第21話 解放してあげよう

 ムキムキ大豆くんの殴打の嵐。口を開こうものなら歯が飛んでいく。


 うん、これでリノンへの命令は飛ばせないでしょ。いまのうちにと、私はある1つの特殊な種を胸ポケットから取り出して、マナを込める。ニョキニョキと、種が成長し始めた。

 

「よし」


 私の手に現れたのはやりのような見た目をした小さな木。それを片手に、木の根に縛り上げられたリノンの前に立つ。そしておそらく何年も新しい物を買ってもらっていないのだろう、そのボロボロなシャツをぺろっとまくり上げた。白いお腹が見える。

 

「い、イヤッ!」

 

「ごめんごめん。ちょっと奴隷紋の位置を確認したくて」


 おへそを囲うようにして禍々しい紋様が描かれていた。きっとこれだろう。よしよし。


「じゃあ、ちょっと痛むけど我慢してね?」


「な、なにを……っ」


「大丈夫。ちょっとチクっとするだけだからー」


 私は槍のような見た目のその木をおへそにめがけて、プスっ。


「~~~っ‼」


 あれ、そんなに痛かったかな? まあでも、それも一瞬のことだよ。それにこれでぜんぶ解決するんだからヨシとしてほしいな。


「安心して。これは【聖浄の若木】といってね、太古から特別な地に生えて、あらゆる呪いを浄化してくれる木なんだ」


 聖浄の若木に清らかな光が灯り始める。すると、次第にリノンのおへそ周りの紋様が薄くなっていき、そして10秒もかからずに消えていった。


「はい、これで完全にそこの色男と君の契約は切れたよ、リノン」


「……っ!」


 リノンは信じられないようなものでも見るかのように自分のお腹を眺めて、それから色男──ムキムキ大豆くんに殴られ過ぎて紫色に腫れ上がった顔をしているダーズを見た。


「嘘だと思うなら、なにか試してみたら?」


 私はそう言って、リノンを拘束していた木の根をほどいてあげる。

 

 戦闘態勢を解いたからだろう、リノンの身体は竜人種ドラゴニュートとしての姿から人間の姿に戻る。それから、リノンはゆっくりとした足取りでダーズへ向かって歩き出した。

 

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 その息はダーズに近づくにつれて荒くなっていく。恐らくトラウマだろう。長らくダーズへと虐げられてきた記憶が、リノンをむしばんでいるのだ。


「……はぁっ、はぁっ、はぁっ──ハッ!」


「ほべっ⁉」


 意を決したように、リノンがダーズを殴りつけた。そしてすぐに自身の身体を見下ろして、そして「はぁ……」と大きく安堵の息を吐く。


「痛く、ない……」


 もう1発、2発、3発と殴りつけて、リノンは確かめた。結果、ダーズに危害を加えたことによる罰はその身に下らなかったらしい。彼女は涙を流しながらも、しかしとても明るい表情をしていた。


「……いのん、ほまへっ! ふざへふなっ! ほまへは、ほれほぼれいばぞッ!」


 腫れ上がった口を動かしてなにか言葉を走ったダーズ。私にはなんて言っているのかはまったく理解できないけれど、それでもリノンには分かったらしい。


「私は、お前の奴隷なんかじゃない、お前の奴隷なんかじゃない……私はお前の奴隷なんかじゃ──ないッ‼」


 勢いよく振るわれたリノンの回し蹴りがダーズの頭に直撃。頭はブチっという音を残して吹き飛んだ。それは遠くの木に当たって、地面にゴトっと転がった。


 よかったよかった。ちゃんとトラウマも克服できたようだね、リノン。


「さて、これであと残すは1人かな……」


「ひっ、ヒィっ‼」


 ここに来てからはなにもしてないけど、ずっとダーズの後ろに隠れていた……確かケインとか呼ばれていた奴隷商。なんか見覚えがある気がするけど、まあいっか。


「おいでー、ピンキーちゃー--ん」


〔──ピギぃ~~~っ〕


 森の中に向かって呼びかけると、茂みを割ってトテトテと、調査のためにとジャングル内を探索させているピンキーちゃんの内の1体が駆けつけてくれた。


「ピンキーちゃん、コイツ食べていいよ」


〔ピギィ……? ピギィ~~~♪〕


 ケインを見るやいなや、ピンキーちゃんはとても嬉しそうに身体をくねらせる。まるで待ちに待ったご飯にありつける子供みたいな喜びようだ。


「やっ、やだよぅ、やめてくれぇ……っ!」


〔ピギィ……〕


「嫌なんだ、お前だけは嫌なんだぁ……! なぁ、それだけはやめてくれぇっ! ほ、他ならどんな死に方でもいいから、ホントに、これだけは勘弁してぇ……っ!」


〔ピギィ~~~っ♪〕


 ケインの正面に立ち、ピンキーちゃんの大きなお口が開かれる。そして、パクリ。


 ──この日。ジャングルにはこれ以上ないくらい悲痛な断末魔が響き渡ったのだった。

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