第10話

 ヒメコが抱える最大のコンプレックス。

 それは『ちんちくりん』と自虐じぎゃくしていたロリ体型のことだった。


 ミチルにいわせると、華奢きゃしゃでかわいいし、小さいから守ってあげたくなる。

 高いところの物を取ろうと背伸びする姿なんか、がんばれ! がんばれ! と応援せずにはいられない。


 そうか、そうか。

 イルミナ=イザナの美ボディは理想とすべきルックスなのか。


 漫画キャラみたいに脚が長いし、腰のくびれとか色っぽいから、イルミナ=イザナに憧れたくなる気持ちは分からなくもない。


 でも、ヒメコには自分の体型をもっと好きになってほしい。

 それがミチルのささやかな願いなのだ。


「イルミナに変身した姿は見せられないの。その代わりといっては、なんだけれども……」


 別のコスプレなら披露ひろうしてくれると分かり、ミチルは居住まいを正した。


「じゃあ、俺は部屋の外で待っていたらいいかな?」

「お願い! これから勝負服に着替えるから!」


 ヒメコの準備が終わるまで、ミチルは廊下に座って待つことにした。


 向こうから、すぃ〜〜〜っとお掃除ロボットが接近してくる。


 まさか、お前、階段を上れるのか?

 と思ったが、1階で見たやつとデザインが異なる。


 なるほど、2匹飼っているわけか。

 ミチルにぶつかりそうになったお掃除ロボットは、連続ターンを決めてミチルをきれいに迂回うかいしてから、廊下の向こうへ消えていった。


「も〜い〜かい?」


 と声をかけてみた。


「あと30秒!」


 と返される。

 しばらくして、


「も〜い〜かい?」


 と呼びかけたら、


「も〜い〜よ!」


 と許可が下りた。


 ドキドキしながらドアを開けてみる。

 ヒメコは低身長だから、ロリキャラの線が濃厚なのは分かるが、候補がたくさんありすぎて、まったく想像できない。


 魔法使いのような異世界キャラだろうか。

 案外、制服ヒロインの可能性もありそう……。


 ヒメコの横顔が見えた瞬間、ミチルの喉はひゅっと鳴った。


 そこにいるのは間違いなくヒメコだ。

 でも、キャラクターの再現度が高すぎて、コスプレ会場で見かけたら絶対に本人と気づけないだろう。


 神ですか⁉︎

 心の声がうっかりこぼれる。


 肩を露出させた漆黒しっこくのドレス、斜めにかぶったミニハット、もっとも特徴的なのは、頭から伸びる2つの耳とお尻から垂れるロングテール。

 これ、空前絶後の大ヒットを叩き出した人気アニメ『馬☆ガール』に登場する『ライスちゃん』だ。


 ヒメコは勝負服といったけれども、これは紛れもない勝負服である。


「じゃ〜ん!」


 ヒメコはくるりと一回転すると『ライスは……負けない!』とアニメキャラの声真似まで披露してくれた。

 ワンテンポ遅れて追いかけてくる尻尾がなんとも愛らしい。


「すげぇ……神木場さん、もはや本職のコスプレイヤーさんだ! これはお金をもらえるレベルだよ!」

「神木場さんじゃない。いまの私はライスちゃん」

「……はい、ライスちゃん」


 アニメのキャラが触れられる位置にいる。

 しかも、言葉のキャッチボールを交わせてしまう。


 幸せすぎて涙が出ちゃいそうという感覚に、ミチルは生まれて初めて襲われた。


「ずばり、今回のチャームポイントはどこでしょうか?」

「やっぱり、鎖骨さこつのラインかな。それと太ももの絶対領域。子どもっぽさと大人っぽさの両立は譲れない」


 学校にいるときのヒメコは長めのスカートを着用しているけれども、今回はミニ丈のドレスにレースをあしらったニーハイストッキングを組み合わせており、白い太ももが露出しているというギャップは鮮烈すぎた。


 すごいプロ意識。

 あくなきキャラ愛。


 ヒメコの妥協しない姿勢により100%までキャラクターの魅力を引き出すことに成功しちゃっている。


 もはや、芸術。

 生きる芸術なのだ、とミチルは確信した。


「坂木くんは、ライスちゃんのこと、好き?」

「元から好きだけれども、ますます好きになった!」

「ふむ、私たち、同志だね」


 ヒメコは勝ち誇ったようにVサインを向けてきた。

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