第5話 侍女失格

 ぽつんと取り残されて、夜が明けた。ずっとここにいても仕方ないと、わたしは部屋へ戻る。

 燭台はまだ消えていなかったけれど、木窓からもれる光の方が明るくて、吹き消して窓を開けた。手のひら四つ分ほどの小さな窓の、向こうはなだらかな丘が下り、森へ続いていた。

 何もかもが白い部屋。積み上げた石の壁さえも白くて、窓や机の色が不自然に思えるほど。聖女様、だっけ? 白は聖なるイメージなのね。


 寒い。

 髪もまだ湿っているし、適当に巻き付けた布もどうにかしたい。使っていない布は見つけたけど、どうやって着るのかわからないからなあ。それに、勝手をしたらいけないという気もする。


 さっきの、あの侍女の叫び声……振り払ってもまだ耳にこびりついている。

 あんな気のふれた悲鳴を上げるようなことが、今わたしに起きているんだ。

 それなのに、何にも感じない。心が空っぽになっているみたい。

 ぜんぶ忘れちゃった。そのことが、どこか清々としているのは何故なのかなぁ……


 ぐ~


 部屋が静かだからとても大きく聞こえる。そうね、お腹が空いた。食べ物と飲み物は何かないかしら?

 小さなかまどの横に、卵とパンがあるのはさっき見つけていたけれど、飲み物はどこにあるのかしら?

 そこまで考えて、先ほど行ったばかりの、地下の水場を思い出した。広口の入れ物を持って燭台に目をやると、そういえば消してしまったと思い出す。真っ暗な階段を降りるのはぞっとしない。水はあきらめて、パンにかじりついた。


❄️


 城へは用意された馬車で向うらしい。侍女について入ってきた高飛車な女性が、品定めをするようにわたしを見て、ふん、と鼻息をもらす。


「あたくしはカミラ•マンハイム。城付きの教導女でございます。お城までお供致しますわ」


 自己紹介をして、折り目正しく礼をするのに見とれていると、早速彼女は文句を言い始めた。


「なんですかこの着付けは。聖女様の品格が台無しです。あたくしが正しい着付けをして差し上げますから、そこで見ていなさい」


 これは急いでいたので、との言い訳は無視されていた。この人怖い。

 一気に裸にされて、バサバサと布を開く。風が起こって寒い、どうでもいいから早く着せて欲しい。


「いやだ、これ濡れてるじゃない」


 侍女に布を放り投げて新しい布を手に取る。シュルシュルと布さばきも鮮やかに、カミラは美しく着付けてくれた。

 そして髪を掴んで先の方をじっくりと見る。


「これでちゃんとやっていたつもりなの? パサついているし枝毛に切れ毛まで……ああっ、もう、身体もなんだか薄汚れて黒ずみが……こんな姿で城に? ああ、信じられない! でも時間がないわ。あなた、次の職を考えておいた方が良くってよ?」

「そんな……! 申し訳ございません!」


 髪をとかしながらふと止めた手が震えた。


「傷が……! 額に傷が……! 聖女様のお体に傷を付けるとは! なんてこと!」

「次からはちゃんとやります!」

「次なんてないのよ。荷物をまとめて今日中に出て行きなさい」


 侍女はその場に崩れ落ち泣き出した。


「傷はとりあえずヴェールで隠しましょう。どこ?」

「聖女様はお出かけになったことがなく……」


 もはや涙声で侍女が言ったが、カミラはもう聞いていない。


「まったく、ヴェールも用意していないなんて。城の扱いがなってないのは知っていたけど。こんなに痩せ細って……まるで下賤の者のようだわ。これはぜひ司祭様にご報告差し上げなくては」


 カミラはぶつぶつ言いながら髪を結い上げ、上手に傷を隠したらしかった。

 それから侍女を置いて、わたしはカミラと部屋を後にした。

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