第22話 決闘のハイライト

 せっかく、いい気分だったのに。


 俺の目の前には最強のチンピラを名乗る男、ロージャンが現れて、奴は唐突に喧嘩を仕掛けて来た――ッ!! ロージャンが俺の顔目掛けて右拳をアッパー気味に振り抜くと、露天風呂の岩が砕けた。


「……喧嘩吹っ掛けるにしても、表でやらないか?」

「喧嘩に場所も時間も関係ねぇ~よッ!」


 なら、容赦しない。


「な!? どこに消えやがったッ!!」


 冒険者ギルドのミーシャのステルス能力を使い、姿を隠して脱衣所に向かった。

 脱いでおいた装備に着替え、外に出ると。


「テメエここに居やがったのかコラッ!」


 ロージャンの仲間と思わしき別のチンピラとばったり出くわした。

 俺は即座に分裂体をつくり、オークを倒した要領で麻痺毒を爪の先から打ち込む。


 チンピラ達は次々と昏倒していった。


 そして俺はまたステルスを使い、ロージャンが出て来るのを待った。


「おい、誰にやられた!? シレトか!?」

「お、あ」

「ああ? 何が言いてぇんだ、しっかりしろ」


 俺の予測だと、ロージャンが取るこの後の選択肢は二つ。


 消え去った俺の姿を探すか。

 そこで転がっているチンピラを介抱するためにアジトに戻るかだろう。


「……今回復してやる」


 回復魔法? チンピラのくせに、ロージャンは回復魔法を体得しているのか。俺、マリア、ライオネルとフガクの四人の中で回復魔法を使えるのはマリアだけだったな。回復魔法は専門的過ぎて、志望者が少ないのと、志望しても修得できるものが限られてくるから。


「ジャンさん、奴は姿を消すことができるみたいだ、今も近くに隠れてるかもしれないぜ」

「そう言う事か、シレトちゃんよぉ! 怖気付いてないで出て来いよクソガキが!」


 ……惜しい存在だ。

 先ほどの風呂場での一撃を見る限り、彼の体術はそうとうな代物だ。

 加えて強力な麻痺毒を瞬時に回復することができる。


 もしも、次に仲間を作るとしたら、ヒーラーを第一候補に入れておこう。


 ロージャンはチンピラを自称する性格上、俺とは馬が合わないので駄目だ。


 悟るように状況を見極めた俺は、空に飛翔し、クエスト屋に戻った。


「おかえりなさいシレトくん」

「居たのかマリア、それからライオネル」

「お前の嫁をとってつけたかのように呼ばないでくれ」


 誰が嫁だ。

 風呂上がりの二人から色香のようないい匂いがする。


「フガク、次の街に向かうぞ。ここにはもう用はない」

「む? そうか、なら行こう」


 奥手にいたフガクにも声を掛け、俺は次の街を目指そうとした。


 しかし、大通りを抜けた街の出入り口には、ロージャン達が待ち受けていた。


「おいおいおい、尻尾撒いてどこに行こうって言うんだシレトちゃんよぉ」

「ん? シレト、あいつらは?」


 ライオネルがロージャン一派について聞いて来る。


「この街のチンピラらしい、金髪の方がロージャンって言って、リーダー格だ」


 みんなに端的に説明すると、ロージャンは拳を鳴らしながら前に出る。


「シレトちゃん、俺達の因縁はまだ始まってすらいないんだぜぇ?」

「俺は元々因縁持ちだ、これ以上の因縁なんか要らないんだよ」

「その喧嘩、買ってやるよ」


 喧嘩を売ったつもりはない。

 なのにロージャンは一足飛びで間合いを詰め、俺に右拳のストレートを放った。


「お前ら! 女はテキトーにあしらって、リザードマンの方を叩いちまいな!」


 ロージャンの全力のストレートは避けきれず、防御した左腕が痺れた。


「何が目的だよ」

「聞いた話によると、お前、Sランクなんだろ?」

「それが?」

「気に食わねぇんだよ、強い奴が、何もしないで下位ランクを見下している様がよ」

「俺はこの街に来たばかりだぞ、他の冒険者のことなんか知らない」


 と言うと、ロージャンは眉根にしわを寄せ集める。


「Sランクの野郎は何をしても俺の癇にさわる、つまり――そーゆうことだろうがぁ!!」


 ロージャンはまた一瞬で俺に肉薄し、今度はフェイントを交えて左のハイキックを繰り出して来た。


 学校に在籍していた時にも、ロージャンのようなランクコンプレックス野郎はいた。


 そう言った手合いは口々に言うんだ。ランクなんて名ばかりの腑抜け、家の権力だけでSランクにいる無能などなどと。中にはロージャンのように、チンピラ紛いの生徒もいて、喧嘩を吹っ掛けられたりもした。


「ロージャン、ちょっと待ってくれないか」

「誰が待つかコラッ!」


 ランクコンプレックスを持った生徒に喧嘩を吹っ掛けられ、俺は連中の意欲を損なわせることに成功したことがあった。その時のことを思い出し、先ずはけん制の一環で――ドンッ! 地面に足を思い切り打ち付ける。


 すると大地は陥没し、周囲に隆起する。

 ロージャンは俺の覇気にあてられたのか、様子を見るため間合いを遠ざけていた。


「フガク、マリア、それからライオネル」

「お前の嫁をとってつけたかのように呼ぶなと言っているだろ、何だシレト?」


 だから誰が嫁だよ。


「これ、今回のクエストの報酬。それ全部使っていいから、俺と奴の決闘が終わるまでこの街で観光しててくれないか?」


「え? 相手にしない方がよろしいのではないですか?」


 マリアはこういった手合いが苦手そうだよな、けど、俺は慣れている。

 クエストの報酬袋をマリアに渡した後、彼女達は街へと引かせた。


「ロージャン、お前の気が済むまで相手してやる」

「……だからよぉ、お前ら、Sランクの上から目線が大嫌いなんだよ!」


 ロージャンの喧嘩に応答すると、次第に俺達の周囲にギャラリーができ始めた。


「ロージャン! 積年の恨みを晴らしてやれ! 行け!」

「ロージャンは一度痛い目見た方がいいんだ! やっちまいな兄さん!」


 ロージャンに声援を送る者、そうでない者は五分五分の塩梅で分かれているみたいだ。


 § § §


「シレトくん、そろそろいいんじゃない?」

「ロージャンの根性を根こそぎなくす必要があるんだ、まだまだ」


 俺とロージャンの決闘は、あの後七日間続いていた。

 毎朝のようにマリアやライオネルが様子を見に来て、俺に引くように促す。


「無駄だ、シレトは性根が曲がっている上に頑固だから」

「は、はぁ、そうなんですか?」


 フガクは俺に付き合うように、ずっと傍らに控えていた。

 さすがはSランククラスの朋輩ほうばい、長期戦の心得もあるようだ。


「てめえ、こら……ふざけてんじゃねぇぞこら……」


 七日目になると、不眠不休で闘っていたロージャンにも限界がやって来る。


「なんだぁ? お前らまだやりあってるのかよ、そんなことより仕事しろ仕事」


 当初は大歓声をあげていたギャラリーも日常に戻ったかのように、横を素通りだ。

 すると――


「ふざけんじゃ……ねぇ……――っ」

「あ、倒れた」


 ロージャンは前のめりに倒れ、全身を痙攣させていた。

 フガクがロージャンの様子を確かめたあと、俺の腕を掴んで勝者として認める。


「この勝負、シレトの勝ちだ」

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