第23話 一方その頃エルフの里では~その5~

 なにもかもが上手くいっていないある日の朝、俺はシーガルの居る執務室へと呼び出されていた。ドアをノックする。

 

「里長、私です。ミルドルドです」


「うむ。入ってくれ」


「失礼します」


 入室し、まっさきに目に入ったのは綺麗に切り分けられたいくつかの果物。まさか、また畑でなにか起こったのか……?

 

「里長、ご用件というのは……」


「うむ。まあこれを食べてみてくれ」


 やはりというか、シーガルは皿に載った果物の1つ──ナシにフォークを突き刺すと俺に手渡してくる。


「……それでは、いただきましょう」


 さて、今度はどれだけ不味くなっているのやら。

 

 このところ畑の管理改革はまったくの効果なし。むしろ農作物を悪化させるだけだった。やり方をこれまで通りに直しても無駄だった。むしろ成長スピードが遅くなり、これまで3日で育っていたものが1週間経っても芽すら出さない事態になっている。

 

 この前食べたナシはまるで砂漠で育ったのかと思うほどにパサパサした仕上がりになっていたっけな。俺は意を決してそれをかじった。


「……おおっ⁉」


 それは、みずみずしかった。そしてほんのりと甘い。以前のエルフの里で採れたものよりかは劣るが、しかしそれはしっかりとナシであった。


「里長! これはいったい……っ? まさか畑の復活に成功したのですかっ?」


「……フッ。だったらどれだ良いことかな。残念だがそれはなぁ、人間たちの市場で仕入れてきたナシだよ……」


「えっ……」


「分かるかい、ミルドルドくん。私たちの作っている農作物はいまや人間が作ったものにも劣るんだ」


「そんな、バカな……」


 俺はつまり、下賤げせんな人間ごときが作った果物に美味いなんて思ってしまったとでもいうのか? エルフの里で里長に次ぐ地位を持つ筆頭守護者の、この俺が?

 

「いいかね、ミルドルドくん。私は君を信頼している。君の力できっとこの里は以前よりも力強くなると信じているんだ。だから……分かるね?」


「……はい。全力を尽くします」


 言外にかけられた圧力の意味はよく分かる。原因がなんにせよ、早く以前の水準の農作物を作れるようにしろということだろう。だが、それができるならとっくにやっているという話だ。


 俺だって、やれることは全部やっている。正しいはずの手法でやっているんだ。なのにどうしてか成果がでない。


 執務室を後にして徹夜で考えた畑管理の改善策をまとめた資料を持ち、エルフの里の農業エリアへと向かった。

 

 農業エリア。エリアAからEまであるうちのCエリアへと訪ねた。その管理者である女性のエルフ、ノチーシラの背中が畑の中に見える。

 

「ノチーシラ! おい、ノチーシラっ!」


「……なによ、またアンタかミルドルド」


「なんだその物言いは。俺は仕事で来ているんだ」

 

「はぁ。言っとくけど、また育てる作物の量を増やせって話なら断固拒否よ? 私たちがどれだけの時間働いたと思ってるの?」


「いいや、今日はその話にきたのではない」


「じゃあなによ?」


「これからは仕事の際、報告書を記載してもらうことになった」


「はぁ? 報告書?」


 俺は改善策の効果とそのために必要となる畑での現場作業の報告書のテンプレートを1部渡す。ノチーシラはそれに目を通すと、「はぁ~~~っ⁉」と大きな声を上げた。


「なにこれ? 1日1回の日報の記載、農薬・肥料・栄養剤を与えた日時の記載、1日5回の土中の水分量の計測結果の記載、害虫有無調査1日1回の結果記載、他にもこんなに……!」


「農作物の品質を保つのには徹底した管理が必要だ。1日ごとにそのテンプレート通りの報告書を作成しろ。そして週1回それを俺に提出と、その際に全エリアの管理者を集めての畑管理改善のための検討会を実施するので参加するように」


「ふ、ふざけてんのっ⁉ アンタ私を過労死させる気っ⁉」


「……それでも少ないくらいだぞ。検討会を通じてより細かなチェック項目を作るつもりなんだ」


「あのねぇ、アンタ実際にこれを厳守して働く私たちのイメージできてる? 畑仕事とチェック作業を並行して、仕事が終わった後にも報告書の仕事があって、そのうえ週一で検討会に参加? どんだけコキ使う気なのよっ!」


「だったらなんだ。それで品質がいい農作物ができるんだからなにも問題ないだろう」


「大アリよっ! どんだけ私の負担が上がると思ってんのっ⁉」


「……いい加減にしろよ、ノチーシラ。いつまで不味いものばっかり作る気だ? 美味い農作物を作るのがお前たちの仕事だろ? そのために必要な報告書なんだ! いいから黙って自分の責任を果たせ!」


「……言わせておけばアンタ、何様よっ! 元はと言えばアンタが無理やり畑の管理改革だとかなんとか言って手を出してきたのがいまのこの状況の原因じゃないっ!」


「黙れ。お前たちに畑を再生するノウハウがあればなにも問題がなかったんだ。何百年も畑で働いてきて、なぜそんなこともできない? お前たちが普段から仕事を怠けていたからだろうが!」


「なっ……!」


「俺が筆頭守護者になったからにはもう怠業は許さん。いいから俺の言った通りに仕事をしろッ! それができないならお前には管理者の立場を降りてもらうぞッ!」


 ノチーシラが憎々しげな表情でキッとにらみつけてくる。


「……いいわよ、やってらんないわ! クビにでもなんにでもすればいいじゃない! まったく……これじゃラナテュールが筆頭守護者だった時の方が数十倍マシね」


「……なんだと?」


「あのハーフエルフは確かに農業エリアに来てもなにもしなかったわ……でもだからこそ無害だった。それに野菜が病気にかかったときはそれとなく教えてくれたし、その解決策も示してくれたわ。めちゃくちゃに動き回ったあげく有害なアンタよりもよっぽど良かったって言ってんのよ、バーカ!」


 ノチーシラはそう言い捨てると肩を怒らせて去っていく。

 

「チッ!」


 最悪の気分だ。ノチーシラめ、言うに事を欠いて俺よりラナテュールの方がマシだと? ふざけるな、あんな適当主義者を引き合いに出して仕事を語るなんてバカのすることだ。これだから大局の見えない無能共は困る。ノウハウを溜めることこそを第一に考えるべきだというのに。

 

 ああ、腹が立つ。ペッ、と地面に唾を吐き棄てた。


「とにかく、今日中にすべてのエリアを回ってこの資料を配らねばな。ここから次に近いのは……エリアDか」


 感情を整えるように深呼吸を数回して、それから俺は歩き出す。そしてエルフの里の中心である議事堂付近に差し掛かったとき、これから向かおうと思っていた農業エリアDから1人の男のエルフが息も絶え絶えに走ってくる。


「──なっ⁉」


 そのエルフの服は血に染まっていた。


「たっ、助けてくれぇっ! モンスターが、モンスターが襲ってきたんだぁっ!」

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