第6話 花蓮

 ヤバい約束をしてしまった。花蓮の強引さは今に始まった事ではない、ガキの頃から俺は花蓮に振り回され、圧倒されていたんだ。

 最近は花蓮も女っ気が出て来て少しは自重していたみたいだが、根は変わらない。

 俺は自室のベッドに寝転がり、ぼんやりと明日の展開を考えていた。

 考えると言っても大した事では無いが。

 先ずは主導権を握られないように約束の時間よりも前から玄関の外で花蓮を待ち伏せ、彼女が来た途端に自転車に乗って学校まで誘導する。

 ただそれだけ、簡単な事だ。

 別になんて事は無い、幼馴染が一回迎えに来るだけ。

 それよりも俺の心が落ち着かないのは千里の感情だ、千里とは何となく毎日イチャイチャしているのは事実だが、特別、付き合っていると言う訳では無いし告白もされていない。だから他の女の子と俺がどうしようと咎められる筋合いは無いのだが、実際は浮気をしている様な感覚がしてならない。

 千里って俺の事どう思ってるんだろう? 感覚的には恋人みたいな距離感だけど同居しているせいで感覚が麻痺しているのだろうか。彼女の気持ちを知りたいが、もしも俺を好きだと言われたらひとつ屋根の下に居る以上、一線を越えるのは抑えられない気がして聞くに聞けない。

「あーっ!」

 俺は一人で頭を抱え、叫んでしまった。

 頼む、花蓮。これ以上俺を混乱させないでくれ。



 翌朝、俺はスマホの目覚まがし鳴るよりも早く起きていた。これは緊張のせいだ、不穏な空気が漂うように気分が重くなる。俺はベッドから飛び起き、カーテンを勢いよく開け、窓を開けて外の空気を吸った。今日は快晴、初夏の日差しが気持ちいい、こんな日に悪いことが起こる筈は無い、俺は自分に言い聞かす。

「大丈夫だ」

 窓を閉め、身支度をする、制服をかっちりと着こなし、髪を整える。

「これで良し」

 俺は階段を下り居間に入った。

「早いですね」

 千里が弁当箱にオカズを詰めながら俺に言った。

「ああ、後手に回りたくないから今日は早めに用意したんだ」

 俺は食卓の椅子を引き、腰かけて言った。

「何か、楽しみにしてるみたいですけど!」

「えっ? 無い、無い! そんな事無いよ!」

三島みつしまさん、可愛いですもんね、明るいし」

 千里はテーブルにサラダの皿をコンッと強めに置いた、怒ってる……? これから花蓮が来るっていうのに、その前からこの緊張感は身体に悪い。

 俺は千里の気を和ませようと口を開いた。

「千里は可愛いってよりも美人だよな」

「私は、美人よりも可愛いって言われたいです、美人って何か近寄り難く無いですか?」

「そんな事無いよ」

 いや、千里は姫過ぎてクラスでは観賞用だ、綺麗で眺めるのに丁度いい、話すと冷たくされそうで気の弱い男子で無くても委縮してしまう。

 まさに近寄り難い存在。

 花蓮はフレンドリーで可愛らしく人気は高い、誰にでもペラペラと話すので自分に気があるのではと勘違いする男子も多く、罪作りな存在だ。

 千里と花蓮は対極の美少女、甲乙つけ難い。

「作クン、トーストはどうします?」

「ジャムで頼むよ」

 千里は瓶の蓋を開け、トーストにイチゴジャムを塗りつけて俺の前にその皿を差し出した。

 ジャムでハートマークが描かれたトーストを。

 うわっ! なにこれ、対抗心か? 対抗心なのか? 

 俺は無言でそれをかじった時、インターフォンが居間に鳴り響いた。

 俺は驚いてむせかえり、まさかとは思ったが壁に付いているインターフォンの白黒画面を眺めて絶句した。

「花蓮……」

「随分と早いお迎えですね」

 千里は明らかに棘のある声で俺に言った。

 俺は焦って立ち上がり、インターフォンの受話器を取った。

藍沢作也あいざわさくや君は居ますか?』

 花蓮はわざとらしく俺をフルネームで呼んだ。

「花蓮、早くないか? まだ7時半だぞ」

『だって、早起きしちゃったんだもん。入っていい?』

「だ、駄目に決まってんだろっ!」

 俺が昨晩考えたシナリオは音を立てて崩壊した。

『何でよ、昔は良く部屋に入れてくれたくせに、何照れてんのよ? そうだ作、どうせ部屋汚いんでしょ? 時間まで私が片付けてあげるよ』

「ちょっと待ってくれ、まだ飯も食って無いんだ」

『いいよ、待つから早く開けてよ』

 俺は受話器を戻して大きくため息を付いて額を手で押さえた、会話内容は千里に筒抜け、彼女の顔を見るのが怖い。

 俺は千里を直視出来ず、背中を向けたまま言った。

「千里、飯作ってくれたところ悪いが、もう出るわ」

「そうですか、お弁当出来てませんけど」

り」

 やられた……早速の不意打ち、振り回し、花蓮の得意技。

 歯を磨いて俺はカバンを持ち玄関ドアを開けた。

「遅いっ! 何やってたのよ!」

 花蓮は腕組みをしながら玄関前に立っていた、相変わらずスカートが短い可愛らしい制服姿で。

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