第45話 野良猫4

 クレオが日野森さんと暮らすようになってから、一ヶ月半が過ぎた頃。


「ほう。もうこんなに慣れたのか」


 日野森さんに抱かれて、目を細めて頬に顔を摺り寄せているクレオの写真が送られて来た。他にも腕に抱かれながら自撮りで撮っているカメラに目線を向けているクレオの写真もあるな。人の生活に慣れて、飼い主である日野森さんにデレデレじゃないか。どうもクレオはツンデレさんだったようだな。


「そうなのよ。クレオったらあたしにもじゃれついてくるのよ」


 佐々木は日野森さんと仲良くなって、しょっちゅう家に遊びに行っているそうだ。日野森さんの職場は女性の人が少なくて、親しい友人がいなかったようで、明るい佐々木なら歳も近いし、いい友達になれるだろう。


「ねえ、ねえ。今度一緒に日野森さんの家に班長も行きましょうよ」

「いや、俺は遠慮しておくよ」

「班長。私も一緒に行くので来てもらえませんか。日野森さんがケージを片付けたいので手伝ってほしいって言ってましたよ」


 もう人に馴れて部屋の中で生活しているそうだから、ケージは邪魔になるだろうな。分解して片付けるのに男手があった方がいいか……。


「そういう事なら、早い方がいいだろう。今週末でもいいか」


 早瀬さんに連絡を取ってもらい、三人一緒に今週の土曜日に家にお邪魔する事になった。

 当日、日野森さんのマンションの階段を上りながら、佐々木がクレオの事を聞かせてくれる。


「クレオはあたしに懐いていて、部屋に行くとお出迎えもしてれるんだよ」

「ほう、あの野良猫がよくそこまで慣れてくれたもんだな。早瀬さん、そう言う事ってあるものなのか」

「そうですね。公園の辺りを縄張りにしていたそうですし、沢山の人を見ていたから人を恐れていなかったのかもしれませんね」


 単独で暮らしているとはいえ、人の多い場所で暮らしていたんだ、人との関わりもあったかもしれんな。

 日野森さんの部屋の前に到着して、佐々木が呼び鈴を鳴らす。


「いらっしゃい。どうぞ中へ」

「お邪魔しま~す」


 確かに玄関には、あの野良猫だったクレオがお出迎えしてくれているようだな。だが後ろから入った俺の顔を見るなりクレオが一目散で部屋の隅へを逃げて行った。


「まあ、どうしたのクレオったら。すみません、篠崎さん」


 日野森さんが後を追いかけクレオをなだめるように背中を撫でていた。やはり俺の顔を覚えていて、捕まえられた時の事を思い出したんだろう。今も部屋の隅から俺の事を睨んでいる。


「ケージはこれですか」


 まあ、クレオの事はいいだろう。今日はケージを分解するために来たんだからな。


「それにしても綺麗なままだな。これはもう使わないんですよね」

「はい、ひと月半しか使っていませんでしたから。分解して箱に詰めたいんです」

「これだけ綺麗なら、売れるんじゃないのか」


 日野森さんもそう思って、リサイクルショップに行って聞いてみたそうだ。こういった品は消耗品だと言われて、元は一万円程した物が千円にもならなかったそうで、売るのを諦めたと言っていた。だがこんな綺麗な品がそんな安くはないだろう。


「分解する前に、写真を撮らせてもらってもいいですか」


 ネットオークションならもっと高く売れるんじゃないかと思い、組み立てた状態での写真を撮っておく。その後、日野森さんにも手伝ってもらって、各部のネジを外しケージを分解する。


「ありがとうございます。さすが男の人だと早いですね。私が自分で組み立てた時は半日かかっちゃったんですよ」


 このケージはネット通販で買って部屋までは運び入れてもらったそうだけど、慣れない組み立てに時間が掛かったようだな。クレオのためにと思い一人頑張ったそうで、飼い主としては上等じゃないか。

 ばらしたケージを箱に入れるが、箱も綺麗なままだし充分高く売れるように思えるな。


「これを何処に仕舞いますか」

「あそこの押入れの一番上の部分に入れたいのですが」


 押入れの上部にある天袋と言われる天井付近にある収納部分だ。高くて手が届かないから中には何も入れて入れていないと言っている。確かにこの高さの所に重いケージを仕舞うには女性では無理だろうな。少し背伸びをして、天袋にケージを入れる。


「ありがとうございました。やっぱり篠崎さんは頼りになりますね」


 まあ、これぐらいの事ならいつでも手伝えるんだが、俺一人でここに来ると言うのはちょっとな。それよりも、さっきから佐々木がクレオとじゃれていてうるさいんだがな。お前も少しは手伝えよ。


「クレオ。よく懐くようになったみたいですね」


 テーブルに用意されたお茶を飲みながら、クレオの変化に目を見張る。


「ええ、最初はどうなるかと思いましたけど、毎日餌をあげているうちに私に寄って来るようになったんですよ」


 そう話す日野森さんはすごく嬉しそうだ。どうも野良猫だった頃も、公園で見かけると警戒はするものの顔が合ってもすぐには逃げなかったそうだ。その頃からクレオの事は気になっていたと言う。


「でも篠崎班長は嫌われているみたいですよ。班長の近くには寄り付こうとしてませんよ」

「こいつを捕まえた時の事を覚えていて、警戒してるんだろう」

「すみません。クレオを助けてくれた恩人なのに。クレオ、さあ、こっちに来なさい」


 日野森さんが呼んでも俺がいると、近寄ろうとしない。そんな俺たちに早瀬さんがアドバイスしてくれる。


「日野森さん。そんなときは飼い主さんと仲がいいところを見せるんですよ」

「あら、そうなんですか。それじゃ失礼して……。さあ、クレオ、私と篠崎さんは仲良しだよ~」


 日野森さんが俺にピタッとくっ付いて来て、クレオを呼ぶ。そのとたんクレオが俺の前に走ってきて「シャー」と威嚇してきやがった。ご主人様を取られると思ったみたいだな。どうやら俺はクレオにとっては天敵みたいなものらしいな。


 その数日後、俺も手伝ってネットで日野森さんのケージを売りに出すと、半額以上の値で売れたそうだ。天袋に入れたケージを取り出しに日野森さんの家に行くと、またクレオに威嚇されてしまった。やはりこいつとは相性が悪いようだな。悲しいがクレオと仲良くなるのは諦めよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る