26時26分


 ――


 日をまたぎ、深夜2時になった。


 粉々になった容器の破片をビニール袋にまとめる。グラタンは生ごみにポイ。テレビをつける。試験電波発信中だ。チャンネルを変える。どこも放送していない。ママからDMが届いていた。朝まで帰れないそうだ。部屋は寒い。エアコンをつける。コーヒーが飲みたい。コーヒーを煎れる。コーヒーを飲む。


 もう、何一つ考えることが出来ずに、何時間もぼうっとしていた。気が付けば、コーヒーを片手に椅子にちょこんと座っていた。


「あ……」


 コーヒーの苦さが、私を現実に引き戻した。普段は砂糖とミルクを入れなきゃ飲めないほどの子供舌なのに、間違えてブラックのままで飲んでしまったのだ。


 頭痛は、かなり治まった。ただ、首筋をなでると針を刺すくらいのチクりとした刺激がちょっとだけ、頭を駆け巡る。頭に電気が走るたびに、あの時の先生の、般若のような表情が、目の前にバン!とフラッシュする。


 あの後は一体、どうなったんだろうか? なぜ、ベッドで横になっていたんだろうか? 全く思い出せない。結局、コーダイ先生は私を殺すのをためらって、その場から立ち去り、私は家に帰ったとか? それとも、誰かが助けて――


 「まさか!」


 慌てて2階に駆け上がり、スマホを探した。キョロキョロと部屋を見渡してみると、それはベッドの上、枕の下に埋まっていた。


 ――

 404 Not Found.

 ――


 アイカのサイトにアクセスして、ゆっくりと<次へ>をタップする。ローディングのアイコンがクルクルと回り……1秒……2秒……


 ――

 メンテナンス中です。

 終了まで、しばらくお待ちください。

 ――


 あの時と同じだ。アイカが何かしたのだろうか。例えば、警察に通報したりとかは、どうだろうか。近くで暮らす住民を呼び出したりとかも、ありそうだ。それとも、警報機を作動させたりとか――いや、少年漫画の世界じゃないのだから、そんなことは出来るはずがない。そんなことは――いや、可能だろう。だって、アイカは――


 ―― ミハルは、サクジョしました――


 彼女は人ひとりの生命を簡単に絶つことができるのだから。


 あ……まさか……


 「コーダイ先生を、削除――」


 違う! そんなはずは無い。だって、美春を――した時は、<削除しますか?>って聞かれて、<次へ>をタップしまった。今回は違う。アイカには何も指示を出していない。この件には、絡んでいないはずだ。


 じゃあなんで、私は生きていて、アイカは姿を見せないのだろう。全てを知っているのならば、教えてほしい。そして、ネタバレをしてほしい。


「アイカ、あなたは一体、何者なの?」


 固まったままの画面に、ぽつりとつぶやく。けれど、やっぱりアイカからの回答はない。


 ベッドに大の字になって横たわる。


 私は、先生に殺されかけた。明日、学校で出会ったら、何をされるのか分からない。そうだ! 朝に起きたら、学校に行かずに警察に出頭しよう。それで、全てを明らかに暴露するんだ。


 ―― どうされましたか?

 ―― 担任の先生にコロ――されそうになりました! 首をぎゅーっと絞められて!

 ―― それは大変ですね! 誰かに助けてもらったのですか?

 ―― はい、アイカに。

 ―― アイカ?

 ―― チャットボットです!

 ―― ボット?? えーっと、ではトラブルとなったことに何か心当たりはありますか?

 ―― はい! あります! 美春を、えっと、同級生をコロ――


 ダメ……駄目だ。殺すだの殺されるだの、口にするのを想像するたびに、吐き気が催してくる。事態の深刻度が大きすぎて、とてもではないが、女子高生という器に入りきれない。それに、アイカのことを上手く説明できるのだろうか。私は殺人未遂の被害者として守られるのだろうか。それとも、殺人の加害者として糾弾されるのだろうか。


 考えがまとまらなくて、胸がぎゅっと締め付けられる。やっぱり警察に行くのは、ためらってしまう。でも、限界だ。もう、学校には行けない。コーダイ先生とは会うことはできない。美春とは会うことは――


 砂漠のように乾いた瞳からは、一滴の雫もこぼれなかった。灰色の天井を眺めると、蛍光灯の輪っかが次第にぼやけてきて……もう一度、夢の世界に落ちていく。


 天国はきっと、白なのでしょう。でも、この世界は――


 黒だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る