第5話 瞬殺

「いやー、今日も良い訓練だったね。お疲れ様」

「う、うん。でも本当に良かったのかな?」

「何が?」

「勝負よ、勝負。完全にすっぽかしたけど、あの子多分まだ待ってるよ?」


 芋お嬢様に勝負をけしかけられた昨日から一夜明けた今日。

 僕達は昨日と同様、魔法学校の訓練場で真面目に魔法の訓練を行っていた。


「よく考えてみて、ルナ? あのお嬢様は昨日なんて言ってた?」

「なにって、あなたに正義の鉄槌を下してやります?」

「確かにそれも言ってた。ちゃんとルールを守っている僕に向かってね。でもそれだけじゃない。彼女はこうも言っていたよ。明日、グレンフォード家の屋敷に来なさい、と」

「……だから?」


 どうやらルナちゃんはあまり悪知恵が働くタイプでは無いようだ。

 これを聞いてもまだ分からないとは。


「お嬢様は明日としか言っていなんだ。つまり、今日が終わるまでその約束は有効。僕達はまだ約束を破っていない!」

「……それは屁理屈じゃない?」

「屁理屈も立派な理屈の一つだよ。今頃お嬢様は、時間を指定しなかったことを後悔しているだろうね」


 まずそもそも、グレンフォード家の屋敷ってどこさ。

 お城に近い貴族街にあるのはなんとなく分かるが、それ以上は調べないと分からない。


 相変わらず貴族様ってのは傲慢がすぎる。

 自分は貴族なのだから、相手は当然自分の名前も顔も知っているし、屋敷の場所も把握していると思い込んでいるのだ。

 庶民がそんなどうでもいい事知ってる訳ないのに。


「じゃあこれから屋敷に向かうの? 確かに一日中向こうは待っていたのなら、集中力とか切れてそうだし、勝てる見込みはあるかもしれないけど」

「いや行かない。だってこの約束は芋お嬢様が一方的にしてきたものだからね。僕らが応じる理由がない」

「芋って……。それ絶対本人に言わないでよ? 面倒な事になるから」


 昨日ルナちゃんに話を聞いた所、あの芋お嬢様はAクラスのトップであるらしい。


 次のテストにでもSクラスに昇格するんじゃないかと噂の彼女が、こんなどうでもいい事に時間を費やしていても良いのだろうか?


 正義の味方ごっこをするにしても完全に空回りである。


「ていうか、あたしをその約束に巻き込まないで。ロザリーが約束をしたのは先生とだよ? あたしはまるっきり関係無いから」

「そんな事言うなよ。お互いパンツを見せ合った仲じゃないか」

「過去を捏造しないでくれる!? 先生のパンツを見たことも無ければ、あたしがパンツを見せたことも無いよ!」

「そんな……! あの純白のパンツを見せてくれたルナは何処へ行ってしまったんだ」

「な、なんであたしのパンツを把握してるの!? まさかまたおかしな魔法で……?」

「あ、本当に純白パンツなんだ」

「ムキャー! この変態パンツ魔人がぁーッ!!」


 そうして僕とルナちゃんが戯れていると、訓練場に件の芋お嬢様が全力疾走でやって来た。

 今日は訓練をしていなかいからか、昨日のジャージ姿とは打って変わって綺麗なドレス姿だ。

 なんだ、芋お嬢様もやれば出来るじゃないか!


「はぁはぁはぁ。や、やっと見つけましたわ」


 しかしこれは想定外。

 まさか約束の期限が過ぎるのを前にして僕らの捜索に乗り出すとは。


「ひ、卑怯ですわよ平民! 待っても待っても勝負の場に姿を見せないなんて!」

「いや卑怯もなにも、ご自身で言ったのではありませんか。明日、グレンフォード家の屋敷に来なさいと。僕は当然、この子の訓練が終わった今から向かおうと思っていましたよ」


 僕はルナちゃんの頭を撫でながら、お嬢様に向けてそう告げる。


「どの口で言うのさ」 


 ルナちゃんが僕に向かって小さく呟く。

 しかし頭を撫でられるのは悪い気分ではないらしく、僕の方に頭を預けてくる。


「普通、貴族の家に来るならもっと早い時間に来るでしょう!? もう二十一時ですわよ!?」

「申し訳ございません。何分、貴族の家に伺う機会などそう無いものでして。作法などをまるで知りませんでした」

「もうっ! ああ言えばこう言う平民ですわね! 分かりました! それではこれまでの無礼は全て目を瞑りましょう。だから早くわたくしの屋敷に来なさい! お父様も勝負を楽しみに待っているのです!」


 いやそんなの知らんがな……。



~~~~~~



 結局僕達はお嬢様の誘いを断りきる事が出来ず、遂には屋敷まで来てしまった。

 まぁお嬢様も立派な貴族の一員だからね。

 僕らみたいな平民じゃ歯向かう事など出来やしないのだ。


 ルナちゃんは自分は関係ないと全力で逃げようとしたが、僕が全力で捕縛して無理矢理連れて来た。

 こんな貴族の屋敷で僕を一人にしないで欲しい。


 そして屋敷に着くなり、いきなり僕は訓練場みたいな所に通され、よく分からんばあさんと対峙させられていた。


「小僧がアタシの相手か」


 腕を組みながら僕を睨みつける老婆。

 状況から考えて、どうやらこの白髪のばあさんがお嬢様の家庭教師であるらしい。


「小僧、貴様に恨みは無いが、お嬢様の頼みじゃ。一瞬で勝負を決めさせてもらおう」


 恨みが無いなら僕を見逃してくれないかな?

 僕は今すぐ自宅に帰って、温かいお風呂に入りたいのだが。


「二人共。準備は良いですね?」


 そして僕とおばあさんの間に割って入る燕尾服を着た執事。

 執事は僕達に戦いの準備は出来たかと確認を取る。


「すいません、負けでいいので帰っちゃダメですか?」

「いけません。本日の勝負はご主人様もお嬢様も楽しみにしていたのです。せめて戦って死になさい」


 死になさい!?

 ちょっと! この戦い、いつから命懸けのデスマッチになったの!?


「あ、なんかお腹が痛くなってきた。ちょっとトイレ行ってきていいですか?」


 こんなヤバい貴族の見世物に参加させられてたまるか! 

 トイレに行く振りをして逃げさせてもらおう。


「垂れ流しながら戦いなさい」


 そこまでする!?

 もう何が何でも戦わせる気じゃん!


 準備は良いですかっていう先程のあの言葉は何だったんだ!

 まるで準備をさせる気が無いよ、この執事!


「それでは両者、死ぬか気を失うまで戦いなさい。勝負……開始!」


 そして執事は僕の意思などお構いなしにそのまま試合開始の合図を出してしまった。

 僕が本当に垂れ流しながら戦ったらどうするつもりだったんだよ……。


「氷よ」


 おばあさんは戦いの準備が完了していたらしく、なんら動揺することなく僕に氷魔法を撃って来る。


 <氷矢>が……十三本。なかなかに多い。


 だが僕は冷静にそれら全てを同規模の火魔法で迎え撃つことで相殺し、対処する。


 はぁ、仕方ない。

 教え子も見ている事だし、ちょっと気合入れますか!


「ちっ、生意気にも詠唱破棄かい……!」


 僕は観客席から心配そうにこちらを見ているルナちゃんを一瞥し、やる気を自身に注入。

 まさか教え子の前で魔法使いとして情けない姿を見せる訳にもいかない。


「氷風よ」


 おっと今度は複合魔法か。

 こんな魔法まで詠唱を部分省略とは。

 このばあさん、かなりのやり手だ。


 最初の風魔法を敢えて部分詠唱で発動したのは、僕を油断させるためかな?


 だが随分と対人戦に慣れているようだけど、僕の相殺に気付けないようじゃレベルが低いと言わざるを得ない。

 やる気を出した僕にはそんな手じゃ通用しないよ。


 僕は先程同様、魔法の相殺を行う事で迫りくる魔法を打ち消す。


「なっ! これも詠唱破棄だと……!?」


 僕は勝負の最中だと言うのに呑気に驚きの表情を浮かべるばあさんを尻目に一言だけ呟く。


「やれ、フーコ」



 バタン



 すると次の瞬間、おばあさんは白目を剥きながら後ろ向きに倒れた。



「「「「……………………」」」」



 あまりにもあっけない、そして突然の幕切れにこの場にいる誰もが言葉を失くす。

 恐らく僕がしたことを理解出来ている者は一人もいないだろう。

 この魔法はそういう魔法だ。


「彼女、気を失ってると思いますけど?」


 僕は審判役であろう執事に試合の判定を促す。


 恐らく、執事や家庭教師のばあさん側からしたら、僕をボコボコにしてお嬢様からの信頼をより強固なものとしたかったのだろう。

 そして今後の魔法の特訓により身を入れさせたかったのではないか。


 貴族と言えど、帝国は実力主義。

 頭脳か、剣か、魔法。

 そのどれかに秀でていなければ勝ち組にはなれないのだ。


 執事は、入念におばあさんの状態を確かめ、どうやってもおばあさんが起きない事を悟る。

 そして渋々、心底言いたく無さそうに、言った。


「勝者、リロイ殿!」

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