第9話 フーコ

 山道から逸れて、獣道を歩くこと二時間。

 ようやく僕達は目的地であった、魔力の溜まり場に到着した。


 木々に覆い尽くされた中に、ポツンとある小さな社。

 この場所を知っている人でもなけば、まずここには辿り着けないだろう。


 先客は当然なし。

 社の壁は穴が開いているし、扉に鍵なんてものも当然付いていない。

 だがこれから数日は、ここが僕らの住む家だ。


「へぇ~、ここが魔力の溜まり場か。……あんまり他の場所と変わんないね?」

「そんな事はないさ。ここでなら魔法を使っても、すぐに魔力が回復する」


 僕の言葉を聞き、ルナちゃんは早速魔法を行使。

 近くの木に向かって氷魔法をぶつけた。


「ホントだ! 使った分の魔力が凄い勢いで補充されてくのを感じる!」


 魔力は、個々人によって保有できる量は大きく変わる。

 だが誰もが共通しているのは、大気中に漂う微小な魔力を体内に吸収して体内魔力の回復を行うという点だ。


 だからこそ、通常の何十倍もの濃い魔力が漂うこの場所では、超回復とでも呼べるような魔力の回復現象が発生する。


「なるほど。ここでなら魔法は使いたい放題! だからわざわざこんなとこまで来て、魔法の特訓をするんでしょ!」

「残念、不正解。さっきも言ったよね? 魔力が濃い場所では精霊が見えると。ルナにはこの数日で精霊と契約してもらう!」

「……精霊と契約? でも精霊なんてどこにもいないよ?」

「精霊は僕達人間の目には決して見えない不思議な生き物だからね。でもここでなら大量の魔力を消費することで、僕達の目に見える仮初かりそめの肉体を構成することが出来る」


 僕とルナちゃんは、ここまで持って来た荷物を社の中に置く。

 そして久しぶりに身軽になった身体で、思いっきり伸びをする。


「まぁこればっかりは実物を見た方が早いだろう。フーコ。出ておいで」


 僕はソレがいると思われる、空中に視線を向けて言う。


 するとそこに大量の魔力が集まり、少しずつ肉体を構成し始めた。

 頭部、両手、両足、胴体、そして羽。


 それらが全て魔力によって形作られ、色味を帯びていく。


「ワタシを呼ぶのがおっそい! ここに着いてからいつお呼びが掛かるか、ずっと待ってたんだからね!」


 そして口を開いた。


 手のひらよりも小さい、妖精さんみたいなサイズのソレは、小さな手足と羽をバタバタと動かして不満の意思を表明する。


「ごめんごめん。いつ登場させるのが一番インパクトがあるか、タイミングを見計らっていたんだ」

「え? え?」


 ルナは僕とフーコに対し、キョロキョロと視線を往復させ混乱中。

 おかしい。事前にしっかりと説明したハズなのだが。

 あぁ、そう言えば精霊が喋るってことは言ってなかったかも。


「やっほー、新しい教え子さん! ワタシはフーコ! ご主人様の精霊よ!」

「ル、ルナです。精霊って喋るの……?」


 ルナちゃんはフーコの自己紹介に対し、自身も名乗ってお辞儀する。

 しかしすぐに、僕に視線を向けて来てもっともな疑問をぶつけた。


「ふっふっふ。ワタシはそんじょそこらの精霊とは訳が違うからね! ワタシは大精霊! こうして自我を持って、会話が出来るまで成長する精霊は希少なんだよ?」

「普段大気中にいて、僕達が魔法を行使する時に手助けをしてくれるのは、もっと小さくて自我の薄い微精霊だ。でも、自我が薄すぎて微精霊達とは契約なんて不可能。だから精霊との契約は、こうした大精霊と行うものなんだ」


 プカプカと浮かんでいるフーコの頭を、人差し指の腹で撫でながらルナちゃんに説明する。

 フーコは頭を撫でられるのが好きだから、今もとても気持ちよさそうに目を細めている。


「フーコは風の大精霊でね。……あ、と言っても中精霊とか小精霊なんてものは存在しないよ? 自我があって会話が成り立つのが大精霊、それ以外が微精霊って区別だ」

「せ、先生。あたしも頭撫でたい……」

「良いよ」

「ふん、ワタシの頭を撫でられることを光栄に思いなさい! 新入り!」


 別にルナちゃんは新入りとかでは無いのだが……。


「ふぁあー!」

「ふうん、ご主人様程ではないけど、なかなかうまいじゃない!」


 どうやらルナちゃんも、フーコの頭に魅了されてしまったらしい。

 とても幸せそうに、何度も頭を撫で続けている。


 うんうん、その気持ちは分かるよ。

 フーコの奴、あんなに小さいのに髪の毛サラサラだし頭の形も綺麗だから、奴のなでなでには謎の中毒性があるのだ。


 それに黒髪のロングヘアだしね。

 流石は僕の精霊。いつ見ても僕にドストライクな外見をしている。


 しかしいつまでもフーコを撫でさせている訳にはいかない。

 僕達はここに特訓に来たのだ。

 無駄な時間を費やしている暇などどこにもない。


「さて、ルナも大精霊の素晴らしさを分かってくれた所で、契約するための準備をしよう」

「はい先生! あたし精霊と契約するためならなんだってやります!!」


 いつになく凄いやる気だ。

 どれだけフーコの頭を撫でるのが気に入ったんだよ。


 ルナちゃんは僕に向かって敬礼をして、指示を待つ。

 これほどのやる気なら、パンツ見せてって言ったら本当に見せてくれるかも。


「それじゃ、まずはパ――」

「パンツ見せる以外ならなんだってやります!!」


 まだ"パ"としか言ってないよ!?

 日に日に僕への対処が上手くなっているなこの子。

 水を吸うスポンジのように、凄まじい速さで成長を遂げるルナちゃんに僕は衝撃を禁じ得ない。


「それじゃフーコ、テキトーに良さそうな大精霊を連れて来てくれる?」

「任せなさいご主人様! それじゃ、新入り! 希望の属性とかある? 基本五属性ならそこらを探せば多分見つけられると思うけど!」


 火、水、氷、雷、風。

 これらは、誰でも使える普遍的な魔法であることから、その属性の大精霊も比較的数が多い。

 まぁ多いと言っても、帝国中を探しても百にも届かないのだが。


 微精霊は魔力を食べて生きているが、それは大精霊も同様だ。


 しかし微精霊は属性に関係なくどんな魔力でもバクバク食べるのに対し、大精霊は魔力に好き嫌いがあるという点で異なっている。

 フーコが言うには、大精霊は自身の属性と同じ魔力を食べるのこそが最も幸せを感じられる瞬間なんだとか。


 人間は大気中に漂う魔力を体内に貯め、体内魔力とする。そして魔法を行使する際、体内魔力を、発動する魔法の属性へと変換を行う。


 火魔法を使う時は、体内魔力を火属性の魔力に変換するって感じでね。


 その変換された属性付き魔力の一部を精霊が食べ、その見返りとして魔法を強くしたり安定させたりしてくれるのだ。


 大精霊が人間と契約を交わすのは、自身の属性の魔力を安定的に食べる手段を確保するためである。


 特にデメリットなんてないから、ほとんどの場合、契約を拒まれることは無い。

 だからルナちゃんも好きな属性の大精霊と契約すればいいさ。


「……それじゃ、風、でお願いします」

「へぇ、その心は?」


 悩みに悩んだ末、ルナちゃんは風属性を希望した。

 実は僕もルナちゃんには風属性が一番だと思っていたのだが、どうして風を選んだんだろう?


 ルナちゃんは僕から視線を逸らしながら、少し頬を赤らめ言った。


「せ、先生と、同じのが良いかなって……」


 なにこの子、ちょー可愛い!

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