第13話 脅威の魔導筆

「セリナ、もう一回やろう!」


 オルハがたまらずセリナを叱咤激励した。


「わかってる」


 セリナは再び目を閉じ気を集中させた。


 だがその後何度やっても、筆は宙に上がるも直後に落下を繰り返すだけだった。その光景を3人だけでなく、ほかの生徒からも見られ、クスクスと笑い声まで聞こえてきた。たまらずミリアとカティアが、その笑い声の主達を睨み返したりもした。


「や、やっと……出来た!」


「おめでとう、セリナ!」


 ようやくセリナが書き終わったのは、セリナが初めて魔導筆を宙に浮かせて5分経過した後だった。そこに書かれた光の文字は『セリナ』、セリナは生まれて初めて魔導筆で書いた自分の名前を心に刻みたかったのか、両手の人差し指と親指で菱形を作ってその文字を全体で囲み、思わず【写経(フォト)】の魔術を使ってしまった。


「セリナ、授業中に【写経】を使ってはいけません。初日に説明したでしょ」


「あ、ごめんなさい……」


 その言葉にほかの生徒からも笑い声が聞こえたが、さすがのカティア達もこれには笑わずにはいられなかった。


 【写経】は基礎的な魔術だが、両手の指を菱形で囲めばその部分の光景が脳内に鮮明に保存され、思い出したい時に再び同じ動作をすれば、それまで保存された光景が再度鮮明に思い起こされる。


 セリナが【魔聴】と同じくらい気に入っている魔術だが、こればかりはほかの魔導士にとっても馴染み深いものだった。


「トールももっと練習をするように!」


「は、はい!」


 セリナはトールの方を振り向くと、トールもかろうじてだが自分の名前を書いていた。字は下手だったが、お互い似た者同士であることを悟り複雑な気持ちになった。


「では皆さん、魔導筆の執筆練習はここまで!」アグネスが両手を叩き、教室を静めた。「ここからは、魔導筆の新しい使い方について話していきます。魔導筆の章の第2節になります」


 アグネスが持っていた魔導書のページを開いた。セリナ達も魔導書の同じページを開いた。するとそこには驚くべき内容が書かれていた。セリナ達は思わず顔を合わせた。


「このページに書かれているように、魔導筆は魔術を放出する武器にも代用できます。例えばこんな具合に……」


 アグネスはそう言うと、魔導筆の先端を窓ガラスに向け気を集中させた。すると次の瞬間、先端から何やら強力な突風を起こし、窓ガラスに叩きつけた。窓ガラスはあまりの衝撃にひびが入った。


「一応言っておきますが、学園内全ての窓ガラスには特殊な防御術が施されています」


 アグネスはさらっと説明したが、それでひびが入ったということはとんでもない威力の術を出したことになる。セリナ達は口を開けたままになってしまった。


「ですが、この程度なら【修復】で直せます」


 アグネスは窓ガラスに近づいて、ひびが入った個所に手をあてた。するとひび割れはなくなり、元通りになった。


(うわぁ、【修復】とかいいな)


 カティアが思わず羨ましがった。


 【修復】の魔術自体も驚くことだが、それよりも筆から高威力の魔術が繰り出されたことの方が、セリナ達にとって衝撃だった。


「御覧のように、この魔導筆は武器にも使えます。今私が出したのは風の攻撃術ですが、それは私が風の魔術を得意とするからです。つまり……」


 アグネスは最も大事なポイントを強調した。


「この魔導筆からは、自動的にその使用する魔導士の最も得意とする攻撃術が放出されるのです」



 魔導筆は攻撃魔術を出すことも可能な道具だった。それを聞いて一部の生徒から驚きの声が聞こえた。


「ですがご安心ください」アグネスは追加で説明した。「魔導筆自体は使用する魔導士の消費魔力を抑える性質があります。それは魔導筆の中に特殊な魔石が組み込まれているおかげです。詳しくは『理論魔術』という授業で学ぶことになりますが、この魔石があるおかげで……」


 その時、突然部屋のどこかから爆発する音が聞こえ、アグネスの説明が中断した。


「そこ! まだ私の説明が終わってないでしょ!」


「す、すみません!」


「すげぇ、本当に出た……」


 男子生徒の数名が今のアグネスの解説で、興味本位で筆で攻撃魔術を放ってしまったらしい。改めてアグネスの解説が事実だったことが証明されたが、煙が立ち込めた。火の魔術だったのだろうか、危うく大惨事になるところに、周りの生徒も冷ややかな目で見た。


「許可なく筆で魔術を出すことは許しません。今後同じことしたら、没収します。わかったわね?」


 アグネスは教卓を叩きながら説教した。生徒達もたまらず縮こまってしまった。


 「怖いよね……」


 カティアの小声がまたも聞こえた。


 アグネスは一通り魔導筆による魔術の出し方の解説を終えると、今度は自身の魔導筆をしまい、鞄から別の資料に目を通した。


「この時間使える広間は……」


 アグネスが何やら小声で呟いた。今度は何をするのだろうかと、セリナも気にならざるを得なかった。その横でミリアが筆で魔術を出したがっていたが、オルハはたまらず制止した。


「中央校舎の2階の東側、多目的広場は今使えるわね」アグネスが資料を閉じた。「さて皆さん、先ほど私が見せたように、皆さんにも筆で魔術を放つ練習をしてもらいます」


 アグネスの言葉に、一部の生徒から喜びの声も聞こえた。


「ですが、ここはあくまで座学用の教室。先ほど見せたように威力を抑えても、窓ガラスにひびが入るほどです。そこで場所を移動することにします。ついて来て!」


 アグネスの指示に従い全員が立ち上がり、教室を出てアグネスの後へ着いて行った。


 中央校舎の2階の東側に多目的広場、アグネスの引率で連れてこられたこの広場は、多くの生徒が暇な時間に使用する場所だ。文字通り使用目的は様々だが、多くの生徒は会得したり学習した魔術を放つ自習や鍛錬の場として使用する。初日にセリナ達がモニカといざこざを起こした広間と、ほぼ同じ目的で使われる。


「ここはさっきの教室よりも強力な防御術が全体に張り巡らされています」


 アグネスは到着早々筆を使い、さっきよりもさらに威力のある突風を繰り出し、壁に直撃させた。


 あまりの衝撃に広間中が振動したが、壁には傷一つついていなかった。


(ひえ、なんて威力なの……)


 セリナは度肝を抜かれた。モニカが出した火球と比較したが、それ以上だと感じた。


「理論的には攻撃レベル10までは耐えられる設計です。皆さんの魔力程度なら」攻撃レベルの数値でどれだけ威力が変わるのか、セリナ達はよく理解できなかったが、それでも現状自分らがいくら本気を出してもびくともしないだろうと予想はできた。


「では早速実践してもらいますが、一人ずつやってたら時間かかるので、一度に2~3人ほど前に出て実践してもらいます。最初にやってもらうのは…」アグネスの言葉に全員注目した。


「フィガロとロゼッタ、前に出なさい」


「はい!」


 二人が返事をして、アグネスの前に並んだ。そして早速アグネスが質問した。


「フィガロ、あなたの得意魔術は何でしたか?」


「土です」


「ではフィガロ、筆を構えなさい」


「はい!」


 アグネスの言葉に従い、フィガロは筆を壁に向けて魔術を放つ構えをした。すると次の瞬間、フィガロの目前に無数の石の塊が出てきた。そして猛スピードで壁に向かっていき、無数の衝突音が鳴り響いた。


(凄い、今の石弾(ストーンバレット)……)


 セリナもその技を見て思わず感心した。だがそもそも何の説明もなくフィガロが石弾を出したことに、一部の生徒はきょとんとしていた。


「さっき私も説明しましたが魔導筆で放たれる術は、その使用する魔導士の最も得意とする術です」


 アグネスはフィガロに近づきつつ説明した。


「フィガロ、あなたは特に何も意識せず術を放ったはずです」


 その言葉にフィガロも躊躇なく頷いた。魔導筆は使用者が最も得意とする術が放たれる、それはさっきアグネスが教室で説明したことだった。


 だがこの説明には続きがあり、それが魔導筆の弱点ともいえる特性だった。


「逆に言えば、魔導筆では得意とする術以外は放てなくなります」


 生徒は複雑な表情になった。


「なにそれ? 使えるのか使えないのかわかんないじゃん」


 ミリアの考えはセリナも同じだった。魔導筆は一見便利な代物に思えたが、その説明を聞くと率先して実戦で使えるかわからない。


「今の説明に不服な人もいるようですね。ではロゼッタ、今度はあなたが試しなさい」


「はい」


 ロゼッタは言われるがまま筆を構えた。しかし筆の先は光ったものの、何も起きなかった。学年主席であるロゼッタが杖を構えても何も起きないわけないだろうと、一同信じられない様子だった。


「ロゼッタ、あなたの得意魔術は、確か……」


「防御です」


 ロゼッタが静かに答えた。その言葉に一同ざわついた。


「防御ってことは……」


「もしかして、既に発動してる?」


 セリナは恐らく見えない防御膜が、ロゼッタの周りに張られていると説明した。それを聞いたカティアとミリアは信じられない気持ちを抑えられない。


「防御術、知っている生徒もいるでしょうが、魔盾(シールド)が張られているはずです」アグネスはセリナと同じ説明をした。そしてそれを確かめる方法は一つしかなかった。


「フィガロ、ロゼッタに石弾を仕掛けなさい」


「え、いいんですか?」


「防御術を確かめるにはこれしかありません。万が一負傷したら、私が治癒します」


「わかりました」


 フィガロもそこまで言われると、さすがに構えざるを得なかった。


 次の瞬間、ロゼッタとフィガロが相対した。仮にも学年主席同士である生徒2人が、授業の一環とはいえ魔術での攻防が見られる。これには全生徒も喰いつかざるを得ない。セリナも真剣な表情で見守った。


「手加減はしないぞ!」


「心配ご無用」


 ロゼッタは表情一つ変えず返事した。


「はぁー!!」


 フィガロの大きな掛け声とともに、さっき見せたのと同じような無数の石弾が飛び出した。ロゼッタ目掛けて全て発射された。しかしその無数の石弾は全てロゼッタが構えた筆の前で、弾き飛ばされた。


「な?」


 フィガロは呆気にとられたが、ロゼッタは涼しい顔をしたままだ。


「本当に防御した!?」


 予想はしていたが、本当に防御したのを見て、セリナ達もやはりフィガロと同じ反応をした。


「これでわかりましたか、皆さん」


 アグネスの説明したとおりだった。ロゼッタの筆の前には立派な防御膜が張られ、それが襲い来る石弾を全て弾き返し粉々にした。


「試しに2人とも筆で不触動力を使ってみなさい」


 アグネスはそう言うと、鞄の中から茶色の球体を出した。それは魔導士の基礎魔術である【不触動力】の訓練としてよく使われる道具で、セリナ達も子供の頃からよく目にした代物だった。


 その茶色の球体がフィガロとロゼッタの間の地面に落ちた。二人ともその球体を筆に魔力を集中させ、懸命に動かそうとした。しかし球はピクリとも動かない。フィガロは思わず苦しそうな表情を浮かべた。


 人形のような表情のロゼッタでさえ、筆先を何度も見返した。


「ふふ、どれだけ力んだって得意魔術以外は発動できません。魔導筆はそのように作られているのです」


 アグネスはあたかも自分が設計者であるかのような笑いを浮かべ、誇らしげに語った。


「だけど、これだけだと一見筆はあまり役に立ちそうな代物に見えないでしょう」


 アグネスは生徒が感じていた不満を指摘した。


「フィガロ、1分間に土球(サンドスフィア)何発放てます?」


 突然アグネスがフィガロに質問した。

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