僕の彼女は占い系VTuber

ゆで魂

第1話

『ごきげんよう、信者どもよ。メンバー限定配信あらため占いの館へようこそ』


 王冠を斜めにかぶり、魔女のようなアイシャドウをきめ、紫色のマントをはおった美少女がにこやかに笑う。


 画面の中央にはぼんやり光る水晶が、その両側にはキャンドルが配置されており、天井ではコウモリのマスコットキャラクターが気ままに羽を休めていた。


 美少女のあいさつに対してリスナーからは、

『イルミナ様!』

『イルミナ様!』

『イルミナ様!』

 と喝采かっさいのようなコメントが送られる。

 信者とはすなわち月額490円を払っている固定ファンのことだ。


 アバターの正体はVTuberイルミナ=イザナ。

 特技はゲーム配信、歌配信、そして占いライブ。


 流暢りゅうちょうな日本語を操っているが、彼女が本当に日本人なのか、そもそも日本に住んでいるのか、一切が謎に包まれている。


 断言できる情報は3つだけ。


 イルミナ=イザナの活動期間は1年ちょっとであること。

 事務者に所属していないフリーVTuberのくせに、チャンネル登録者数20万人を達成している、稀有けうなキャラクターであること。

 占い的中率がほぼ100%であること。


 分かっている。

 占いなんて完全にスピリチュアルとかカルトの領域。

 そういう反論があるだろう。


 実際、世の中にはイルミナ=イザナのアンチが一定数いて、SNSで中傷するのはお馴染みの光景となっている。


 しかし、信者たちは知っている。

 イルミナ=イザナの能力は本物であると。


 占い相談に対して、彼女が『YES』といえば、試験に合格するし、手術は成功するし、友達と仲直りできる。

 それを実際に体験した人が、この日本には100人以上いる。


 むしろ、注目すべきは警告の方。

 今夜も21歳の男性リスナーが、イルミナ=イザナからメッセージを受け取るという幸運に恵まれた。


『続いての占い相談は、黄金のバイト戦士さんです。……先日、神社へいったら、おみくじで凶を引きました。近々悪いことが起こるのでしょうか? 回避方法があるなら教えてください。……なるほど、では、占ってみましょう』


 イルミナ=イザナが水晶に手をかざし、ぶつぶつと呪文を唱えはじめる。

 10秒くらいして、血のように赤い瞳がくわっと見開かれた。


『見えましたよ。……黄金のバイト戦士さんは、ファミレスとか、居酒屋とか、食べ物を提供するお店で働いていますよね。そして次の水曜日、夕方から出勤予定じゃありませんか。バイト中、あなたは小さなミスを犯します。そのことで気落ちしますが、問題はそこじゃありません。バイトからの帰り道……』


 恐怖シーンの前触れのように、いったんセリフを切る。


『ご老人に怪我を負わせてしまいます。相手は70代の男性です。命に別状はありませんが、手術を要するほどの大怪我です』


 チャット欄に『ざわざわ』というコメントが流れた。


『どうすれば回避できるのでしょうか?』


 黄金のバイト戦士本人がチャット欄に登場する。


『面倒ですが、徒歩で出勤してください。職場まで15分ほどとお見受けします』


『そうです! ちょうど15分くらいです!』


 バラエティ番組なら会場がざわつくシーンだろう。

 今はライブ配信中なので、

『さすがイルミナ様!』

『さすがイルミナ様!』

『さすがイルミナ様!』

 の洪水コメントが流れてくる。


 これがイルミナ=イザナの持つ能力。

 先読み、未来予知、危険予測というやつ。


 熱心な信者の中には『イルミナ=イザナは遠い宇宙からやってきた救世主メシアで、地球を滅亡の危機から救ってくれる神様』なんて賞賛する者もいる。


 しかし、坂木さかきミチルの考えは違う。

 おそらく彼女は日本人で、占い能力も完ぺきではないと、ひそかににらんでいる。

 血が通っている、同じ人間なのだと。


 ……。

 …………。


 それから3日後。

 黄金のバイト戦士なるSNSアカウントに、とある書き込みが投稿された。


『バイト中にビールをこぼした。その一部がお客さんにかかってしまった。イルミナ様に占ってもらって本当によかった。原付を運転していたら、帰り道、考え事をしていたと思う』


 ミチルがイルミナ=イザナの正体を知る、少し前の出来事である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る