第8話 ナンパ



 木下さんを弟子に据えた日の夜、俺は夜の街を歩いていた。


「売れ残ってると良いな〜」


 ルナとのカーレーシングゲームに夢中になってたせいで忘れかけていたが、今日は俺が追いかけているラノベの新作シリーズの発売日だから再び外出することにした。


 中学の頃からずっと休み時間とか家で暇なときはとことんラノベ読書で時間を費やしてきたからな。


 最近では頭脳戦ものやシリアス有りの学園ラブコメにハマってる。


 特に最近人気が出てきている実は最強系主人公だった頭脳戦もの学園ラブコメだったり、評判が異常に高いリア充側のラブコメ作品なんかが今激推ししてる2作品だ。


「……継父の連れ子が元カノだった件」


 まあ今日の目的の作品はそれらとは違って、元カップルが兄妹になってしまったという面白おかしい作品でこれもまた面白いから第8巻が売れ残ってると嬉しいんが。


 そう思いながら徒歩で家の近くのショッピングモールまで歩いてると、芯が強そうだが困ってそうな甲高い声が耳に入ってきた。


「だから嫌だって言ってるでしょ、お兄ちゃん達しつこいからっ!」


 声の発生源を覗き込んでみたら、建物と建物の丁度間に彼女はいた。


 いやよく見たら後ろにもう1人いる。それも3人の男に囲まれながら、だが……。


 もちろん野外でそういったプレイをしてるわけでもなさそうだった。


 それにしてもこんな場所と時間でナンパするとは、もの好きな奴らだな。


「まあまあそう言わずにさー、俺らと楽しいことでもしようやー、な〜?」


 背中側だけしか見えないが、その男3人組の外見の特徴はざっとこんな感じだな。


 金髪、ピアス、ツーブロック、タバコにネックレス。


 大学生か社会人の判断がつかないな。


 けどチャラそうな外見を独自の偏見で分析するにこの辺りの不良だろうか。


「あー、そうだよ。特にお前良いケツしてんなぁ。今からカラオケ行こや?」


 そう言ってピアスしてる方の金髪が前で庇ってる女の子に手を伸ばそうとする。


「お前ら遊園地行ったら絶対ジェットコースター乗りに行くだろ? それが今回は俺たちの上に変わるだけさ。なに、ちゃんと酔わせてやるから気持ち良くなろうや?」


 便乗するようにツーブロックの男も手を伸ばすが女の子にはたき落とされる。


「おいおい痛えじゃねえか。ちょっとは落ち着けっての、痛いのは最初だけになるからさ〜。その後はちゃんと脳味噌が蕩けるまでイカせまくってやるから安心しなよ」


 女の子の容姿を見てみると赤髪のボブヘアの少女だった。


 背丈はルナより少しだけ高いくらいだろうか、お洒落なワンピースも着てる。


 腕に買い物袋をぶら下げてて、全身がスレンダーな華奢なモデルのような体型だ。


 顔も大和撫子のようにすっきりとした目鼻立ちになってて──。


「……おいマジかよ」


 男に囲まれていたのは俺のクラスの松本愛素まつもとあいすじゃねえか。


 普段から木下さんと仲良くしてた2人のうちの1人で目立ってたから、それで勝手に名前を覚えてしまってるらしい。


『この後友達と遊びに出かける約束があるから先に帰るよ』


 そういえば木下さんのやつそんなこと言ってたんだっけな。


 あいつのことだから今どきのJKだし大所帯か複数人で遊びに行ったんだろう。


 それが解散して帰ってたところに男どもが群がって来たわけか。


 ここからじゃ松本さんの後ろに誰が隠れているのかよく見えなくて分からないが。


「さっきから嫌だって言ってるでしょ……っ!」


 そんな松本さんが一生懸命に眉を顰めながら声を張り上げて威嚇しようとしてるようだが、足元が小刻みに震えてちゃ益々男どもの情欲を掻き立ててるだけだな。


 俺はそのまま壁にもたれながら頭の中で緊急会議を開く。


「どうしよっかな……」


 俺がここで『新作ラノベを買って帰る』本来のミッションを優先したら、恐らく松本さんは今晩にも後ろの子と媚薬漬けにされて快楽地獄に陥る未来もありそうだし。


 一方であの2人を救うことを選べば彼女達の貞操の危機(処女かどうかは心底どうでも良いが)を救えるかも知れないが、目的の物資を回収し損ねるかも知れない。


 それに俺が割り込んだとして彼らが俺に暴力を振らない保証はどこにある?


 街中でギャルJKを集団でナンパするくらいだから真面な奴らじゃないだろうな。


 それに俺の肉体は俺自身にとって最大の資本とも言い換えられる状況にあるのだ。


「……ルナ……」


 俺が怪我をして入院でもすることになったらブレイクダンスがしばらく出来なくなるし、何より最愛の妹が泣き崩れてしまう。


 そんなことだけはあってはならない。


 つまり選択肢は1つになった。 


 俺は合掌すると迷わずその場を立ち去ることを決意した。


「南無阿弥陀仏」


 すまないな松本さんとその友人よ。


 ルナの笑顔の為に今晩は犠牲になってくれ。


 彼らが満足して解放してくれればすぐにアフターピル飲んだら大丈夫だ達者でな。


「そこの人ーっ!! お願いします、助けて下さいッ!!」


 やべ……間違って現場の前を通ってしまったせいで松本さんに見つかっちまった。


「アン!?」


「ここを黙って通り過ぎるんだな小僧」


「おいおいダメだろ堅気に迷惑をかけちゃあ、さあ〜」


「……っ……」


 彼女に声を掛けられたせいで2人の取り巻きが俺を威嚇してリーダー格がそのまま松本さんの肩に腕を回してしまった。


 これはもう逃げられそうな選択肢に無いだろうな。


「……ッ!?」


 予定変更だ、俺がここを黙って立ち去る訳には行かなくなったのだ。


 なぜなら見てしまったのだ。


 松本さんが叫んだ時に横からひょっこり顔を出してきた後ろの女の子の顔が。


 ──木下さんがボロボロ涙を流していたのだ。


 普段は天真爛漫でポンコツだが元気が取り柄のあいつが、泣いていたのだ。


「……ぅ……うぅ……」


 耳を澄ましてみれば小さくだが恐怖に駆られた涙声が聞こえてきた。


 反射的にカチンときた。


 弟子のそんな姿を見せつけられては指導役が黙っていられない。


 俺はすぐさま奴らと対峙することにした。


 こうなった以上は自分に出来ることをやれるだけやってみるしかない。


 運動靴履いてるからいざとなれば彼女達を引っ張って全力疾走できるしな。


「これから5Pやろうってか? 楽しそうだなオイ。クククっ、俺も混ぜてくれよ?」


 リーダー格の男の注意をも引きつけるように砕けたトーンで演技をする。


 そう言うと4人はキョトンとした表情で俺の方を見つめてきた。


 本来なら恥ずかし過ぎて軽く悶えられそうな厨二病くさい表現方法だったが、木下さんと松本さんへの注意を自分に引き付けるためにやむを得ないから仕方ない。


 約10メートルの間合いを少しずつ詰めながら返事を待つ。


「ほう? 面白いこと言うじゃねーかよお前」


 上着のポケットに手を突っ込んだままゆっくり歩いていく。


 リーダー格の手前に居る取り巻き達まで約7メートル。


「もちろん歓迎するよ、今夜は6人で楽しもうぜ?」


 残り5メートルまで近づいた辺りでリーダー格の男が近づいてきた。


 作戦通りで松本さんからも離れて俺に近づいてくれたようだな。


「その前に財布のお金を頂こうか。使用料だからちゃんと払ってくれよな?」


 もう既に彼女達を私物扱いしてるのかよ、それは流石に引くぞ俺でも。


 というよりこんなクズのような人間に彼女達が蹂躙されて良い訳がないのだ。


 接触まであと残り2メートルのところで立ち止まった。


「オイオイ女の子をモノ扱いするなよ。そいつらはな、誰のモノでも無えんだよ!」


 出来る限りドスが効いた声を意識しながら言うと、俺は帽子を被り直した。


 さてこれで作戦その2は終了だ。これから次のフェーズに移って奴らを撹ら──。


「セ、セルシウスだとっ!?」


「……ぇ……?」


 そう叫んだかと思うと今吸っていたタバコを男が足元に捨てて靴で擦り潰した。


 ……は?


「ボ、ボボボボボボスっ!! あの男ですよっ、セルシウスっ!!」


 口元がバグったかのような喋り方だな、噛みまくりで吹き出しかけたぞ。とは言えなんでこんな田舎町のチンピラのような奴らが俺のダンサーネームを知ってんだ?


「あん、セルシウス? なに体温計の話してんだよ」


 俺はこんなにも頭が悪そうなあなたがちゃんと教育を受けてたことに驚いてるぞ。


「だからっ、ゴニョゴニョゴニョゴニョ〜」


 恐らく俺が帽子を被り直したときにやっと俺の素顔が見えたんだろう。


 それまでは影と闇で俺の顔が見えてなかっただろうからな。


 とは言えこんな反応想定外だぞ!?


「ナ〜〜ニ〜〜ッ!?」


 そう叫びたいのは俺の方だっての。


「す、すいませんでしたッ!!」


 散々ダンスバトルのイベントで勝ってきたから俺のダンサー名がこの地域で有名になってるのは知ってたが、こんな風に畏怖の念を向けられる謂れは無いはずだぞ。


「か、彼女さん達っすか!? 随分可愛らしいっすね!!」


「ほれお前ら頭を下げろッ! 本当に申し訳ございませんでしたァ!!」


 そう言うとナンパ男の3人が丁寧に90度のお辞儀をしてくれた。


 それをただ茫然と見つめる俺と松本さんに木下さんだった。


 どうやらセルシウスの名が上がったときから冷静さを少し取り戻したらしい。


「ほらお前らさっさとズラかるぞっ!」


「「はい!!」」


 あっという間に3人が逃げ去るようにして俺の脇を通り過ぎていった。


 一体なんだったんだアレは……? 


 よく分からないままだが結果オーライだな。


 いつまでも経っても突っ立ってる訳にはいかないから俺は2人に声をかけた。


「同じクラスの松本愛素さんだったよな。木下さんも……その、大丈夫だったか?」


「……う、うん……」


 まだショックが抜け切らなくて涙がまだ流れ続けてるようだ。


 顔も真っ赤で折角の綺麗なお化粧が全部台無しになってしまったな、木下さん。


 けど純粋に間に合って良かったよ。


 残念ながら手渡すタオルが俺に無いが。


「おかげさまでね……そっちは確か同じクラスの西亀颯流だよね……?」


「そうだよ」


 松本さんからはいきなり呼び捨てか。まあ別に構わないから突っ込みはしないが。


「実はこの街で1番のヤクザの息子さんだったりするの?」


「いや違う」


 なんだその漫画に出てきそうな主人公のような設定は。


 俺はただの一般人だぞ。

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