第34話 原口雅晴・四日目
ますます面倒になりやがったな。
発見された橋本の死体を前に、原口はやれやれと溜め息を吐いてしまう。それは横にいる落合も同じようで、また妙な死体が見つかったと顔を顰めていた。
「解りやすく頭蓋骨に手術痕がありますな。髪も剃られてしまっていますし、犯人が何かやったのは間違いないでしょう」
鑑識がそう言ったように、今回の死体は頭部に縫った後が残されていた。それだけで、この事件が石田の事件とは無関係ではなさそうだと解る。
「まさか、脳みそが取り替えられているっていうのか」
「さあ。それは監察医の先生に調べてもらわないと解らないですね。ただ、開けて覗いたことは間違いないですよ」
鑑識は自分の管轄外ですのでと、明言を避けたが、同じことを考えているのはその表情を見ていれば解る。
「脳みそを入れ替えるなんて、それこそ、外科手術の例はないでしょうね」
落合は真っ青な顔をしながら言う。
確かにそうだ。脳みそを入れ替えてしまったら、人間が変わってしまう。そんなのは素人でも解る話だ。となれば、そんな手術は現実的ではないということになる。
「ますますフランケンシュタインじみてきたな」
「ですね」
「土屋先生には」
「すでに連絡を入れてあります。あと、昨日はこちらに連絡できなくて申し訳なかったというメールと一緒に、石田と川上の共同研究の論文が添付されていました」
「そうか」
昨日はあれから全く土屋に連絡が取れなかったのだ。何かと忙しい先生だから、それは珍しいことではない。しかし、論文を送って来られても困るところだ。だが、わざわざ論文を送ってきたということは、詳しく説明している時間が取れないのかもしれない。
「ちょっとだけでも説明してもらえる時間はあるかな」
「どうでしょう。一応、論文には目を通しておくしかないんじゃないですか」
「だろうなあ」
ますます面倒だ。原口は思わず顔を顰めてしまう。しかし、ヒントはそこにしかないだろう。ひょっとしたらこの橋本もその研究に関わっていたのかもしれない。
「橋本も研究者なんだよな」
「ええ。H大学の助教だそうです」
「ふうむ」
身元がすでにはっきりしているのは助かるが、事件はますます混迷を極めている。いや、そもそも犯人は被害者の身元を隠すつもりはないのだ。石田の時にしてもそうだったが、橋本も同じように白衣を着ている。そしてその白衣に、身分を示すものがくっ付いた状態なのだ。
「なぜ犯人はこいつらの身元を隠そうとしないのかな」
「やっぱり復讐だから、でしょうか」
「ううん。にしては、殺し方が奇妙だよな。復讐だとすれば、わざわざ内臓を入れ替える必要も、頭蓋骨を開けて元に戻す必要もない」
「そうですね」
どう考えても奇妙になってしまう事件に、落合も考え込んでしまっている。よく解らない事件というのはたまに起こるが、ここまで奇妙だと考える手立てがなかった。
「ともかく解剖か」
「はい」
二人は現場を後にして、いつもお世話になっているG大学へと移動した。と、そこで土屋と合流する。
「昨日はすみませんでした」
「いえいえ。お忙しいのですか」
「ええ。今丁度、新しい実験をしていますので」
「なるほど」
土屋もまた医学系の研究者だ。あれこれとやることが多いのだろう。
「それで今回は」
「まだ解剖をしてもらうところですが、頭蓋骨に手術の痕がありました」
「頭蓋骨に」
土屋はただでさえ大きな目を、さらに大きく見開いて驚いている。
「はい」
その反応に、頷きながらも原口は面倒なんだろうなと気持ちが沈むのを感じた。実際、素人が考えても脳を弄るのが簡単ではないことが解る。それが研究者にとっても難しいと思わせるとなると、出来る人間がそもそも限られることになる。
「やはり医者か、それなりに技術を持った人間しか無理ですよね」
「そう、ですね。石田さんの時もそうでしたけれども、素人にはまず無理だと思います。ともかく、状態を見せてもらっても」
「どうぞ。立ち会ってください」
普通は見たくないだろうが、土屋は耐性がある。原口は土屋が解剖に立ち会うことを許可して、一緒に解剖室に入った。
それから二時間後。
やはり脳みそにも弄った跡があることを確認することになる。それに土屋は険しい顔になった。
「これは、相当な技術が要るのは間違いないですね。前頭葉を切り取り、再びくっ付けた形跡がありますが、これだけでも、素人にはまず無理でしょう、脳のどこかを潰してしまうはずです」
「そういうものですか」
原口は脳に触れたことがないので解らないが、しかし、監察医たちの慎重な手つきを見ているから、あまり力を加えてはいけないのだろうというのは理解している。
「ええ。しかも、その前頭葉とその他、切り取られて戻された部分が別の誰かのものとなると」
「不可能、ですか」
「ええ。ほぼ不可能だと思います。しかし、橋本さんはそういった手術を施され、さらにまた今回も一日は生きていたことになる」
「はい」
新しい事実が発覚するたびに、事件の奇妙さが増えていく。原口は一体何がどうなっているんだと渋い顔をするしかない。
「石田さんの時もそうでしたが、生かすことが出来たとなると、やはりそれなりの設備が必要でしょう。そこから探ることは出来ないんですか」
土屋は気の毒になったのか、そう訊ねる。しかし、その土屋自身、病院でこんなことをするなんて無理だと解っているのだ。顔はいつも以上に険しい。
「それなりの設備があって、誰にもバレない場所か」
そんな場所なんてあるのか、原口はどうやって捜査すればいいんだと、ここに来て本気で頭を抱えたくなっていた。
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