第2話 緊張の入学式

 魔導学園エルグランドの中央の大校舎の入り口から中に入り、直進すると大聖堂に入ることができる。この大聖堂は数千人近くは入る大きさを誇り、学園内で重要なイベントを執り行う際に用いられるほか、国家や王族の重要な祝賀行事も執り行う際に使用される。


 巨大な白の女神の銅像が演壇の最奥部に設置されていることからも、この大聖堂が重要な施設であることを裏付けている。


 エルグランド学園の新入生をお祝いする式典は学園だけでなく、アズミアン王国にとっても大変重要な行事でもある。国家のみならず世界の平和と安定を実現するための強い魔導士達を育成するだけに、王族や政府の重鎮も出席することになっている。


 第13期生にあたるセリナは、総勢300人近くいる新入生の一人だ。新入生全員が大聖堂の中央に集まり座っていた。セリナは前からではなく、後ろから数えたほうが早い席順だった。左後方から2列目、一番左の席から数えて6番目の席に座っていた。


 そして一番右から数えて3番目の席にヒースの姿もあった。二人ともこれだけ席が後方の位置になったのは、入学試験の順位が関係していた。案内状には席順の意味については何も触れられていない。だが入学試験の際に試験官から式の席順にも影響すると言われていたので、自分達がこれほど後ろの席に座ることになった理由は二人とも知っていた。


 セリナは緊張を隠し切れなかった。周りにいるのは自分と同じ一流の魔導士を目指す新入生ばかり、しかも壇上には王族とその関係者、政府関係者、騎士団長、そして学園長と生徒会長と現国王であるルオゾール今上陛下が座っていた。


 セリナも当然各々の顔を見れば、誰だかわかっていた。大賢者の末裔でもある家柄なので、これまでの人生で一度は直に顔を見合わせ、会話も交わしたことのある人物ばかりだ。生徒会長も入学試験の際に手合わせとして、軽く魔法を交え模擬戦を行っていた。


 だがそんなセリナでさえも一度も会ったことがない人物が壇上にはいた。多くの国を代表する人物が並んでいる中、一人だけ並々ならぬ存在感を漂わせていたのは、エルグランド学園の学園長で歴代最強の魔導士とも評されているスティーナ・シャルル・マリーだ。


 長い銀色の髪に常に白いローブを身にまとい、白いブーツを履き、傍らには身の丈よりも長い金属製の杖が置かれていた。そして学園長の最大の特徴は顔にある。小さな顔に白い仮面を被っていて素顔は見えない。だがその姿からただならぬオーラを、魔導士はみなひしひしと感じていた。


 学園長が白い仮面を被り全身を白の衣装で統一させているのは、このアズミアン王国の建国の主でもある白の女神の化身であることを象徴させるためにあった。

 

 今や現国王よりも立場が上といっても過言ではない。隣に座っていた国王の体の方が圧倒的に大きかったが、そんな体の大きさなど気にならないくらい、学園長の存在感が圧倒的だった。


(あのお方が白の女神様の再来とも言われている、スティーナ学園長……)


 既に入学式は始まっていたが、セリナは初めて見た学園長の姿に見とれていた。そして司会進行役の教頭の開始の辞が終わり、直後ルオゾール今上陛下の祝辞が執り行われた。


「新入生の皆様方、この度はご入学おめでとうございます。今年で創立13周年を誇る魔導学園の入学式の祝辞を述べられることを大変光栄に存じます。つきましては…」


 国王の話は長く続いた。魔導学園の入学式で国王の祝辞が述べられるのは毎年の恒例行事だが、ほぼ似たような言葉が述べられるだけで新鮮味はない。新入生もその噂は聞いていたので、ほぼ真剣に聞いていた生徒はいなかった。うとうとしている生徒すらいた。


「長くなりましたが、これにて私からの祝辞を終わらせていただきます。」


 ようやく話が終わり国王が後ろの席に座ると、今度は隣にいた学園長が立ち上がり、演台の前に立った。やはりというかそのオーラは、国王とは比べ物にならないほど圧倒するものだった。


 全新入生も無意識に姿勢を正し、学園長の話に耳を傾けた。さきほどの国王との祝辞とは明らかに雰囲気が変わった。セリナは彼女の体の大きさに驚いた。その演台からはみ出した彼女の体の大きさが、さっきまで立っていた国王より頭一つ分は小さく見えた。


 もちろん国王の身長が190cmと大きすぎたというのも一つの理由だ。セリナも学園長の体の大きさは、自分と同じくらいだとハッキリわかった。


「第13期生の皆様方、ご入学心よりお祝い申し上げます」


 大聖堂内に響いたのは、ゆっくりとした落ち着いた口調の美しい女性の声だった。そしてセリナが想像していた以上に若い声だった。


「私が当学園の長を務めるスティーナ・シャルル・マリーです。皆様方も既に知っていると存じますが、私も当学園の卒業生の一人です。

 私が当学園の第1期生として入学した頃は、まだ魔導士のレベルも低く、その数も限られたものでした。

 しかし当学園において10年以上も魔導士の育成を重ねた結果、優秀な魔導士を幾多も輩出することができました。これも一重に王族方、さらには政府や国民総出で援助を賜ったものだと存じております。

 私も学園の卒業生である以上、何かしらの恩返しをいたしたく存じ、三年ほど前に当学園の長の座を譲り受けました。

 今やこうして優秀な魔導士の成長を間近で見守り続けることができるのは、何よりの光栄です。」


 学園長の言葉に新入生一同釘付けだった。実は新入生には見えない演台の箇所に原稿が置かれており、その原稿を読んでいただけで途中で文字の一部を読み間違えもしたが、誰もそんなことは気にも留めなかった。


 さらに学園長は自分の学生時代の思い出話も簡単に語った。初めての授業、初めての実戦、初めての災魔との戦闘など、実際に自分が経験した身の上話だからこその説得力と深みがあった。これだけは魔導学園出身でない国王の祝辞にもなかった部分だ。


「学園生活を送る上で幾多もの困難が待ち受けているでしょう。しかしそれに屈することなく、諦めずに努力と精進を重ねてください。皆様方は必ずや将来の世界と平和と安定を担う優秀な魔導士に育つと信じております。

 それでは私からの祝辞を終わらせていただきます。皆様方に白の女神の御加護があらんことを」


 学園長の祝辞が終わった。深く礼をし、後ろの座席に戻っていった。多くの魔導士が憧れ、尊敬する人物だと評されていたが、これでセリナも痛いほどそれがわかった。セリナもほかの新入生同様学園長の祝辞を真剣に聞き入っていた。それ以上にセリナには学園長の言葉に強く魅了されるものがあった。


 セリナもよくはわからなかった。学園長の言葉を聞くと凄く懐かしい響きで、心地よかった。おかげで学園長の祝辞が終わり、その後にあった生徒会長の祝辞についてはほぼ耳に届かないほど、彼女の頭は学園長のことでいっぱいになった。


 だがそんなセリナの夢見心地を邪魔したのは、隣にいた新入生の声だった。式が一通り終わり、閉会の準備に入ろうとして大聖堂内にあった緊張感がほどけ、ややざわつき出したのを見計らって、隣にいた女子生徒がセリナに小声で話しかけた。


「ねぇ、あなた何組?」


 セリナもその言葉を聞いてハッとした。一瞬自分に言ってるのかわからなかったが、声がした方を振り返り、青色の髪の毛が特徴の女子生徒がセリナの顔を見ていたのを確認し、返事に困った。


「え、わ……私?」

「そう、あなたに言ってるの。ねぇ何組?」

「じゅ、10組よ」

「本当? 私と同じじゃん!」


 隣にいた女子生徒のその言葉に、思わずセリナも内心喜んだ。


「カティア・クラン・リスパよ。カティアって呼んでね、よろしく。」

「同じクラスね、よろしく。私はセリナ、セリナ・フォード・オコーネルよ」


 セリナは小声で自己紹介したが、やはりというかその名前を聞いて、カティアは驚愕した。


「え!? やっぱりというか、本当にあなた……セリナ・フォード・オコーネル?」

「うん。そうだけど…」


 カティアは自分の予想が的中していたことが嬉しかったが、それ以上にセリナと同じクラスになれたことで震えが止まらなかった。セリナもそんなカティアの様子を不思議そうに見たが、すぐに察した。


「私のこと知ってるの?」

「知ってるもなにも、超有名人じゃん! 私、感激過ぎて……」

「あ、ありがとう…」


 セリナは苦笑いしつつ答えた。自分のことを知ってる人がいてくれて嬉しかったが、その超有名人がこんな後ろの席に座っていいわけはなかった。セリナはだんだん恥ずかしくなった。


「どうしたの?」

「え、あ、大丈夫。なんでもないわ」

「私、ずっとあなたがどんな人か気になってたんだ。教室に着いたら、もっといろいろ教えて!」


 カティアとセリナの会話はここでストップした。既に閉会の辞が告げられ、各クラスを担当する教師らしき年配の魔導士10名が、大聖堂の左側縦1列に並んだ。ここで再び教頭の声が鳴り響いた。


「これより新入生諸君を教室へと案内いたします。新入生各自に配られた生徒手帳に自分の所属するクラス番号が書かれていると思います。また皆様の左手にそれぞれのクラスの担任の教師が1組から10組まで、縦一列に並んでおります。新入生諸君、自分がどのクラスか、どの担任教師になるか把握しましたね」


 セリナもその質問を聞いて、改めて生徒手帳に記載された組番号と、左手に並んだ担任の教師を順番に見て回った。全員年配で、間違いなくセリナよりは10歳以上は離れている魔導士ばかりだ。そしてセリナの10組を担当する教師は一番後ろに立っており、赤い帽子を被り茶色の髪と赤色のローブを着た女性だった。


 担任教師の服装は統一されていなかったが、それでも赤いローブは彼女だけであり、嫌でもすぐにわかる姿だった。


「それでは、各担任教師が皆様方を所属クラスへ引率します。自分と同じクラス番号が呼ばれたら立ち上がり、左側にいる担任教師の後ろに並んでください。それでは1組目の生徒起立!」


 教頭の話が一通り終わると、1組目に該当する生徒が立ち上がり大聖堂の左側へと移動した。その生徒らが教師に引率され大聖堂の外に出たのを確認すると、続いて2組目、その次に3組目と立ち上がり、外に出て行った。


 セリナは10組目だったので最後に出ることになった。最後に残った生徒が10組目となったが、人数は他のクラスと同じく30名ほどだった。隣にいたカティアとともに席を立ちあがり、赤いローブ姿の長い茶髪の女魔導士の後ろに立った。女魔導士は

全生徒が並んだのを確認すると、無言のまま大聖堂の外に移動した。


 セリナ達もそのまま後をついていった。学園長ほどではないが、担任教師であることからえも言えぬ圧力を感じた。セリナの後ろにカティアもぴったり並んだ。


(あの人が私達の担任、一体どんな魔導士なんだろう)


 セリナがふと疑問を抱きながら、大聖堂の外に出ようとした。するとその時、何やら強烈な視線を背後から感じた。振り返ってみると、壇上にいた学園長が立ち上がっていて、セリナに顔の正面を向けていた。


 学園長は無言のまま、すぐに壇上の奥へ姿を消した。ほんの一瞬で、ほかに見ていた生徒はいなかったが、セリナは明らかに学園長が自分のことを見ていたと感じた。


「どうしたの、セリナ?」


 その様子を後ろにいたカティアが不思議そうに訊ねた。


「なんでもないわ。大丈夫…」


 セリナも平静を取り戻し、大聖堂の外に出た。ここで学園長がセリナに視線を送った本当の意味を、当の本人は知る由もなかった。そしてセリナは数分後、自分が所属するクラスの教室の中に入っていった。

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