第34話 ロージャンは世界最強のチンピラだ

 マリアとの面会はたったの十分で打ち切られた。


 俺達はマリアが居る塔から離され、城の正面入り口まで戻ってくると。


「シレト殿、今日の面会は君の力を推した、特別な対応だったと思ってくれ」


 アッシマは飛び込みで面会をさせてやっただけ、恩義を感じろと言いたげだ。


「明日はフォウの最後となるかもしれない、その聖戦に加わってくれるのなら、君と彼女の面会も断るに断りきれなかった。例えあの女が全ての元凶だったとしても」


「俺の仲間を悪しざまに言わないでくれ」


「……なんにしろ、マリアは今後私が使わせて頂く。マグマガントレットとの決着のいかんにしろ、彼女は民衆を納得させるための材料として使うしかない」


 それってつまり。


「マリアを公開処刑し、悪感情を全て彼女に押し付けようと?」


「罪深いことだとは思う、だがしょうがないだろう。彼女のせいでイングラム王国と戦争するために用意した戦力が思いがけぬ事態で文字通り溶かされたのだから。国を治める私の身にもなってみろ」


 この人は、酷く傲慢だな。

 外見からその傲慢さは感じないが、国を治めるために取った方法は最悪だ。


「一つ聞いていいか?」


 そう言うと、アッシマは失笑する。

 その態度はマリアのものとよく似ていた。


「なんだ?」


「もし、俺達がマグマガントレットを討ち取ったら、マリアの身柄は引き渡してくれないか? 貴方は明日、マグマガントレットとの戦場で格好だけでも指揮を執るんだろ? そこで英雄になれば、大衆の心も掌握できて、マリアを公開処刑する必要もなくなるんじゃ?」


「いいだろう、だがこの約束はあくまで非公式とさせてもらうよ」


 なら、俺がやるべきことは決まったも同然だ。


 明日は死力を尽くして、マグマガントレットに対峙し。

 神話にも登場する七大角獣を、討伐すればいいだけなのだから。


 その後は、城からも退去を命じられ、素直にさがった。


 城から出るとフガクの通信用の魔道具がベル音を鳴らしている。


「すまない、仕事が入ってしまったので俺はもう行くな」

「いいんだよフガク、無理に俺に肩入れする必要ないから」

「……恨まないでやってくれ、アッシマ様のこと、マリアのことも」

「平気だよ」


 本当に、俺は平気だ。

 気に病むことがあるとすれば、それはクロウリー達のことだけだった。


 § § §


 翌日の午前――――!

 独立国フォウの首都に大きなサイレンが響き渡る。


「敵襲ッ――――!! マグマガントレットは予想通り、東より進行を続けています! 非戦闘員を除き、各員持ち場に就け!!」


 マグマガントレットが襲来したようだ。


 俺はロージャンと二人でフォウの軍勢が張ったバリケード付近にいて、マグマガントレットの姿を遠くから覗っていた。


「阿呆が、アホ面ひっさげてお出ましか」


 マグマガントレットの黒い甲冑姿は、二キロ離れた場所からでも恐ろしい感じだ。呪われているという奴の足が、ゆっくりと死の雰囲気をまき散らしながら距離を詰めて来る。


「ロージャンはマグマガントレットの対策とか打ったのか?」

「ああ、俺は昨日、クソほど熱い熱湯に堪えていたんだぜ? 奴の炎なんか目じゃない」

「聞いた俺が馬鹿だったのか」

「シレト、テメエ舐めてっと奴の餌にすっぞ」


 ロージャンと他愛ないやり取りを交わしていると、背後から歓声があがった。


「アッシマ様だ!」


 それは昨日、マリアに酷薄な態度を示していたアッシマだ。

 アッシマの登場と共に、マグマガントレットとの戦場はしんと静まり返る。


「怯えるな戦士達よ! 相手は音に聞こえた七大角獣、マグマガントレットと言えど勝算はあるぞ! 全員決死の覚悟で勝機につなげのだ! 貴君らの命、私がもらい受ける! 代わりに貴君らには私の命を預ける!」


「……ロージャンはアッシマのことどう思う?」

「さっきから何なんだテメエは、そんなこと今はどうでもいいだろうがよ」


 と言ったロージャンは静まり返った戦場に喝を入れるようマグマガントレットに歩き出した。


「行くのか?」

「誰もいかねーみたいだからな、俺が先攻ぶちかまして来るぜ」


 威勢がいいのは出会った時から変わってない。

 その態度は彼の虚勢きょせいだったかもしれないが。


「おーいそこの怪物、よくも俺様の手下を殺しまくったな……今きっちりその借り返してやるよッ!! 薄汚ぇ甲冑で隠したテメエの醜い面、拝ませてもらうからな! 覚悟決めろや!!」


 言い終えると同時に、ロージャンの姿は視界から消える。いや、消えたように映っただけで、ロージャンは全身の細胞を活性化させて目にも止まらない速度でマグマガントレットの懐に潜り込んでいた。


「どてっぱらががら空きなんだよ!」


 ――――ッ!!

 懐に飛び込んだロージャンは、マグマガントレットのお腹に右拳の一撃を喰らわせ。


「――」


 あろうことか、今まで一歩たりとて下がらなかったマグマガントレットの身体をほんの僅か引き下がらせると同時に、奴が繰り出した火炎剣の切り上げを回避してまた距離を取る。


 二人の一瞬の攻防、見てとれなかった者も多かったかもしれないが、戦場にはフォウの軍勢の歓声が沸き上がる。


「皆の者、あの威勢のいい戦士に続くのだ!! 今こそ、勝利を掴む時である!!」

「各人、適正距離を取りつつ黒曜の剣士に波状攻撃! 間合いさえとれば七大角獣とは言え戦えるはずだ!」


 するとどこからかフガクの怒声があがり、マグマガントレットとの戦争は本格化し始めた。


 ロージャンが先に出たのは、堪え性のないあいつの性格がよく出ていた証拠だと俺は捉えていたが、事実的に、ロージャンの機先を制する攻撃は戦場にいた全員に活気を与えていた。


 この先、誰かがロージャンに陰口を叩くものなら、こう言い含んでおこうと思う。


 ロージャンは世界最強のチンピラだ、と。



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