第40話 シナリオ

 復活の魔法で目を覚ました俺は、フガクと相談していた。


 相談の内容は二つ。

 マグマガントレットの対処をどうするか、ということと。

 処刑が決まったマリアをどうするか、ということだった。


「落ち込まないで聞いてくれシレト」

「いい、元から覚悟は決まってる。で?」


 フガクは開いた口を、一度閉じると、声を絞り出すようにしていた。


「マリアさんは、俺が掛け合ってみる。黒曜の剣士の相手はお前にしか出来ない」

「……フガクは今、言い直しただろ? 遠慮はいいから率直な意見を聞かせてくれ」


 そう言うと、フガクは言葉に詰まっていた。

 顎を一瞬引き、どう言われようが俺への配慮を絶やさない。


「マリアさんは、諦めるべきだと思う」

「わかった、お前がそう言ったからとかじゃなく、俺も薄々悟ってた」


 マリアの問題は、ある種解決している。

 なら、残された課題に立ち向かおう。


 そう考えていると、懐かしい気持ちに帰れた。


 Sランククラスの担任、レクザム先生からいつも無理難題を吹っ掛けられて、与えられた課題をフガクやミラノ、クロウリーと一緒になって解決策を導く訓練をしていた時のことを。


「ライオネルは? 彼女の大魔法は完成してるのかな?」

「そのような話題は一切上がってない」

「まあいい、じゃあマグマガントレットの所に戻ろう」

「もう行くのか?」

「前の時よりはあいつと戦える自信がある、フガクは引き続き被害を抑えるように動いてくれないか?」


 言うと、フガクは頷く。


 俺は着替えを済ませてから、フォウの首都を出た先で正座していた奴と再びまみえた。


「どうして首都への進行を辞めた?」


 周囲を焼け野原にし、黒ずんだ灰の真ん中に居たマグマガントレットに問うと。


「今まで懐かしい相手と対話していた、どうやら奴がお前をここに遣わせたらしいな、シレト」

「……それって、巨大な一角獣の神様のことか?」

「奴の名はサクメイと言う、覚えておく必要も無いが」


 神様とマグマガントレットは繋がりがあったのか、サクメイ?

 確かに覚えておく必要性は感じないけど。


「教えてくれてありがとう」

「っ!?」


 一応お礼を言い、俺は奴の胸に向かって腕を杭にして拳を突き出した。酷い衝撃を受けたマグマガントレットは後方に吹き飛ぶと、正座を解いて土に爪を立てるようにして対抗していた。


「……面白い力だ」


 奴が纏っていた黒い甲冑の胸元に俺の拳の跡が残るよう陥没している。


「これは、今まで俺が相手して来たモンスターの力に、お前の力が加わった結果だ」

「……構えろ、シレト。そしてどうか」


 ――私を愉しませてくれ。


 言われるがまま、奴に無手で構えれば、刹那にして間合いを詰められ、上段から火炎剣を振り下ろされる。左に避けると、奴は俺を追うように剣を右に薙ぎ払ったので、分裂体を二体発生させ、奴の上下から攻撃をけしかけた。


 下に這わせた分裂体はカエルのような四足立ちの姿勢で詰めさせると、マグマガントレットは剣を突き立て、処理していた。しかしそれでは横薙ぎの上に円弧を描くように仕掛けさせた一体への対処は間に合わない――ッ!


 左肩目掛けて、上の分裂体は浴びせ蹴りを喰らわせると、奴は体勢を崩した。


 後方で構えていた俺は横薙ぎで生じた火炎をマグマガントレットの熱誘導の能力を使い、上空へといなし、体勢を崩した所を射抜くように陥没させた甲冑を狙う。とっさにマグマガントレットはその攻撃を手で庇うが、ミラノを手に掛けたオークの必中能力が発動し、俺の攻撃は防御を通り越して当たった。


 するとガラスが破裂する金属音がし、黒い甲冑に数センチの穴が空く。


「……――」


 その事を受けても、奴は火炎剣を構えた。

 今度は剣の切っ先を前に突き出すような、刺突に特化させた体勢だ。


「少しは動揺しないのか?」

「動揺? それは何だ」


 それがマグマガントレットの挑発だったのか、それとも本気で言っているのかわからなかった。目を凝らし、甲冑に空いた穴を見詰めると奴の胸が見える。赤黒い肌で、人間の偉丈夫ような筋肉の付き方をしていた。


「しかし、これではっきりとした」


 マグマガントレットはそう言うと、今まで放っていた殺気を消す。

 対峙しているはずなのに、虚無を相手しているようでやり辛くなった。


「はっきりとしたって、何が?」


「やはり、角持ちは相手にするべきではない。お前は私の同朋だ。しかし好敵手だ。角持ちを相手にするのは両価感情が働いて、例えお前を殺した所で虚しいもので、失いたくない相手だ……だのに、愉しい」


 戦闘狂って奴か、いかにもって感じだな。


「一つ聞きたい」


 まただ。

 また脳裏に、彼女――マリアの面影が湧いた。


「お前を時空の歪から助けた彼女は、死刑台に掛けられている。俺を倒した後、お前は彼女をどうするつもりでいた?」


「彼女との契約は、この国を滅ぼすこと。彼女がこの国の死刑台に掛けられているのであれば」


 あれば、どうする?

 マグマガントレットの言葉の続きが気になってしょうがなかった。


「彼女もろとも、その死刑台を私の手で滅するまで」


 俺としては、マグマガントレットが用意していたシナリオの方がまだ救いがあった。マリアは一時の感情でマグマガントレットという凶禍きょうかを召喚し、それ自身の手によって身を滅ぼしてしまう。


 奴が想起していたシナリオは最悪なものだけど、だからこそ救いがあった。



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