第53話 解決編その三

「斎藤が二人を殺したんですよね」

 なぜか気になって、潤はそのことも確認する。新聞で二人の死体がS川に遺棄されていたこと、遺体に医療機器を用いた傷があったことは書かれていたが、本当に斎藤がまとめたあの手術を行っていたのかが気になったのだ。

「ええ。二つの死体には高度な外科手術が施されていました。石田さんの方は内臓を入れ替えるというもの、橋本さんは脳を入れ替えるというものです。どちらも、あそこであったことを伝えるためにやったのでしょう。一日ほど、その手術を受けた後に生きていた状態にもされていたそうです。それと、内臓と脳が別の人のものになっていましたが、正確には他人のiPS細胞を使って作った臓器だと判明しています」

「内臓と脳」

 iPS細胞云々よりも、潤が気になったのはそちらだった。

 あそこで行われていた非道な実験を再現してみせたのだろうと原口は指摘するが、本当にそれだけだろうか。潤は内臓も脳もどちらの手術も受けているが、これと関係あるのだろうか。

「脳、か」

「どうかしましたか」

「あの、ついでに調べてもらいたいんですけど、馬場さんって脳の手術を受けていますか」

「えっ、ああ、それでしたら調べてあります。馬場さんですが、頭部に大きな手術痕がありました。それも、脳を総て露出させるような形で、一度頭蓋骨を取り外した跡があるということです」

「えっ」

 かつて見た、ぺちゃんこの死体を思い出す。潤は気分が悪くなり、うっと呻いてしまった。

「す、すみません。大丈夫ですか」

「だ、大丈夫です」

 大きなトラウマを負っているだろうと不安になる原口に、潤は誰かを呼ぶ必要はないと止めた。

「我々も、説明を受けた時は驚きました。そして、そういうことが出来たのは、馬場さんが一時的に死亡したも同然の状態だったからだということです」

「死亡したも同然」

 潤はどういうことだと目を剥く。

「その説明の時、医者は仮死状態にしていないと手術が難しかったためだろうと推測していましたが」

 原口が言葉を切ったことで、潤もはっと気づく。

「事故に遭った後だったかもしれないと」

「ええ。そう考えると、脳の手術は」

 二人がぞっとした結論にたどり着いた時、落合があちこちの確認を終えて近づいてきた。

「どうだった?」

 原口が堅い声で訊ねる。落合の顔色も僅かに悪かった。

「まず、土屋先生の妹についてですが」

「はい」

「双子だったそうです。名前は土屋波香。彼女は生まれつき心臓が弱く、また血液の難病に罹っていて、その治療のためにアメリカに渡っていたそうです」

「アメリカだと」

 そこで驚いた声を上げたのは原口だ。一体どうしたのかと、潤がびっくりしてしまう。

「ああ、失礼。実は斎藤と土屋はアメリカで共同研究をしているんです。その時に、iPS細胞を用いて造血幹細胞を作り出し、移植手術に成功しているんです」

「なっ」

 それってナミの手術記録に載っていたものではないか。潤が驚くと、落合が大きく頷いた。

「ええ。その手術を受けたのが、波香さんだったんです。土屋先生より少し小柄でしたが、双子ですから顔はそっくりだったそうですよ。そうですね、ヒールを履くなどして誤魔化せば、小柄だったことも隠せるでしょう」

 つまり、そうやって入れ替わったことで、どちらが事故に遭ったかがややこしくなったということか。

「じゃあ、その時に死亡したのは」

「波香さんだったのでしょう。ただ、ここから驚くことがありまして」

「なんだ?」

 落合の顔色の悪さに嫌な予感がしつつも、原口は報告の先を促す。

「はい。その土屋さんの事故があったのと同日に馬場さんが事故に遭っています」

「えっ」

「その二人が運ばれたのが、あの研究所でした。なので」

 落合はそこで言葉を切ってしまったが、言いたいことは解った。

 つまり、馬場香織の頭には土屋波香の脳が収まっているのだ。なるほど、だから土屋はナミの振りをして香織に接触していたのか。

「土屋はその事実を知っていたんだ。そして、カオリの前にナミとして現れていたんだ」

「ど、どういうことですか」

 内部の情報に詳しいわけではない原口は、意味が解らずに混乱しているようだ。だから、潤は順序立てて説明するしかない。

「俺たちはあそこで下の名前だけで呼ばれていました。つい最近まで、つまり、一時的に他の病院に預けられるまで、自分が小松潤だとは知らなかったです」

「ほほう。それは、記憶を取り戻すことを警戒して、でしょうか」

「おそらく。名前も漢字表記ではなくカタカナ表記で統一されていましたし」

 出来る限り、かつての情報は伏せられていたのだ。それは記憶を刺激してしまうという憶測に基づいてのことだろうというのは、潤も納得できる。特に、カオリの脳がナミになっているとなれば、記憶を取り戻されては大騒ぎだ。

「それはともかくとして、土屋の妹の波香は、ナミとしてあの研究所にいたんですよ。しかし、入れ替わっている間に事故に遭ってしまった」

「あっ」

「ええ。土屋はナミがいなくなったことを隠したかったのではないでしょうか。つまり、研究所の全員に内緒で交代していたんだ。ということは、脳の入れ替えなんていう大胆なことをやったのは、土屋七海を救いたかったかもしれません」

「なんと」

 潤の推理に原口も落合も驚いてあんぐりと口を開けるしかない。


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