第10話 プロポーズの真実?



『以上、体操部による部活紹介でした』


 翌日の月曜日に俺たち1年生は部活紹介の発表を見るために体育館に居た。


「なあセシル、さっきマット運動してた女の先輩めっちゃ美人だったよな!?」


 すると列の前方辺りに並んでたはずのクロワッサンが俺の隣に座ってきた。


「ああ俺もそう思うよ……ってお前まさか狙ってるのか?」


「当然だろ? 年上の美人でセクシーなお姉さんは全て俺のものなんだよ」


「あっそ……」


 相変わらず女の捕食活動に精を出してるようだ。入学してまだ間も無くだと言うのにもう既に何人かの先輩たちと仲睦まじくお楽しみに出来たらしい。


「だってセクシーなボディにレオタードが掛け算されんだぞっ! 中学の頃には思いつきもしなかった。なんて素晴らしい発想なんだ! あれっていくらするんだ!?」


「落ち着けバカ」


 先程まで体操部が部活紹介で女子がゆか・平均台と、男子が追加で平行棒という種目も追加でそれぞれの種目を披露してくれたが、さっきから猿が性欲丸出しなのだ。


「セシルお前も見てなかったとは言わせねえぞ!! 特にあの先輩のレオタード姿は格別だったろ……下の方も実にええもっこり具合やった……お前もそう思うだろ?」


「いつの間にお前キモいエロ親父みたいに成り果ててんだよ、時間遡行のし過ぎだ」


「それにアレだ……あの覚醒剤みたいな白い粉何て言うんだ?」


「なんで実物を見たことがあるかのように言うんだよ!? はあ……あれは確かタンマと言うぞ。炭酸マグネシウムの略称で滑り止めのために手足に塗りたくるんだよ」


 昨日木下さんと雑談してたときに使い道が無さそうな豆知識を得たから知ってた。


 まあクロワッサンのやつが実際に実物を見たのは流石に無いと思うが、それがどうしたって言うんだ?


「そうか、タンマって言うのか。……ウヘヘヘヘ……セシルお前も見てたか? 彼女たちが大事そうにそれを自分の手や足に塗っていく様がよう……まるで精子みたいで興奮するよなぁ? 俺もまた今度自分のキンタマに同じようなプレイを頼もう──」


「お前……悪いことは言わないから学校終わったらすぐ病院行った方が良いぞ」


 もうここまで変態になられたら気持ち悪い通り越して可哀想に思えてきたわ。


『続いて、ダンス部による部活紹介のパフォーマンスです』


 体育館が真っ暗になったかと思うと光が照らされたときには既にお洒落な格好をした20人くらいの女性の先輩方が一斉に踊り始めた。


「レベル高ッ!」


「インパクト凄いな……」


 周りの観客からもチラホラとそんな声が聞こえたがそう呟きたくなるのも無理は無いだろう。


 流石花園が1番力を入れている部活なだけのことはあるな、皆の踊りがキレキレで物凄く迫力がある。


 やがてクロワッサンが興奮したように話を振ってきた。


「おい見ろよセシル!! 青いパーカーの人! そう! あの人だけ動きが凄くね!?」


 彼の言う通りセンターで踊っていた先輩だけが明らかに物凄く目立っていた。


「ああ俺もそう思うぞ……あの人がダンス部の部長なんじゃないか?」


 1人だけ放っている存在感が桁違いで勝手に目が吸い寄せられるものがあった。


「おっし決めたぞセシル、俺あの先輩のこと落とすぞ!」


 もはやヤリチンの性ってやつだろうか。相変わらず見境がなく猿のようだな。


「全く……ああそうかよ。ガード堅そうだけど勝手に頑張れ」


 そんなクロワッサンを置いて俺も俺でダンス部のパフォーマンスを楽しめたが、やはりセンターの先輩が物凄く印象に残ったまま終わった。



 ※



 やがて放課後になり、俺は目的の場所へとクロワッサンと共に廊下を歩いていた。


「クロワッサンは高校でもサッカー続けるんだよな?」


「ああそうだぜ。なんだかんだで俺も好きがサッカーになっちまったからな」


 本日から部活の体験入部が始まるため、各部活のパンフレットが置いてある場所まで向かっていた所だ。


 到着するとクロワッサンは迷わずサッカー部のを手に取った。


「そういうセシルはどうすんだ? ダンス部に入ったりしないのか?」


「う〜んどうだろうな……BBOYが1人も居なかったら遠慮したいのが本音だ」


 そもそも男子が入って良いのかすらも分からないしな。


 まあそれは入って確かめれば良いんだが、仮に入部出来たとしてもそのまま幽霊部員になりそうだな。


 まあでも飛び込んでみて損は無いから1回だけ様子を見に行ってくるか。


「確かにな、男子がセシルだけとか気まずそう……じゃなくてハーレムの出来上がりじゃねーかッ!? おっしセシルさっさと童貞卒業するために乗り込むぞッ!」


「お前もダンス部の体験入部に潜入するつもりかっ!?」


「もちろんだ、今から一緒に行くぞ」


 そういえばこいつダンス部の部長らしき人を食い物にするって言ってたもんな。


 全く、動機が不純過ぎるがその行動力には俺も感服するばかりだよ。


 まあ俺も少し気になってたしクロワッサンと一緒に行くか。


 そう思いながらダンス部のパンフレットに手を伸ばそうとすると──。


「きゃうわっ!?」


 どうやら女生徒の手と重なってしまったようで向こうが慌てて手を引っ込んだ。


 そちらに顔を向けてみると顔を若干赤らめていた人と視線がぶつかった。


「っ……ってなんだ、松本さんか」


 そこに立っていたのは昨日俺がナンパ男たちから助けた松本愛素だった。


 彼女もダンス部の体験入部に行くつもりだったのか。


「な、なんだって何よ人に対して失礼でしょ」


 若干睨みを効かせるようにして言う松本さんだったが顔が赤いせいで怖くないな。


「悪い悪かった。けど元気そうで良かったよ」


 彼女と別れてからリノアスに入ってからもちゃんと家に帰れたようで良かったな。


「西亀のお陰様でね。改めてありがとね、お礼がしたいからまた今度──っ……」


 うん? 


 なんで松本さん急に顔をトマトみたいに真っ赤にし──ってあのことか!?


 そう言えば俺こいつを助けた際に数分くらい超濃厚接触をしてたんだっけな。


 あの後も勘違いからの自爆やら木下さんによる強制的な握手もさせられたな。


 ああくっそ。思い出してしまったら松本さんの熱が俺にまで伝播してしまった。


「……っ……」


 おいなんか喋れよ、また流石にこの沈黙は気まず過ぎて真面に顔向が出来ねえ。


「……クククっ。さっきから黙って見てりゃ、何だお前ら。もう出来てたのか?」


 そう言えば俺の真後ろにクロワッサンがまだ居たことをすっかり忘れてたな。


 いらぬ誤解を与えたようだからさっさと解消するに限る。


「いや違うぞ?」


「そ、そうよ! こんな冷血男に惚れ込むとかあり得ないからっ!」


 何だよ冷血男って。


 駅まで着いて行かなかったことをそんなに根に持ってるのか?


「松本さんって実はツンデレだったのか……めでたいじゃねえかセシル?」


「いやそんなんじゃないからっ!」


 ちょっとばかしは松本さんの言い分に耳を傾けてみたらどうだ?


 ご都合主義に勝手に俺たちのことをカップルと思い込み始めやがったぞこいつ。


 仕方が無いので俺の方からナンパ撃退の旨の話をセシルに明かした。


「ああなるほどな……ただのバカップルかと思ってたら違ったわけか」


「やっと分かってくれたか」


「まあな……そりゃこの地域で1番の不良と勘違いされても仕方ねえわ」


「やっぱりそうだよね。西亀って本当は一体何者なの?」


 セシルは俺がブレイクダンスで本気で賞金稼ぎをしてることはとうの昔から知ってたから驚きは少なかったけど、やっぱりあの反応は気になるよな。


「いや正真正銘ただの一般人だぞ?」


 ただ人一倍自分の趣味であるブレイクダンスに、真摯に向き合っているだけだ。


 実は魔法が使えたり王の血が流れているなんて特殊設定の類は一切無い。


 俺の顔とダンサー名がわかった瞬間に脱兎の如く逃げられたのは未だに謎だ。


「でもまあセシルは冷血男ってわけじゃないぞ松本さん?」


「へ?」


 なんだクロワッサンのやつ急に俺のことを喋りやがって。


「ただ優先順位が自分の中で明確になっててその通りに行動してるだけさ」


 流石俺の友達を3年間もしてきただけのことはあるようだ。


 するとドヤ顔を浮かべながらクロワッサンが松本さんに語りかけた。


「だから1度懐に潜りこめさえすれば懐いてくれるから、せいぜい頑張れよ?」


「なっ!?」


 松本さんに何か思うところがあったのかすぐまた顔が熱を帯びてしまった。


 クロワッサンのやつ何を言って──。


「っ……先に行ってるからっ!」


 ダンス部のチラシをさっと掴むと体育館へ向けてぴゅーっと行ってしまった。


「あれはなかなか可愛いよなあ、セシル? 捕まえるなら今のうちだぞ」


「いやそんなんじゃないからな」


 俺を松本さんとくっつけさせようってか? 残念だけど今の俺にそんな意思は無い。


「ふっ、そうかよ。けどそのうち恋の悩みが出来たらこの恋愛マスターの俺に相談してくれよな?」


「女の子を基本的に性欲処理の道具と認識しておいて減らず口が相変わらずだな」


 するとまた生意気にも「チッチッチッ」と指を振り始めた。


「女の子は決して物なんかじゃないぞ童貞よ。彼女達は赤ん坊の如く丁寧に扱ってやらないといけないのだよ。まるで世界に2人きりしか居ない王子と姫様のようにな」


 どうせ今頃無数の女の子からのお誘いのメッセージが殺到してる癖に良く言うよ。


「型式だけは大層立派だけど数十分後にはどうせドロドロに絡み合ってんだろ」


「それは認めるよ。なぜならセ◯クスは大切な愛情表現だからな。世の中は自分の愛を口で伝える方法があまりにも少ないから、行為に及んでるだけなんだよ」


「流石正真正銘のヤリチンは言うことも腐ってるな。例え結婚しても浮気するか?」


「しないに決まってるだろ、もちろん愛しの嫁さんと精一杯にイチャつくさ」


「それは妻がさぞ喜ぶだろうな……有言実行さえ出来ればだが」


「プロポーズするときにもう2度と浮気しないと誓を立てるよ」


「それまでは彼女さんがご愁傷様だな」


 まあ今まで本気で好きな人が出来なかったこいつの心を掴むんだから難しそうだ。


「ときにセシルは、なぜ男がプロポーズするときに跪くのかを知ってるのか?」


 なんだいきなり藪から棒に?


 確かに適当に恋愛記事をネットサーフィンしてた時に知ったぞ。


「元々は騎士が主君に忠誠を誓う時の儀式がそのまま応用されたんだろ?」


「ああ確かに形式上はその通りだが真実ではないっ!」


「じゃあ何だって言うんだよ」


「それはな、男が女の前で跪いて愛の誓いを言うのは、マ◯コに話しかけてるからなんだよ。つまり古来より男たちが愛して来たのは女性本人ではなくその体のい──」


「セクハラで訴えられろ」


 どうせ来るんじゃないかとは思っていたがまた意味不明な下ネタの冗談で呆れた。


「だからまあ、すぐその時が来ると思うから遠慮せずに相談しろよな」


 どこが「だから」なのかは理解出来なかったが、好意だけは受け取っておこう。


 けどまるで近いうちに俺が恋愛する側に回るとでも言いたげだな?


「そんな日が来そうな予感は無いが、仮に出来たら頼りにするよ」


 俺にはルナさえ居れば十分だから俺が彼女を作るなんてことは起きないだろうな。


 ──この頃の俺はまだ、そう思っていた。


「それじゃあ早速ダンス部の体験入部を受けに行こうか」


「ああ、けどその前にちょっと用を思い出したから先に行っててくれ」


「そっか、それじゃあ俺は先に行ってるぞ」


 クロワッサンが先に行くのを見て俺は木下さんとのチャットボックスを開いた。


 ついでに弟子も誘ってやるか、と。


 すぐに返事が来たのでそのままやり取りを続ける。


『これからダンス部の体験入部に行くけど、木下さんはどうする?』

『ニッシーが誘ってくれるだなんて珍しいね!』

『予定が無いなら来ることをおすすめするぞ』

『分かった』

『私も行くよ!』

『ああでも一緒に行くのは控えた方が良いよね』

『ああそうしてくれ、俺たちの関係は秘密だからな』

『残念だけど、それもそっか〜』

『じゃあまたな』

『オケまるポヨ』

『(まん丸でピンク色のキャラが頭の上で円を作ってるスタンプ)』


 最後に木下さんからよく分からないスタンプが送られて来るのを見ると閉じた。


 別に俺に細心の気遣いを使わなくても良いのにな、と苦笑してしまう。


 これから体験入部に行くのは良いが関係がバレるのは控えたいからこれで良いか。


 近くの時計を見てみたらそろそろ4時に差し迫ろうとしていた。


「それじゃあ行くか」


 そろそろダンス部の体験入部が始まりそうだな。


 俺はパンフレットを1枚掴むと急いで体育館へ向かうことにした。

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