ちょっと苦いくらいがちょうどいい

File5.緑川ひびき(18)



 バレンタインを翌日に控えた放課後、いつものように小野と並んで帰る。期間限定という言葉に釣られて先程コンビニで買った"チョコレートまん"は嫌でもバレンタインが近いことを想起そうきさせた。


「チョコレートまん、うまっ!!!」

「うまいなー」

「ていうか明日バレンタインじゃん」

「そうだな」


 こいつさっきから相槌あいづち適当すぎない?まあいつものことなんだけど。


 気温が低いからか、チョコレートまんの湯気がホカホカと見える。空は少しくもっていて、このままだと明日はもしかしたら雪が降るかもなと思った。


「板チョコでもいいからほしー」

「板チョコはうまい」

「義理のギリのギリでもいいからほしい」

「必死だな」


 ゆで卵なら貰えるかもよ、と小野が言う。


 ……え、なんでゆで卵???バレンタインにゆで卵渡す女子って何?どういう発想をしたらゆで卵渡そうってなるんだ…………。


「ゆで卵どこから出てきたん!?」


 俺の必死な叫びをあははと軽く笑い飛ばした小野が少し前を歩く。その背中がいつもより小さく見えた。


 なあ、とその背中に声をかけてみる。


「小野はさぁ、川村さんのことどうするの」


 ここ最近疑問に思っていたことをつい無意識に口にしてしまった。バッと効果音がつきそうな勢いで小野が振り向く。


「お前、なんで川村のこと……」


 小野の耳まで真っ赤になっているのは絶対寒いせいだけじゃない。


「見てたらわかる。長い付き合いだからな!」

「なんでそこでドヤ顔するんだよ」


 どっかの誰かさんにそっくりだ、と小野が独りごちた。どっかの誰かって誰だよ。


 赤くなってる小野は珍しいので隣に追いついてその顔を覗き込んでみた。どんな顔をしてるのかと思ったら、耳は赤いままのくせに、その表情は顔の色とアンバランスだった。


「"待ってて"なんて言えるわけないだろ」


 一丁前に空なんかあおいで悲しそうな顔して。

 もっと悲しいのはきっと川村さんだろうに。


「お前が迎えに行けばいいんだよ」


 その時振られたら自業自得だけどなー、と笑いかける。


「甘いもんいっぱいご馳走して胃袋掴んでこい!」

「なんだそれ」


 小野は小さく笑ったあと、何かを考えるようにしばらく黙り込んだかと思えば、恐る恐るといった感じで口を開いた。


「バレンタイン…男が渡してもいいと思う?」

「いいに決まってるだろ」


 横を見ると小野はもう空なんて見てなくて、どんなチョコがいいかとか1人でブツブツ言いながら前を見て歩いていた。


 厚い雲で覆われていた空からは少しずつ光が差してきて、明日晴れるかもなぁとさっきと反対のことをぼんやりと考える。


 少しだけ残っていたチョコレートまんはすっかり冷えきっていたけれど、一気に口に放り込むとアツアツの時とはまた違った食感や味がしてこれはこれで美味い!と思った。

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