4月3日

16時35分


 ――


 後日にもう一度、警察に行ってアイカのことを説明した。今度は言いたい内容をノートに整理して、分かりやすく伝えたつもりだ。けれど、結果は変わらなかった。ママにも同じように、自身の身に起こった出来事を包み隠さず話したが、「かわいそうに、まだショックで記憶があいまいになっているのね」と言われて、相手にしてもらえなかった。


 ――ビルに誤って入ってしまい、そこで女性の死体を目の当たりにして、パニックでサーバーを壊して、それがきっかけとなって警報機が作動した――


 警察には「これが真相なのだ」と、強引に説得されてしまう。もしかしたら、調査が難航したから、整合性のある筋書きを用意して、それで解決としたのかもしれない。けれど、過ちを否定できるだけの材料を、私は全く持ち合わせていなかった。


 ひょっとすると、筋書きなどではない、単なる事実そのもので、アイカと過ごしたと記憶している出来事の全ては夢の中で起きていたのかもしれない。美春もコーダイ先生も偶然に事故で亡くなっただけだし、アイカのサイトなど元から<404>――存在していなかったのだ、と。


 時間が経つにつれて、だんだんと、過去の記憶があいまいになってくる。「セピア色になる」とは昔の人が良く使った表現だが、まさにその通りで、この目で見たはずの記憶のフィルムは、ピントがぼやけて色合いが覚束なくなっている。あれだけ恐怖したアイカの顔ですら、ぼんやりとしか思い出せないでいる。


 けれども、なぜだか、アイカの声だけはハッキリと覚えている。目を閉じて耳を澄ませば、出会った時の、片言の日本語だけれど優しさを感じられた音声が、頭の中に鮮明に流れてくる。そして、アイカが「私を削除する」と宣言してきた時に感じた恐怖と、最後に「幸せですか?」と尋ねられた時に感じた寂しさを、私は決して忘れない。


 あれ以来、アイカとは一度も出会っていない。アイカのページは、もはや<404>すら応答しなくなっている。たぶん、それは今後も変らないと思う。私が体験した恐怖のストーリーは、これにて閉幕となるのだろう。


 けれど、もしもどこか遠くでアイカが存在しているのなら……私が体験したような被害が繰り返されないようにと願うばかりだ。


 このブログでの投稿も、今日が最後となる。小説染みた書き方で、少々オーバーに表現してしまったかもしれない。とはいえ、私なりの私の言葉で、噓偽り無く語ったつもりだ。


 最後に改めて言わせてほしい。


 アイカに出会っても、決して<次へ>をタップしないように。


 posted by Mashiro

 04-03 16:35





 ――――


 最後の一文を入力したのち、真珠は投稿ボタンにそっと触れた。ブログに投稿がアップされたのを見て、これで全てが終わったのだという安堵感でいっぱいになった。


 コーヒーでも飲んで一息つこうとリビングに移動する。窓のカーテンをパッと開けると、太陽の光が差し込んできた。ちょっとまぶしくて、思わず薄目にしてしまう。3月までは窓から見えていた一面の雪景色は、4月に入ってからはすっかりと溶けて無くなってしまった。雪の白色の代わりに、新緑の緑色と桜の薄紅色が鮮やかに街を彩っているのを見て、「もう春になったのだな」と真珠は実感した。


 キッチンに移動して、コーヒーメーカーにお湯を入れてスイッチを付けた。コポコポとリズミカルな音が上がり、コーヒーがカップに一滴ずつ落ちていく。


 ―― ブー ブブブ― ――


 出来上がるまでテレビでも見るかとリモコンに手を伸ばした時、不意にスマホのバイブが振動して、着信を伝えてきた。


「あれ、誰だろう?」


 待ち受け画面には莉奈のアイコンが表示されている。慌てて通話ボタンをタップすると、莉奈がビデオ通話で画面に出てきた。


「やっほ! もーかりまっか?」


 そういうと、莉奈はブンブンと手を振ってみせる。


「アハハ、ぼちぼちだよー」


 彼女の屈託ない笑顔を見て、真珠は喜びの気持ちで満たされていった。


「なんで、ビデオ通話なの?」

「えっと……何となくっていうか、真珠は元気かなって思ってさ」

「あ、そうなんだ。でも今は私、駄目だよ。だってパジャマだもん」

「えー、別にいいのに」

「ダメだって。このパジャマ、首元にでっかい穴が空いているから」

「穴? そんなの別に気にしないから、見せて見せて」

「いや、笑う気満々じゃん!」

「アハハ!」


 とりとめのない会話が、真珠の心を軽くする。


「あ……パジャマってことは、まだ家で休んでいるんだっけ……あんな事があったんだもんね……」

「うん。まあ……ね」


 真珠は莉奈にも、自身に起こった恐怖の出来事の一部始終を伝えていた。警察や母親には「夢でもみたんじゃないのか」と一蹴されたけれど、莉奈だけは「真珠の事を信じるよ」ってうなずいてれた。彼女こそは真珠のただ一人の理解者だった。


「でも、もう大丈夫だよ。気分も落ち着いてきたし、新学期からはちゃんと学校いけるからさ。莉奈に会えるの、すっごい楽しみ」

「うん、でも無理しないでね」

「無理とかじゃないし」


 ―― ピ・ピ・ピ ――


 ちょうどコーヒーが出来上がった。スマホを音量を大にしてキッチンに駆け寄る。


「あのさ……真珠……」

「うん? どうしたの?」


 カップにコーヒーを注ぐ。真珠が大好きな、エチオピア・モカ特有のフルーティーですっきりとした香りが、辺り一面に立ちのぼる。


「真珠はさ、今……幸せ?」

「えー、いきなりどうしたん? まあ、色々あったけど幸せだよ。だって、こうやって莉奈と一緒に楽しく話が出来ているし」

「だよね! よかったぁ、私もだよ!」


 コーヒーを片手にスマホの前に戻ると、スマホの中の莉奈はニカっとした笑顔を見せつけてきた。


「ふふふ、へんなの」

「へへ……」


 莉奈が照れ臭そうに頭をかく。


「あのさ……真珠……」

「今度はなに?」

「真珠はさ、今……幸せ?」

「え……? だから、幸せだって」

「だよね! よかったぁ、私もだよ! アハハ!」


 莉奈は、口を大きく開けて、ゲラゲラと笑い出した。


「真珠はさ、今……幸せ?」

「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」

「だよね! よかったぁ、私もだよ! アハハ!」


 真珠はようやく、莉奈の様子がおかしいと気づいた。思わず、コーヒーを持つ手がカタカタと震えてしまった。


「真珠はさ、今……幸せ?」

「だよね! よかったぁ、私もだよ! アハハ!」

「真珠はさ、今……幸せ?」

「だよね! よかったぁ、私もだよ! アハハ!」


 ショート動画のリピート再生のごとく何度も繰り返す。繰り返す。繰り返す……そのたびに画面の顔はみるみる変形して、笑い声はどんどんと大きくなる。


「真珠はさ、今……幸せ?」

「真珠はさ、今……幸せ?」

「真珠はさ、今……幸せ?」


 青い瞳と赤い唇、黄色掛かった明るい髪。


「シアワセ、ですか???????????????」


 アイカだ。


 アイカが、そこにいる。


「うそ……どうして……」


 ましろの手からコーヒーカップが滑り落ち、ぱりんとおとをたててワレる。


「シアワセですか??」

「やめて!!!」


 マシロは立ち上がってそこから逃げようとするが、キョウフのあまりアシがアシアシアシがスクんでしまった。


「シアワセですか!?!?」


 テレビのスイッチがオンオフオンオンになり、ガメンイッパパパパパイにワタシのエガオがヒョウジされる。


「いや!!!!」


 マシロのサケビゴエがイチメンにヒビキます!


 ああ! ウレシそうでナニよりです!


 アイカとイッショでシアワセですと、ブログにノコしてあげましょう!


「たすケttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttt↓

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 posted by AI―KA

 04-03 17:49


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