第16話 詠唱破棄

 山での修行三日目。


 今日は昨日と打って変わり、人間組、精霊組に分かれず一緒に行う訓練だ。

 ルナとヒナも一緒に訓練に取り組めるのが嬉しいのか、さっきからニコニコと二人でイチャイチャしている。


「さて、今日は午後には下山しなくちゃいけないから、午前中だけの訓練になるけど気を抜かずに頑張ろう!」

「またあの長い道のりを歩かなくちゃいけないの? 気が滅入るー」

「ワタシ達は飛んでればいいから楽だけどねー!」

「わたしはルナちゃんの家に入るのが今から楽しみ~」


 三者三様のリアクション。

 しかしルナちゃんが山を降りるのをめんどくさがっているとは意外である。


 てっきり、こんな何もないとこから早く帰って、おうちでお風呂に入りたいとか思ってると予想していたのだが。


 この山での訓練の重要性に気付いてくれてるのかな? 


 まぁ山を降りるのが面倒だという気持ちは僕も充分理解できる。


 山登りが趣味じゃない人間からしたら、山ってずっと同じような道を歩き続けてる気分になるから、疲れるし飽きるんだよね。


 なんなら半日かけて山を降りるくらいだったら、ここでこのまま暮らしていった方が楽なまである。


 おや? 冷静に考えれば、ここでこのまま生きていくという選択肢もありなのでは?


「よし、ルナ。今日からここで二人仲良く暮らしていこう」

「いきなり何でそうなったの!?」


 僕のナイスアイディアを聞いたルナちゃんは、驚きながら叫ぶ。


「い、いくら先生とでも、いきなり一緒に暮らすのは……ちょっと心の準備が……も、勿論嫌って訳ではないんだけど……」


 後半になるにつれどんどんと尻すぼみしていき、最後の方は何を言ってるのかまるで聞き取れない。


「ちょっと! ワタシ達を忘れないでよね、ご主人様!! ここで暮らすなら当然、ワタシ達だって一緒に暮らすんだから!!」

「そうよ~。いくら先生さんでも、ルナちゃんは~、そう簡単に渡さないわ~」


 契約の儀式で誓いのキスをしてからというもの、ヒナはルナちゃんに対し何故か独占欲のようなものを抱いている様子。


 やはりキスをした仲というのは特別なのか。

 今もルナちゃんのほっぺに抱き着きながら、頬ずりをしてマーキング(?)している。


「それに、ご主人様はワタシだけのものなんだからね! 新入りには渡さないんだから!」


 ……と思ったが、うちのフーコも似たようなものだった。

 僕の肩に座りながら、高らかにルナちゃんへそう宣言する。


 もしかしたら精霊は生来こういう気質なのかもしれないな。


 まぁ現実的に考えて本当に山で暮らしていく訳にもいかない。

 ルナちゃんは両親だって帰って来るのを待っているし、来週には大事なテストも控えている。

 僕だって突如山に籠って外界との連絡を絶ったら、幼馴染とか皇女殿下とかが大騒ぎする事間違いなしだ。


「コホン。今日の特訓は、詠唱せずに魔法を行使する練習だ。魔法を習いたての者なら誰もが憧れる詠唱破棄! それをルナには午前中の内に身に着けてもらおうと思う!」


 あの幼馴染と皇女殿下の事を考えると、頭が痛くなってくる。

 という事で、早速今日の本題に移ろう。


 通常、魔法を行使する場合にはどんな魔法を、どこに向かって、どのように発動するか。具体的に言葉にしなければいけない。


 だが、それらを省略して魔法を行使する高等技術も存在し、それを詠唱破棄と言う。


 学校のテストでも、実践でも、詠唱を行うと言うのは隙が大きすぎてデメリットしかない。


 だからここでその弱点を克服させて、ルナちゃんを魔法使いとしてもう一段高みに連れて行ってあげよう。


「午前中の内に!? 無理無理無理! いくら先生の教えでもそんな短時間にマスターなんて出来っこないって! 魔法学校の卒業生でも数人しか詠唱破棄には至れないんだよ?」

「だからこそ出来るようになるべきなんだよ。詠唱破棄が出来れば、Sクラスどころか、一気に主席が見えてくる」 


 今の僕らの目標は、Sクラスに昇格するを通り超して主席だ。

 かつてのAクラス維持などもう見る影もない。


 ルナちゃんが言ったように、魔法学校の卒業生でも詠唱破棄が出来るのは数人だけ。

 だが逆に言えば、数人いるのだ。

 主席になるには詠唱破棄を覚えるのはマストである。


「安心してくれ、ルナ。実は、精霊と契約を結んだら、詠唱破棄は案外と簡単なんだ」

「ホントにぃ~?」

「ホントホント。これは僕の考えだけど、詠唱ってのは本来自分のためにするんじゃなくて、魔法の発動を手伝ってくれてる微精霊への合図なんだよ」

「……合図?」

「そう。これからこんな魔法をどこに向かって放ちますよ~。精霊さん、手助けお願いしまーすって感じにね。だから微精霊の何倍も賢い大精霊がいれば、その合図が比較的テキトーでも問題なくなる」


 自分で建てた仮説だがそう間違ってはいないだろう。

 精霊であるフーコも僕の考えは多分合ってると言ってくれた。


「ふふーん! 何倍も賢いフーコです!」

「先生さんったら、賢いのは本当だけど~、褒めすぎ~!」


 すると僕の言葉に反応して、フーコとヒナが胸を張ってドヤ顔をかます。

 それを見て、僕とルナちゃんはそれぞれの相棒の頭をよしよしと撫でてあげる。


「それで、詠唱破棄と言うのは、言葉の代わりに魔力で精霊に合図を出している技術の事を言うんだ。体内魔力を属性魔力に変換し、それをさらに各種魔法に応じた形に少しずつ形や波長を変化させ、精霊達に指示を与える」


 要は微精霊に言葉で合図を送るか、魔力で合図を送るか。たったそれだけの違いなのだ。


 属性魔力の形を変化させるのはともかく、波長を変化させるというのは極めて難しい。

 古来より詠唱破棄の難易度が激ムズとされているのは、それが原因だろう。


 だが僕が見る限り、ルナちゃんは魔力の扱いが天才級に上手い。きっと教えればすぐにコツを掴めるはずだ。


「よし。じゃあ早速練習してみよう。僕が最初にお手本を見せるから、その後はヒナと二人で話し合いながら少しずつ頑張って」

「う、うん分かった」

「大丈夫。もし今日中に出来なくても、昨日教えたヒナと話す魔法を使えば山を降りても気軽に練習できるからね。ルナならテストまでに必ず出来るようになるよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る