第7話 決戦
「今のは……?」
「あ、やべ……」
と、隣から小声でつぶやく蒼矢の声が聞こえた。
「蒼矢? 彼女になにがあったのか知ってるのか?」
「あー……まあ、な」
歯切れ悪く言って、蒼矢は視線をさまよわせる。
「おい、蒼矢!」
言いあぐねている場合ではないと、二階堂は蒼矢を睨みつける。
観念したように、蒼矢はため息をついた。
「あれ、『
蒼矢は、目の前の青白い蝶のドームを顎でさしてそう告げた。
「な……っ!? いくら生きたまま彼女と呪物を引き離すのが無理だっていっても、それはないだろ!」
ひどすぎると、二階堂にしては珍しく声を荒げる。
「しかたねえだろ。時間稼ぎになりそうな術で俺が使えるのっていったら、あれくらいしかねえんだから」
その時間に二階堂の応急処置をしていたのだからと言われてしまえば、二階堂はなにも言えない。
「とにかく、あいつの息の根を止めなきゃならねえんだから、やるしかねえって」
そう開き直る蒼矢に、二階堂は大きなため息をついた。
たしかに、こうなってしまったら他に選択肢はない。
「しかたない。蒼矢、落とし前はきっちりつけてもらうからな」
二階堂は気持ちを切り替えて、武器を構え直した。
「はっ、当たり前だ。……行くぞ」
鋭く告げると、蒼矢は指を鳴らした。
すると、青白いドームは上から幕を下ろしたように消えていき、玖遠が姿を現した。彼女がまとう妖気は、胡蝶で隔離する前よりも禍々しい。
にぃ……と口角を上げる彼女の周囲に、いつの間にか多数の紫黒色の狐火が出現していた。
「再開といこうじゃねえか。なあ、玖遠!」
蒼矢が、
それに応えるように、玖遠は狐火を一斉に射出した。
二階堂と蒼矢は、同時に玖遠へと駆け出す。狐火は極力避けたいところだが、数が多いため、すべてをかわして玖遠へと近づくのは至難の業だ。二人は、愛用の武器で目前に迫ったものだけを切り払って間合いを詰めていく。
二人がほぼ同時に懐に入り、武器を振り下ろそうとした時だった。玖遠の九本の尻尾のうち二本が、鋭く二人を射抜いた。
「がはっ……!」
思わず吐血する二階堂。血に濡れた尻尾が抜かれると、体勢を崩しその場で片膝をつく。
「ぐっ……!」
口の端から血を流し、蒼矢は痛みに耐える。反射的に、自身を貫いている尻尾に青白い炎をまとわせた。
短い悲鳴をあげると、玖遠は蒼矢から乱暴に尻尾を引き抜く。炎を消そうとして力強く尻尾を振り続けるが、消える気配はまったくない。
「へへっ……。そうかんたんには、消えねえぜ」
と、蒼矢は腹部を押さえながら告げる。
自身の止血を済ませると、蒼矢は二階堂に駆け寄った。
「誠一、生きてるか?」
「ああ……なんとか」
そう言って、二階堂は刀を杖代わりにして立ち上がる。
蒼矢と同じく腹部に傷を負い、服に大きな血の染みが滲んでいる。
「まさか、尻尾まで武器にできるとはね」
器用なことをすると、半ば感心したようにつぶやく。
玖遠を注視して攻撃のタイミングをうかがっていると、彼女は蒼矢の炎で燃えている尻尾を自ら斬り落とした。痛覚が麻痺しているのか、表情が苦痛に歪むことはない。
「な……っ!?」
「へえ、やるじゃねえか」
二人の反応には明確な温度差があった。二階堂には自ら斬り落とすという感覚がなく、蒼矢にはそれしか方法がないことがわかっていたのだ。
「それなら……。
つぶやいて、蒼矢は右手を玖遠に向けて突き出した。
突如、彼女の首にドーナツ状の青白い炎が括りつけられる。
「――っ!?」
驚いた彼女は、必死に外そうとそれに手をかけるが外れない。
「そうかんたんに、外されてたまるかってんだ! 誠一、俺が押さえてるうちに
蒼矢は声高に言って、右手に力を込める。
玖遠にはめられた火輪枷が、呼応するように彼女の首をじわりじわりと絞めていく。
苦悶の表情を浮かべて唸りながら、玖遠は尻尾を振り乱して暴れる。無数の鋭い鎖を作り出しては、二人に向けて放っていった。
彼女の攻撃を甘んじて受ける蒼矢。そこかしこに傷を負いながらも、右手の力は緩めない。緩めてしまえば、拘束は解けてしまう。かといって、この術を使っている間は他の術は使えない。
「くっ……! 誠一、早く……!」
と、蒼矢は二階堂を急かす。
長期戦になればなるほど、こちらに不利な状況になる。
「早くって言われてもな……」
舌打ちをしてつぶやく二階堂は、刀に霊力を乗せて駆け出した。
先ほど受けた腹部の傷が痛み、視界がかすむ。思った以上に血を流しすぎたのだろうか。だが、そんなことを考えている暇はない。蒼矢が玖遠の動きを止めている間に仕留めなければ、返り討ちにあうのは明白だった。
痛みを意地で押し殺して、なんとか玖遠の背後に回る。だが、うねる八本の尻尾に阻まれて、うまく攻撃が通らない。
(くそっ……! ここで手こずってる場合じゃないのに!)
いらだちが募り、攻撃は次第に大ぶりになっていく。万全の状態でないことも、二階堂を焦らせている要因の一つだった。
「誠一、早くしろ! もうもたねえぞ!」
蒼矢の怒声が聞こえた。
見れば、玖遠の首を絞めつけている青白い
(――っ! やばい!)
二階堂は、強く奥歯を噛みしめると刀を槍のように構えて突進した。
その気配に危険を察知したのか、唸り続ける玖遠は勢いよく振り向く。刹那、漆黒の鋭い刃を数本作り出して二階堂へ放った。
二階堂は、それを避けることなく前だけを見据えて突っ込んでいく。当然、腕や足に突き刺さるが立ち止まることはしない。
玖遠が
しばらくすると、玖遠の首を絞めていた枷が、ガラスを割ったような音を響かせて霧散消滅した。それが数秒だったのか、数分だったのかはわからない。だが、彼女が火輪枷を自力で解いたのは紛れもない事実だ。
「くそっ!」
悪態をつく蒼矢が、もう一度火輪枷を使おうと手をかざした瞬間だった。
二階堂が、勢いよく玖遠を押し倒したのである。その手に握られている刀は、深々と彼女のみぞおちを貫通し、地面にまで突き刺さっている。
「――っ!」
倒れた衝撃で、一瞬動けなくなる玖遠。
「蒼矢、とどめを……! 早く!」
その隙をついて、二階堂は蒼矢を呼んだ。
蒼矢は、すぐさま大鎌を作り出して駆け寄る。
牙を向き出して唸りながら、玖遠が暴れる。鋭い爪が二階堂の腕に食い込み、深い傷をつけた。
痛みに歯を食いしばる二階堂。体重をかけて、突き刺した刀をさらに深く刺していく。
「避けろ、誠一!」
と、間合いを詰めた蒼矢が叫んだ。
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