告白もすっかり日常の一部



 4時間分の授業と向き合った後にようやく昼休みを迎えたので、昼飯の時間だ。


 俺はたまにクロワッサンと一緒に昼飯を食べるが現在進行形であいつは小山さんに夢中だし、今は購買へ向かったようだけど帰って来たらすぐに絡みに行くだろうな。


 それに今日は木下さんとの約束で手作り弁当を作ってくれたようなので、これからいつも1人で昼休みを過ごす時に使ってる絶景スポットへと足を運びに行くのだ。


 俺専用のボッチ絶景スポット、プラス日光除けの屋根付きだ。何とグランドを通して奥に聳える山々と空が眺められる。体育館の外側で2階へと続く階段の裏だから普段人は来ない。初めての昼休みであの場所を見つけたときはテンション上がったな。


 朝から木下さんのメッセージに返事しておいたチャットボックスを再び開いた。


『約束通りお弁当作ってきたよ』

『だから今日は例の場所で集合ね』

『おけ』


 木下さんからのメッセージからわかる通りにあいつが1度昼休みに告白されて帰ってたところに、絶景スポットでバッタリ俺と出会して知られたのがきっかけだった。


 彼女に返信をしながら木下さんはどうするんだと思ってると早速状況が動いた。


「ユウちん、一緒にご飯食べよう」


「アタシも一緒に食べるっ! って何でユウキ弁当箱を2人分も持ってるの?」


 小山さんと松本さんがそれぞれ声をかけると木下さんの机に集まった。


 あいつ俺と例の絶景スポットで昼飯を食べることを友達に言ってなかったのか。


 それに松本さんの指摘通りだ、さてどう誤魔化すんだ俺の弟子は。


 普段はあの3人だったり、他の女子と大きな輪を作って昼休みを過ごすのだが、


「あ〜ごめんね。購買にも行くし私は今日お姉ちゃんと食べることにしたから。今日お姉ちゃんがうっかりママからお弁当を受け取るのを忘れたらしくて、それでねっ」


 上手い! アリバイも完全に成立してて不審点は何ら無い状況説明だった。


 そう言っておけば大義名分の下、彼女たちの輪から抜け出せる。


 真実を闇の坂に葬り去るには姉にも根回しをしなければならないが、大丈夫か。


「そっか〜でもユウちんって普段はお母さんにお弁当作ってもらってるんだよね? 片方はミユ先輩用だからわかるけど、それに加えてまだ何か食べるの?」


「ナゴミは何言ってるのさ、ユウキも成長期なんだからむしろもっと食べるべきよ」


「いやいや改めて一日に4食も食べられるような食生活を平気で送れるJKなんてミユだけでしょ!? 並みの女子にはそんな習慣怖くて手が出せないわよ」


「ニャハハ〜、別にジュースを買うだけなんだけどね」


「おっし、じゃあ途中まで私も──」


「あー、ごめんね。今日は私に1人で行かせて」


 共にジュースを買いに行く気満々の松本さんの誘いを遮る形で拒否した木下さん。


 今までもこの3人は普段からベッタリだからこれは何だか珍しい光景だな……ヴェットリとまでは表現しないが3人が一緒でセットの認識が浸透し始めてるからな。


 木下さんは別にダンス部でもなく帰宅部だからどちらかといえば2人の方ががくっつき虫な側面もあるんだが、休日でもよく3人で遊んでたりするらしいからな。


 まあ木下さんとの約束があるし俺が先に移動していた方が賢いだろうから、あとは財布だけ掴んで今から絶景スポットへ移動しますか。


「オッケー、了解っ。けどそうだとアイちんが悲しんじゃうわね〜。いつもユウちんのお弁当にちょっかいを出してた鷹が今度は私のお弁当を狙って来そうだし」


「誰が鷹だコラアァァッ!!」


「ニャッハハっ、それじゃあ行ってくるねっ!」


 皆に手を振る形で木下さんが教室を出ようとしたところで、丁度廊下を先に出ていた俺と鉢合わせたようだ。


「……ごめんね、ニッシー……実はちょっと用事があるの……」


「……ん?」


 目線を寄越してきたかと思うと少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべて、俺を追い越し側にそれだけ言い残すと早足で行ってしまったんだが、一体何事だろうか?


 するとポケットに入ってた携帯が振動したので開けてみると、木下さんからメッセージの通知が来てたので歩きスマホになるが気を付けながら返事をしていく。


『ごめんね、用事のことなんだけど』

『実はこの昼休みに先輩に呼び出されて、』

『告白されることになっちゃったの』

『マジか』


 わおこりゃ驚いたぞ、唐突な理不尽イベントの発生だな……けど流石学年のマドンナとも言えるか。これで少なくとも俺が木下さんが告白される場面を認知することになった展開はこれで2度目となるが……モテるってのも実に大変で面倒臭そうだな。


『なら仕方ない』

『俺は適当に読書してるから』

『付き合うことにしたならドタキャンしても良いぞ』


 そのつもりは全く無かったんだが……財布を持って来て正解だったようだな。


 そうなれば俺は学食に向かってカツカレーを久しぶりに頬張ることにしようか。


『は!?』

『いやいや、』

『付き合わないから!』

『今回もサッと振るから』

『出来るだけ早く済ませてくる!』


 すると立て続けに爆弾発言がピコンピコンと飛んできて……何というか大胆って言うか、もうきっと木下さんにとって告白は学校生活の一部になってるんだろうな。


 このやり取りを今から告白しようって先輩にスクショで送ったら膝から崩れ落ちそうだな、初っ端から成功確率が絶望的過ぎるじゃん。また今度頑張れ、知らんけど。


『そうか』

『わかった』

『(木下さんより、まん丸いキャラが涙目を浮かべながら合掌してるスタンプ)』


 俺が陰キャではなく本当に根暗だったら「クククっ……クラスのマドンナがイケメンの先輩を振ってから、彼女がわざわざこの俺のために作ってくれたお弁当で食うお昼ご飯は実に飯ウマだな」と背徳感に酔いしれながら邪悪な笑みを浮かべてたかな。


 何だか物凄く頭が悪そうなネット小説のタイトルにありそうな気がしてきたが、とりあえず木下さんに降り掛かった火の粉を払うのは彼女自身に任せるとしようか。


「ふ……よし」


 それじゃあ、行くか。


 絶景スポットへ向かいながら改めて自分にあるボッチ飯の意義を振り返ってみる。


 俺がこうして人気のない場所を探し求めるのは俺が基本的には単独行動を好む一匹狼だからだろうが、ダンス以外の要因で目立つのがあまり好きじゃないからだ。


 それに半分以上がただの被害妄想だと自覚していても、皆が一緒に過ごしてる中で1人だけポツンと過ごしてると、見下されたような視線を感じてしまうのが不快だ。


「中2のときは実際にそうだったな」


 中学で唯一クロワッサンとクラス替えで離れたのが中2で、当然彼以外に友達を作らなかった俺は様々な要因でクラスから浮き過ぎて当時は天井に埋まるかと思った。


 外食する時は周囲の人間が俺の人生と何の関わりもない人たちだから全く意に返さないのだが、同じコミュニティの人間と来たら可哀想な奴認定されそうな気がする。


 まあ真に悟りを開いた一匹狼なら周囲からの評価を本当の意味でどうでも良いと思えるから堂々と1人教室で飯食えるだろうが、生憎と俺はまだそこまで至ってない。


 そうあれこれ考えているとやがて例の絶景スポットへと到着した。


 すると案の定、ベンチに木下さんが持ってたお弁当が2つ置かれていた。


「あいつ……本当にちゃっかりしてるよな」


 まあ告白現場に弁当箱を持参する方がおかしいか、むしろここに置いて行かずに向かっていけば相手が勝手に「俺が告白する前から既に受ける気満々で、しかも俺と早速2人きりで昼ご飯のデートかなっ!? ヒャッハー!!」と勘違いするだろうし。


 当然俺がここで先に片方をつまみ食いする選択肢は無いから携帯で読書していく。


「……クククっ」


 読みかけだったラノベの書籍は教室に置いてしまったので、今はブラック企業で使い潰されていた社畜が過去へとタイムリープして青春をやり直す話を読んでいる。


 それも1回目の時間軸で培ってきた社会人スキルをフル活用して学校生活のトラブルと向き合ったり、一途に思い続けていた人の好感度を上げるもので面白い。


 そしてふと見上げたら快晴で奥に佇む山々も見えるから、絶景かな絶景かなっ!


「……だ!……俺と……ってくれっ!」


 同時に景色をも堪能してると奥の方で男子生徒の緊迫した声が耳に入ってきた。


 木下さんから告白の旨を聞いていたがまさか場所が近かったとは思わなかったな。


 まあ場所が場所であまり人が来ないからそういうのに最適な環境なのは分かるが。


 だからってわざわざ昼休み中にやるものか? 放課後が1番良いと思うけどな。


「ほんっと、みんなリア充してんなぁ……」


 クロワッサンは運命の人を見つけたと本気で信じ込みながら小山さんにアプローチしまくるし、彼女も松本さんも正式にダンス部に入部して練習に励む中、木下さんも俺を通してブレイクダンスと馴染むことで自分なりの青春を探している段階だろう。


 そしてママもママで自分の仕事に精を出しており最近はそこで体験したことを共有してくれて、ルナも家では俺に甘えん坊になりながらも中学のバレー部でレギュラーとして活躍してるようだし、俺も意外とこの変化が加わった日常を楽しんでいる。


 特に木下さんとの週で2回のダンスレッスンも何だかんだで俺も最近は少し前向きな気持ちで取り組めるようになった。たまに暴走するのがネックだが基本的に物覚えの早い弟子で師匠としてはこれからの彼女の成長を密かに楽しみにしてたりもする。


 そんなあいつが今告白されてるようだが積極的に覗く気概は起きないし、大人しくベンチの背にもたれて足を組みながら優雅に読書タイムと洒落込もうじゃないか。


「……ククっ、ギャグが上手いな……」


 再びネット小説の物語に吸い込まれそうになっていたところで、


「あ〜……っと……、ごめんなさいっ!」


 と、普段でも良く聞き取るような女子生徒のハキハキした声が聞こえて来た。


「今のところ恋人を作る気が無いのでお断りします」


 ほう……? クラスの自己紹介のときと同一人物とはとても思えないセリフだな。


 まあ俺とのやり取りでも木下さんが先輩のことを振ることはもはや確定事項だったろうけど、彼女の中でブレイクダンスはすっかり大きな存在になっちまったらしい。


「……恋愛か……」


 まあぶっちゃけると俺は他人の色恋沙汰には基本的に興味が無いから、それでカップルが成立したならおめでとうと思えるが根掘り葉掘り聞きたいとは思わないな。


 良くメディアでもどこどこの芸能人が結婚だの不倫だの心底どうでも良い情報を見て、良くも盛り上げられるものだなとクラスに居るときに思ったりするものだ。


 まあラノベやアニオタには主人公とのヒロインレースの結末で議論を白熱させたやり取りを見たから分からなくもないが、やはり現実との区別はできてるから違うな。


 あ、けどルナの場合は別だな。仮の仮にルナに彼氏が出来たなら今すぐにでも殺気を全開放した圧迫を行って尋問しなければならない。「本当にお前なんかに俺の最愛の妹を大切に扱うと任せられるのか?」の質問に戦死喪失したらサヨナラ確定だな。


「どうしてなんだ? からも男女の付き合いに興味があると聞いてるぞ?」


「そうなんですね……うーん、確かに興味はありますね〜」


「じゃあ実は好きな人でも居るのか?」


「ぁ……うん、居るよ」


 へー、今木下さんが告白を受けている相手の先輩はダンス部の部長を気安く呼ぶ程に仲が良いのか。まあ俺に盗み聞きを罪悪に思う純粋な良心はとっくの昔に廃れて砂のように消えてしまったので、ただ何となく会話を分析してしまうのが悪い癖だが。


 木下さんが先輩の質問に対して『実は好きな人が居ます』って答えたのも何とも思わないしな、むしろ相手の男を諦めさせるための有効手段とさえ褒められるだろう。


 中学2年生までの俺が聞けば木下さんと関わってる頻度が増えるし『実は俺のことかな!?』なんて変にソワソワしながら血圧も上昇させていたかも知れないが。


 そうやって勝手に期待して勝手に失望するサイクルにはもう飽きたからな。そもそも最初から他人へ期待し過ぎることを辞めれば幻滅することも無くなるってものだ。


「……喉が渇いたな」


 財布を持って来てるしこれからバナナジュースを買いに自販機へ行くか。告白現場から反対側にある角を曲がればすぐそこにあるから行くか──と曲がろうところで、


「ひゃわっ!?」


「っ……」


 そこを曲がろうとしたところで女子生徒とぶつかってしまった。

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