第4話 馴れ初めの経緯 ③ 邂逅



 こうして俺、西亀颯流にしがめせしるが彼女──木下優希きのしたゆうきと初めて話したのは、DJブースのスピーカーから爆音が響き渡る室内から階段を降りた、その建物の玄関だった。


 まさか学校外からでも向こうから声を掛けられる日が来るとは思ってなかったぞ。


「……なんでこんなところに木下さんが居るんだ?」


「えーっとね……偶然通りかかったら誰かがあそこの扉を開けて、そしたらブワーって音楽聞こえて来たの! それでこの木下優希は好奇心が抑えられなくて、気になって覗きに来ちゃったわけなんだよねっ。そしたらなんと、西亀くんが踊ってたの!」


 教室にいた時から思ってたが随分とコミカルな話し方をしてるんだなこの人は。


 普段から良く女子3人で1組のグループと連んでいるが全員がギャルの集団だ。


 キャラ付けだとしたら天然か意図的かどっちだろう。


 とは言えこの場所もうちの高校から割と近いし近くに繁華街があるから、木下さんはその帰りと見て間違いなさそうだ。


「そ、そうなのか。それで声を掛けてくれたんだな」


 流石クラスのマドンナ様だな、教室に居る隅っこの陰キャにも絡んでくれる辺り真の陽キャと言える。


 それが彼女の評価を上げてる大きな要因にもなってるんだろう。


「うんそうなんだよッ! 特にあの両足をぶん回す大技が凄かったよっ! 他にも色々と凄いことしてたけど先ずはその技っ! あれって体操から引っ張って来た技なんだよね? ダンスでもあんなのするとは思わなかったよ。あれはなんて言う技なのッ!?」


 さっきから熱量が凄いぞ木下のやつ。彼女のこんな一面は初めて見た。


 しかも目をキラキラさせてる辺り相当にテンションが上がってるようだ。


 そのせいで姿勢が前屈みになってて顔が近いんだよ良い匂いもしてきたし。


 つーか木下さん良くそこまで知ってるんだな。


 とりあえずその可愛い顔がドアップになってるせいで気恥ずかしいから、1歩後ろに下がるとその技について軽く解説してあげた。


「あれはトーマスフレアと言って、木下さんが言った通りに体操の開脚旋回からそのまま引っ張って来た技だよ。足ピン状態でやってちゃ危ないから伸ばさないけどな」


 そう言ってやると今度もまた1歩近づいて来たので俺もその分だけ後退した。


 だから顔が近いんだっての、どうしてこうリア充どもはパーソナルスペースがバグってる奴らが多いのだ。


 ルナもクロワッサンもそんな感じだが皆はそういうものなのか?


「へ〜凄いねっ!! あ、じゃあさ! あの両手を重ねてさ、こう……ガッと身体を引き絞って、めっちゃ高速で回転する技はなんて言うのッ!? あれやってたときの西亀くん超カッコ良かったんだからッ!! やり方も教えて頂戴ッ!?」


 うお……間近で可愛い女の子にベタ褒めされるのってこんなに歯痒い思いをするんだな。


 今まで世界で1番可愛くて美人なルナにも散々褒められて来たから慣れてたつもりが、木下さんはまた異なるジャンルで可愛いから新鮮な感覚だなこれは。


 しかも何とか俺の動きを言語化しようと頑張ってるときに、実際に身体を動かしてるのもコミカルだな。


 「ガッ」と言ったと同時に両手を頭上で組んでその場で回転し始めたよこの人。その茶髪から良い匂いがブワーっと来たのが印象的だった。


「アレは2000(ツーサウザンド)と言って、俺は反時計で回るから普通に立った状態からその場でゆっくり、反時計回りに1周回ることで助走をつけてると、を置くことで下半身を倒立状態に誘い込み、を置くことで軸腕にするんだ」


「うんうんっ! それでそれで?」


 本当に楽しそうに俺の解説を聞いてくれるんだな木下は。好奇心旺盛なヤツだな。


「その上に右手を重ねてからと、一瞬で高速回転が出来るという仕組みだな。右手で左腕の手首付近を掴みながら、軸手の付け根部分の少し上である手根部に、重心を載せるとバランスが取りやすいのが技のコツだ」


 我ながらダンスムーブを言語化するのって結構大変なんだなって呑気に思った。


「わ〜っ凄い凄いッ!! 今思い出してもあの、なんていうの……電子ギターかなっ!? の音に合わせるようにしてクルクルし始めたときは凄く感動したよっ!」


 ちょっと待てよ。俺が今日のバトルイベント中に2000を披露したのは確か準決勝戦の2ラウンド目だったはず。


 つまりこいつは最低でも一時間は滞在してた事になるぞ?


「木下さん……その、見たところお友達と遊びに行ってその帰りなんだよな? 一時間もこんなところで立ち止まってたら流石に親も心配しないか?」


 今はもう夜の6時で辺りはもう既に夕日が沈もうとしてるから、そろそろ女の子が1人で出歩くには心配になりそうな時間帯だ。


 もうスパッと会話を切り上げるべきか。


「あっ、本当だ! あちゃ〜今日は親に5時半に帰る約束してたんだけどね〜」


 それは今すぐ帰ってあげた方が良いだろう。


「そっか。それじゃあ俺はもう帰るから、木下さんも気をつけて帰れよ」


 手を挙げながらサッと踵を返して自転車置き場まで行こうとするが──。


「ぁ、待ってよ西亀くん! まだ帰してあげないんだからッ!」


「なっ」


 そう慌てた様子で急に俺の手首が掴まれたからビックリしたぞっ!?


 今このボディータッチをされていたのが世界で1番可愛い我が妹のルナで、美少女に対する耐性を高い水準にまで備えていた俺で良かったな。


 他の男子であればコロッと落ちてるだろうから、今後は控えたほうが良いと俺は思うぞ木下さんよ。


「何で勝手に帰ろうとするのよ。まだ私の用は終わってないからッ!」


 は? 学年のマドンナ様がクラスの陰キャに一体何の用があると言うのかね。


 とは言え彼女をさっさと家に返すように俺は妥協案を提示した。


「……わかったわかった。それじゃあ連絡先交換しようか。それで何かあったらメッセージ飛ばしてくれたら暇な時間に返事してあげるから」


 誰かさんの影響か物凄くナンパで使われそうな常套句のセリフを吐いてしまった。


「あ、それ良いねっ! ナイスアイデアだね西亀くんっ」


 そう言いながらお互いに携帯を差し出し合ってるが、どうせこの木下はクラスのほぼ全員の連絡先を網羅してるだろうな。


 恐らくまだ回収できてないのは俺のようにクラスで1人で過ごすのが好きで習慣になってしまっている陰キャ達くらいだろう。


「これでよしっと」


 ルナを除いて人生で初めてゲットした女の子の連絡先。アイコンが可愛いらしい犬になってて今送られてきたスタンプも犬とハートが宜しくねと言ってるものだ。


 べ、別に嬉しくないからな。


 どうせ俺の存在なんて彼女からすれば路傍ろぼうの石程度だろう。


「わ〜凄いっ! 西亀くんアイコンも何だかカッコいいポーズにしてるんだねっ」


 そこ突っ込むのかよ。確かにそのアイコンは俺がバトル中に凄腕のカメラマンさんがピンポイントでエアチェアーを取ってくれたときの写真だ……じゃなくてっ。


「それじゃあ俺も帰るから、また学校でな木下さん」


「うんありがとう西亀くん、これからも連絡するねっ」


 そう言うと今度こそ帰ろうとしたところでまた捕まえられてしまった。


「じゃなくてっ、もう!」


 今度は両手で腕をガッチリホールドされた。何で俺が逆ナンされてんだよ。


「私の話を聞くまでは放してあげないんだから、西亀くん」


 背後を振り返ってみると唇をチョンと突き出して不満を表現する木下さんが。


 いや困惑してるのは俺の方なんだがな。


「親が心配するだろ木下さん。俺に構ってさっさと帰ってあげなよ」


「それは西亀くんの対応次第だよ」


「いやいやだから親が心配するだろ、ってはあ……わかったよ。俺の負けだ」


 早くまたルナの抱擁を貰って身体の疲れを解消したかっただけなのにな。


 木下さんがあまりにもしつこかったから根負けして彼女の相手をすることに。


「それじゃあ単刀直入に聞くぞ。俺にまだ何か用か木下さん?」


「ありがとう西亀くんっ! 早速だけれど、」


 そう言って深呼吸をすると覚悟を決めたかのような表情で俺を見てきた。


「私を弟子にして下さいッ!」


「……は?」


「だから、あなたが私の師匠になってダンスを教えて下さいッ!」


「……なに言ってんだお前」


 突然の荒唐無稽な申し出に困惑してしまう。


 だってあのマドンナと評判されてる女の子が俺に要求を突き付けてるんだぞ。


「だから、私もあんなカッコいいダンスがしたいから、私に教えて頂戴ッ!?」


「ダンスって……ブレイクダンスを?」


「うんその通りっ!」


 ようやく木下さんの申し出を理解したが、それでも戸惑いを隠しきれない。


 BーGIRLと言って世の中には女性のブレイクダンサーも居るには居るが、その数は他ジャンルと比べたら圧倒的に少ない。


 それは単純にブレイクダンスがダンサーに求められる身体能力の水準が圧倒的に高いからだ。


 トーマスフレアなどのパワームーブはその技を習得するためだけにも莫大な練習の時間と忍耐力が求められるし、フリーズという基礎的な動きにもありえない姿勢で一瞬でも静止するためなど、バランス力と体力も物凄く求められるジャンルなのだ。


 それと向き合う覚悟が彼女に本当にあるのか、はっきりさせなければならない。


「木下さんの願いは理解したが、改めて君の覚悟を問いかけなければならない。ブレイクダンスは上達することが出来ればさっき程のバトルで見かけたように思いっきり楽しめる。そんな俺や他のBBOYを見て自分もしたいって思った訳なんだよな?」


「その通りよ。ああいうパワー系の技をゴリゴリ出来る様になりたいかどうかと聞かれたらちょっと違うかもだけど、一通りにブレイクダンス出来るようになりたい!」


「安心しろ、自分のダンススタイルは動画を見るなりして他のBーGIRL達を参考にしていけば良い。けどぶっちゃけこのジャンルはキツいぞ? お姉ちゃんがダンス部の部長らしいじゃないか。彼女からはブレイキンについて聞かされたことがないか?」


 ダンス部の部長をやってるくらいだ、さぞダンスの経験を積んでることだろうな。


「それが、ブレイクダンスだけは専門外のようでまだ何も知らないんだよね」


 まあブレイクダンスをやろうって女性の方が珍しいから別に驚きもしないが。


「そうか。初日から夢を潰すようで悪いけどブレイクダンスは上達するまでが結構長いぞ。練習も淡々とした地道な反復の練習の繰り返しになるそれでもやりたいか?」


 中学生の頃に何度かクラスの男子に弟子入りをお願いされたこともチラホラあったが、全員が1月もしないうちに辞めていった。


 まあこれは俺のメニューの組み方が少しキツかったからってのが大きいが、上達するために仕方ないと思っている。


 それをこんな……偏見のつもりは無いが、ただ興味が芽生えたからって理由で本気で上手くなるとは思えないな。


 それに自己紹介でも青春を求めてここへ入学してきたはずだ。


 青春の定義は人それぞれだが彼女は恐らく彼氏彼女の意味合いでそう言ったと思う。


「何度聞かれても私はやるよっ! だから私にブレイクダンス教えて下さいッ!」


 今度は本気だってことを示すために丁寧に頭を下げてきた。本気のようだな。


 ならばその覚悟を見込んでチャンスを与えてあげることにした。


「分かったよ、木下さん。けど教える前に1つだけお前に試練を課すぞ」


 彼女の本気が伝わったからって「はい分かりました」と簡単に頷ける話じゃないんだよこれは。


 俺にとってブレイクダンスは自分の趣味だけで完結する活動じゃ無いからな。


 自分の時間を彼女のために割く価値が本当にあるか確かめなければならない。


「試練……?」


 俺の家族にとって俺がブレイクダンスのバトル大会で優勝して持ち帰る賞金は立派な収入源だからな。


 彼女達のためにもそう易々と受け入れるわけには行かない。


「ああ、そうだ。なに、ちょっとした実技テストのようなものだ」


「その内容は?」


「試験の内容は当日に教えるよ。そっちの方が緊張感持てるだろ?」


「ム〜……西亀くんって実はなかなかのいじめっ子だったのね」


「失敬な。俺はただ時間を無駄にしたく無いだけなんだよ」


「じゃあさ、もしその試験に失敗してもまた受けに行っても良い?だって入試が控えてるのにその科目も教えてくれないだなんて流石に酷いよ」


 まあ我ながらも結構な無理難題を突き付けてる自覚があるがここは心を鬼にする。


「なんだ木下さんもうやる前から弱音か? トーマスフレアとか出来るようになりたいんじゃなかったか? 行動する前に言い訳を必死に探そうとして、あまつさえ夢を墓場まで持っていくお子ちゃまな口先丈野郎くちさきだけやろうちゃんに成り下がるつもりか……?」


 流石に木下さんも俺の露骨な煽り文句にカチンときてしまったようだな。


「カッチーン……今の売られた喧嘩は買うんだからっ! 西亀くんに私のこと絶対に求めさせてあげるんだからねッ!!」


 鬼の形相を浮かべてるつもりがやはり可愛いだけで威厳が全く感じられないな。


「それじゃあ早速試験を受ける日を決めたいんだが──」


「明日が良いっ! 明日の9時くらいにどう!?」


 やる気満々だなこいつ。仕方ないから本当にこのまま話を進めることに。


 まあ明日は偶然この近畿地方でイベントが内容だし付き合ってあげてやるか。


「良いぞ。集合場所は公園にするが行き先のリンクはチャットボックスに送っておくから、まだやる気があるのなら来てくれ。俺は先にそこで待っているよ」


 仮にドタキャンされてもラノベを持参して読書するつもりだし一石二鳥だな。


「分かったっ! チャンスをくれてありがとう。それじゃあまた明日ね西亀くんっ」


 それだけ言うと帰宅して行ったようなので俺も自転車チャリに乗って帰ることに。


 木下さんよやる気があるのは結構なことだがブレイクダンスは辛いことも多──。


「……はあ」


 いやもう言い訳はやめよう。


 俺はそうやって理論武装しながら彼女との距離を置こうとしてるだけだ。


 俺の活躍が家族の収入に貢献してるのも事実で日々自分のダンスの練習に励んでいるのも本当だが、だからって四六時中ダンスのことを考えてるわけじゃない。


 最近はお母さんも職場で昇給したようで時給が前と比べて格段にアップしたようだしな。


 まあそれでも贅沢するために俺が持ち帰る賞金が必要なのも嘘じゃないが、俺が木下さんの弟子入りに消極的になってる理由は至極簡単だ。


 ──だってルナと遊んでいられる時間が減っちゃうじゃん。


 その上ただただ面倒臭いんだよ。


 ただ可愛いからって別に面倒を見たいとは思わない。


 可愛い美少女なら妹のルナで間に合ってるしな。


 まあ、どうせ明日起きる頃には木下さんも冷静になって忘れてることだろう。


 期待せずに一応約束だけは守って公園で読書でもしていれば良いか。


 さっさとルナを抱き締めるために、帰宅帰宅っと。



 ※



 翌日の日曜日、俺は例の公園で約束の30分前に到着して読書していた。


 数十ページ読み進めたところでチャリが止まる音を聞こえたので振り向くと、


「おはよう西亀くんっ。今日も風が気持ち良いねっ」


「ああ。おはよう、木下さん……まさか本当に来てしまうとはな」


 そこに肩までかかっていた茶髪をハイポジションのポニーテイルで括り、帽子とスポーツウェアに運動靴を履いてきた木下さんが立っていた。

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