第6話 初レッスン



「よしじゃあ今日から貴様を我が配下に加えるということで! 早速これから──」


「ああ、ごめんね……ちょっと申し訳ないんだけど……」


 おいおい折角腰に手当てて胸を張ることで頼もしい師匠になり切ろうとしたのに。


 折角の雰囲気がぶち壊しだろ木下さんよ……。


「どうした弟子よ。我輩に其方の悩み事を言ってみせよ」


「そろそろ喉渇いたんだけど水筒も財布も持ってくるの忘れちゃって。私に水を恵んでくれないかな……? ニャハハ〜」


 弟子はポンコツのようだ。


「はあ……仕方ないな。近くに自動販売機あるから買ってきてやるよ。何が良い?」


「ニッシーと同じのでオケ丸ポヨッ!」


 そう言って頭の上で円を作ったと思うと『ポヨッ』って言った瞬間に量の頬っぺたに手の付け根部分を当てるようにして、可愛い子アピールしてきたぞ。


 あざといな。


 これが現代ギャルっ娘っていうやつだろうか。


 相変わらずテンションがおかしい。


「……ああ、了解」


 すぐに飲み物を買って来てくると近くのベンチで休んでいた木下さんに渡して隣り合って座った。


 遠くの方にも何人かのダンサーが踊っている光景が見られるな。


「へっ? これって……」


 何せこの中央公園はストリートカルチャーの聖地とも呼ばれている場所だから、特に夜になればダンサーがわんさか集まってきて俺も彼らの横で練習して来たからな。


「書いてある通りでバナナ&ミルクジュースさ。俺の大好物だからな」


 いつ飲んでも甘くて濃厚な味わいが喉の渇きを癒してくれるからいつも飲んでる。


「懐かしいもの飲んでるねっ! 私は中学の頃に1回試しに飲んだきりだよ」


 うちの花園高校でも偶然置いてあって俺も一安心したくらいだ。


 偶然かは知らないが最近その辺のコンビニでも見かけなくなったからまだ置いてる所あって嬉しいよ。


「これからもちょくちょく飲んで行くと良いぞ。バナナは身体に良いからな」


 さりげなく布教してやったぜ。


 食物繊維が豊富なバナナをほぼ毎日飲んでるおかげでお通じが良くなったのも事実だしな。


 そういえば熊せんせーに布教すべきだなこのドリンク。


 やはりラノベを読んでるからかオタク文化の慣わしで自分の趣味嗜好を人に広げたくなるものだ。


 俺にとっても不思議な感覚だな。


「これからも私に奢ってくれるんだッ!? やったーっ!」


「奢りは今回1度きりだけだ、それ以降は自分の金で買えよ」


「あっははっ、もちろん冗談だよ。ニッシーっていつも良い反応するよね〜」


「俺に揶揄い甲斐を見出すなよ。鬱陶しいから破門にするぞ?」


「嫌だよっ! 私まだ何も教えて貰ってなーいっ!! ムー、プー」


 うわしかもちょっと揶揄ってやっただけで逆ギレかよ面倒臭いヤツだな……。


「分かったからちゃんと教えるからッ!」


 あと相変わらずパーソナルスペースがバグってるのどうにかしてくれませんかね。


「それじゃあ早速実演も混ぜてブレイクダンスの基礎中の基礎を座学で教えていくぞ」


「はーいっ! 宜しくお願いしまーすニッシー先生っ!」


 先生呼ばわりとは何か歯痒いけど、もうそこには突っ込まないぞ。


 俺は持参してきたウォークマンを取り出しすと適当な音楽を軽く流し始めた。


 柔軟は公園に到着したときに済ませたから、遠慮なく技が披露できるな。


「先ず大前提にブレイクダンスには、4つの大きな要素があるんだ」


 彼女から2メートルほど離れると早速軽くだけステップを踏み始めた。


「1つ目は。これは主に立ち踊りだ。これは1つ目のスタイルの表示で、ダウンロックに移行するための準備運動(曲芸)ともいうんだ」


「わ〜凄いニッシー!! 昨日もそうだったけど立ち踊りから既にカッコいいよっ!」


 やっぱり照れ臭いものもあるなこれ……それでも実演を継続していく。


 スピーカーから流れるアップテンポな音楽に合わせて、たまに帽子にも手をつけたり、左右や上下に移動したりしながら多彩な立ち踊りの仕方を披露していく。


 まあこっちは長年積み重ねてきた経験でどう身体を動かせば、自分の踊りをカッコ良く見せられるかを熟知してるからな。まだまだ改良の余地もあるにはあるが。


「そして2つ目に、別名はフットワークとも言う。これは床に手をついて、自分の足の速さやフットワークの制御を見せびらかす場面だ」


「すご〜いっ!! やっぱり目の前で見ると超カッコいいね〜! わは〜っ!」


 やっぱりダンスしてる人間からすれば、こうして自分の踊りを肯定して褒めてカッコいいと言ってくれるのはダンサー冥利に尽きるってものだな。純粋にありがたい。


 そう思いながら基礎的な足運びから俺が編み出したオリジナリティ満載のフットワークなど、方向転換や緩急を付けながら床を自由気ままに好きなように彩っていく。


 ある程度までやって満足すると床に膝をついたままフットワークを止める。


 いくら長年の経験者で体力もあるとは言え説明しながら動くのはキツいからな。


「3つ目にだ。これは踊りを中断して、凄まじいバランスで求められた姿勢を保持する一種のアピールだ。一般的にはチェアーや倒立、肘、肩と更に種類分け可能だ」


 形のイメージを木下さんに刷り込ませるためにそれぞれのフリーズを丁寧に披露していく。本当はもっとマニアックなものも出来るけど今は基礎のみに集中だな。


「へ〜片手で倒立をそうも簡単にバランスを安定させられるものなんだね」


 倒立系のフリーズであるジョーダンは片手のみで全身を支えるのが一般的だしな。


「これが出来るようになるには相当なバランス力がいるけど、木下さんならきっとすぐ出来る様になるぞ。さっきの倒立でも見たように優秀な体幹を持ってるからな」


「そうかなっ!? えへへへ、ありがとう。でも凄いのはニッシーの方だよ。だってジョーダンだっけ? のフリーズしたまま余裕で話せてるじゃん」


 まあこれ極めたら相手に向かってファックサインも出せるようにもなるからな。

  

 やがて俺は立ち上がると説明しながら軽くステップを踏んで大技に入っていく。


「最後の4つ目にだ。これは勢いと莫大な体力を必要とされる大胆な技だ。この間俺がやってたトーマスフレアなんかがまさにそう。今からもう一度やってみるぞ」


 そう言ってやると余程これを楽しみにしてたのか木下さんがはしゃぎ出した。


「見たい見たいっ! ニッシー早く見せてッ!!」


 態度が幼児退行したようで苦笑しながらもグッと勢いをつけると足を回し始めた。


「やっぱりカッコいいねそれっ!! あ……風が涼しい〜」


 今ちょうど自然に流れてる風が弱かったからか俺が作ってる疾風で木下さんの前髪が若干揺れる。それ以上顔面近づいたら蹴り飛ばしてしまうぞ木下さんよ。


 トーマスはパワームーブの中でも俺が1番最初に習得した技だからな。


 習得するのに丸々1ヶ月も費やしてしまったけどな。

 

 けど練習を繰り返したおかげで靴が床に擦れることもなくなり、腰を高い位置にキープできるようになったのでだいぶ安定してきた。


「もう10周回っちゃってるよニッシー!? なのにまだまだいけそうで凄いねッ!?」


 俺の最高記録は連続で40周だったが、無駄に疲れるだけなので辞める事にした。


「ふう〜」


 まあ世界記録では9歳の少年が70周も回ったようだからまだまだだな俺も。


 別に張りあってるわけじゃ無いけどな。


「ニッシー本当に常日頃からダンス頑張ってるんだねっ。尊敬するよ」


「お、おう……いや師匠なんだから最初から敬えよ」


「私は昨日踊ってるとこ見かけてからニッシーのこと尊敬してたんだよ?」


 そう俺の目の奥を覗き込むようにして言い聞かせてくれる木下さん。


「そう。ありがとう」


 何だろう。こう、真正面から存在を肯定するようなこと言われたら恥ずかしいな。


「……とまあ今見て貰った通りに分かったと思うけどこの通りで主に体操、カポエイラ、カンフーやタップダンスなどの分野から引っ張ってきた動きが多い。ムーブ中にアクロバットを取り入れるブレイクダンサーもいるからな」


「へ〜そうなんだねっ! それで昨日の決勝戦の相手も2ムーブ目にウェブスターやってたわけなんだ!」


 まさかアクロバットの具体的な名称にも詳しかったなんてギャップ萌え激しいぞ。


「その通り。ブレイクダンサーのワンムーブの基本的な流れは大体トップロック、次にフロアムーブで最後にフリーズで決めるのが一般的だ。あくまでも一般的だけど」


 トップロックが苦手なブレイクダンサーだと、してきてフロアムーブから入ってくる奴もいるしな。


 ゴリゴリのパワースタイラーがフットワークを一切せずに、ワンムーブを消費するダンサーもいるがそれは追々説明していくとしよう。


「なるほどね! りょうかーいっ!」


 そろそろ身体が疼いてきたことだろう。そろそろ練習の方を開始していこう──。


「ねえニッシー1回通しで踊ってみてよ!」


 そう思っていると弟子にワンムーブ踊るようにお願いされた。


「さっきので大体分かったと思うけど……」


「良いの! 私が見たいのっ! ニッシーのかっこいいところ見せて?」


 目がキラキラしてるぞ、本当にブレイクダンスが好きになったんだな木下さん。


「……はーっ。分かったよ、それじゃあワンムーブだけ踊るから見ててくれ」


 俺はスピーカーから流れる音楽も変えると、軽やかにステップを踏み始めた。


 ツーステップから勢いをつけると、急に立った状態で背中から地面に滑り込んだ。


「キャ〜ッ!! ……これがバックスピンってやつ!? カッコいいっ!!」


 一瞬しか見えなかっただろうが、俺は地面に背中をついた状態で脚を開いて上に向けて腕を広げていた。


 それを次の瞬間には折りたためるように体を小さくして、回転速度を上げたのだ。


「うそ……まだ速くなっていくんだ!?」


 まるでベイブレイドかのように背中で回転し始めると、下半身を上げるために一瞬、軸手を地面につけて押し上げた。


 スピードの緩いヘッドスピンに切り替えてから、軸手のみで全身を支えたチェアーの変形フリーズに丁寧に繋げて見せた。


「ニッシー最高だよっ!! 本当にカッコいい〜!!」


 俺は最後のチェアーで空いてた方の手で片足のつま先を持つことで、よりカッコ良くフリーズを演出する。


 全く……木下さんのやつ興奮のし過ぎで顔赤くなってるぞ。


 直後にフットワークを頻繁に披露してフリーズに繋げると華麗に終えてみせた。


「ふう〜」


 やっぱり見てるのが弟子で女の子の前だからな、ついカッコつけてしまった。


「ナイスムーブだったよニッシー!! もうほんっとに超カッコ良かったからッ!!」


 そう興奮しながらも全力で褒めてくれるのはやっぱり照れ臭いけど本気で嬉しい。


「ありがとう木下さん。……とまあこんな感じだ」


「なるほどね……ヤバい、本当に興奮して来たかも……っ!」


 一応木下さんの独り言が全部聞こえて来てるんだけどな。


「ダンスの熱量が伝わってくれたら俺は本気で嬉しいよ」


「ニッシーの情熱全部受け取ったよっ!! だって特に最後のスピンをしてたときのニッシー、めっちゃ眩しい笑顔浮かべてて楽しそうだったもんっ!!」


「そ、そうなのか?」


「あんな素敵な笑顔見たのこの間の決勝戦以来だよ!?」


 どうやら俺は無意識のうちにバックスピンからのエアチェアを決めた時にとびっきりの笑顔で心の底から楽しく微笑んでたらしい。


 自分でも楽しいなって思いながら踊っていたが顔にまで出ていたとは思わなかった。


「えへへ〜ニッシーって踊ってるときあんな幸せそうな表情も浮かべるんだね。今日も良いもの見ちゃった……せめて録画しとけば良かったね」


「いやそれは流石にやめてくれ、恥ずかし過ぎて頭抱えるぞ俺」


「いやダメだよ〜あんなニッシーは貴重だから写真で切り取ってあげないと」


 何だか昔ママにも似たようなことを言われたような気がするなそれ。


 とはいえこれで彼女も学習するモチベがぶち上げられたことだろう。


 鉄は熱いうちに叩くべきだから今すぐレッスンして行こうか。


「それじゃあ木下さん早速トップロックから教えていくぞ」


「はい待ってましたニッシー先生っ!! ご指導のほど宜しくお願いしまーす!」


 それじゃあ基礎的な動きを一通り教えていくか。


 木下さんも機嫌が良さそうだし、教わったことをすぐ吸収してくれそうだ。

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