僕は君を不幸にした。いいえ、君は私を幸せにした。

鳴咲 ユーキ

一章 不可解な出会い

第1話

 神様、私は、夢を見ているんでしょうか。


 ホームルームが終わったので学校から家に向かって足を進めていたら、男の子が、道路に血まみれで倒れていた。

 制服のブレザーを着ていて黒いズボンを履いてるから、多分高校生くらいだ。


「え、何この人」

 思わずそんな声が漏れてしまう。一体何があったんだろうか。


 傷口が服で隠れているみたいで、どこをどんなふうに怪我しているのか全然わからない。でもブレザーもズボンも血まみれで、男の子の下の道路に血の海が出来上がってしまっているから、これは明らかに重症だ。


 とりあえず救急車を呼ばないと!


 スカートの右ポケットからスマホを取りだして、震えながらボタンを押す。

 119だよね? 

 救急車を呼んだことなんてないから、やたら緊張してしまう。


「や、やめろ。呼ぶな」

 男の子が私の足を掴んで、掠れた声で言う。


 綺麗な透き通るような蜂蜜色の髪の隙間から、苦痛に歪められた端正な顔が見えた。

 顔立ちは幼い。七ミリ程の長いまつ毛が特徴的で、二重でクリクリした目は、まるで天使のよう。

 モデルさんかと疑うほど整った顔に、思わず息を呑む。

 いやいや、見惚れてる場合じゃない! しっかりしろ!


「いや何言ってるんですか! このままだと死にますよ?」

「だとしても、頼むから救急車は呼ぶな!」

 男の子が両手で私の足を掴んで、涙ながらに懇願する。


 男の声が大きかったからか、近くの道路を歩いていた人の視線が、一気に私達に集中する。

 いやそんなに見ないで! 

 とりあえず今は、男の子のいうことに従おう。

 私がスマホの電源を切ると、男の子はほっとしたかのような顔をして私の足から手を離した。

 スマホをスカートのポケットに入れて、男の子の顔の前にしゃがみ込む。

「大丈夫。救急車は呼ばないよ」

「ありがと」

 苦しそうな顔をして、男の子はお礼を言う。


 どうしよう。


 救急車がダメなら、私の家に入れるしかないかなあ。幸いにも、私の家ここから歩いて十分くらいだし。


「ね、立てる?」


 男の子は呻き声を漏らしながら手の平を地面について、身体を起こそうとした。

 だが難しかったのか、十秒もしないうちに手を地面からどかして、身体を起こすのをやめた。どうやら怪我が酷すぎて、ろくに立つこともできないようだ。


 それにしてもこの子はいじめられでもしたのだろうか?


 救急車を拒否したのは加害者を庇うためとか?


「ごめん。ちょっと厳しいかも」

 そしたら私が運ぶしかないかなあ。

 男の子の前で後ろを向いてしゃがみ込み、腰の前に手をやる。


「え?」


「おんぶ。乗ることくらいはできるでしょ? 乗って。私の家、ここから十分くらいだから」

「は? いいそんなことしなくて! 自分で歩く!」

 わお。

 顔が真っ赤だ。

「でも立てないんじゃないの?」

 両手を地面について、男の子はどうにか起きあがろうとする。

「やめろ!」

 男の子の左腕を自分の肩の上にやって手助けをしようとしたら、ものすごい勢いで腕を振り払われた。

 左肩をおさえて、男の子は顔を顰める。

 左肩を怪我してたのかな? 悪いことしちゃったな。

 男の子はどうにかして自力で立ち上がると、辛そうな顔をして近くの柱にもたれかかった。

「肩、痛いの? ちょっと見ていい?」

「……ああ、うん」

 そういうと、男の子はブレザーのボタンを外した。

 肩の傷に当たらないように、ゆっくりとブレザーを脱がせる。ゆっくりやっても多少は当たってしまったみたいで、男の子はだいぶ痛そうに顔を顰めていた。


「え、何、これ……」

 Y シャツの肩の部分が切り裂かれていて、そこから、真っ赤な筋繊維が顔を出していた。


 ナイフなどの凶器で皮膚を抉られて、筋繊維を露出させられたのだろうか?


 あまりにひどい怪我に思わず息を呑む。



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