第5話 ドランゲン城の悪魔7



 ほかに怪しいものはなかったので、ワレスたちは階段をあがり、秘密の通路からぬけだした。


 退屈そうに待っていたジネットがかけよってくる。


「何かわかった?」

「それはまだ、これからだ」


 あんな場所に隠してあったのだから、この本にはさぞかし重要なことが書いてあるだろう。


 ワレスはジェイムズとともに客室へ帰り、じっくりとその本を検分した。テーブルに本をひろげ、ながめる。


 そのよこで、ジネットがチョロチョロしていた。年は少し上だが、嬉しそうにワレスにまとわりつく少女の存在は、どこかドリスをほうふつとさせた。


「前半は始祖の活躍と侯爵家の歴史だな。いかにして爵位を得たか、城を築いたときの苦労。そのあと、家訓や一族の掟。初期三代までの家系図。竜の呪いを解くための役には立ちそうもないな」

「うーん。そうだねぇ。だけど、ほんとになんの意味もないものを大事に隠すかな?」

「そこなんだよな」


 認定式についての決まりもいろいろ記されていた。

 それによると、聖杯は始祖が倒した竜の胸をひらいたときに出てきたという。爵位にふさわしくない者がそれを手にすると、なかの清水が毒に変わるのだとか。


 ただ、気になることもあった。


「この家系図、始祖の息子は三人いたんだな。だが、あとを継いだのは三男だ。兄二人にはバツ印がついてる。きっと早死にしたんだ」


 おそらくは認定式に失敗したのだろう。すでに始祖が息子に爵位を譲るときに、なんらかの争いがあったということか。


 だとしたら、認定式じたいに始祖の作為がふくまれている……。


「あっ、ワレス。このページ」

「ああ?」


 ジェイムズが大きな声を出すので何事かと思えば、


「このページ、裏とくっついてる」

「どれ?」


 ジェイムズの言うとおりだ。二枚のページがのりのようなもので故意に重ね貼りされている。あまりにも怪しい。


 ワレスはそのページのさかいにナイフを入れてみた。

 なかには読みづらい手書きの文字が、ビッシリと記されている。今の時代では使われない装飾文字だ。


「……ワレス。魔術文字だ」

「ああ。そうだな」

「私はちょっと苦手だなぁ」

「なんでだ? 裁判所で読むんじゃないのか? 以前の判例とかさ」

「そんな大昔の判例、参考にならないよ」

「それもそうか」


 しょうがないので、ワレスが学校で学んだ知識を総動員して、現代語に訳した。翻訳には数日かかった。


 そして、いよいよ認定式当日の朝、ようやく、すべての内容がわかる。


「なるほどね。そういうことか。この方法では一族の秘密がどこかで伝わらなくなる可能性がある。それに備えて、こんな書き置きを残していたんだ」

「じゃあ、これまでの認定式での不慮の死は、ただの事故じゃないと?」


 問いかけてくるジェイムズに、ワレスは答える。


「ロベールにこのことを伝えないと、命が危ない」

「でも、それなら、ロベールの父上がなんとかしてくれているだろう? だって、この秘密をご存じのはずだ」

「そうかな? ロベールの父は兄二人の認定式のとき、学校にいて、城を留守にしてたんだろう? 何よりも、ロベールの祖父のあの体はおそらく——」

「じゃあ、まだあの聖杯には……」

「ああ。猛毒が入ってる」


 急いで食堂へむかったのだが、そこにはもうロベールはいなかった。ついさきほど、現侯爵とともに地下へ行ったという。侯爵夫人がそう説明してくれた。


「待って。お兄さまが危険なの?」


 ワレスたちの態度から何かを察して、ジネットもついてくる。

 急いで以前に行ったあの地下の扉まで走った。が、到着したときには、すでに扉はひらかれ、侯爵が一人でそこに立っていた。


「侯爵閣下。ロベールは?」

「なかだ」

「我々が追ってもかまいませんか?」

「うむ。そなたならば、かまうまい」


 やはり、ワレスを守護天使だと思っている。これではどんなことがあっても、ロベールを死なせるわけにはいかない。


「ジネット。君はここで父上と待っているんだ」

「でも……」

「君の兄上は必ず、おれが救う」


 カンテラを借りて、ワレスはジェイムズと二人で暗い地下迷宮へ入っていった。

 以前に一度なかを見ているから、ためらうことなく走っていける。構造を知らないロベールには、ほどなく追いつくはずだ。


 しかし、やはり出遅れたことが痛かった。グルグルと一本道をまわる構造は、となりの廊下に人がいても、なかなかそこまでたどりつけない。ロベールの姿はいっこうに見えない。

 そうするうち、どこかで人の争う声が聞こえてきた。


「ロベールの声だ」

「うん。ワレス。急ごう」


 この地下の隠し通路の場所を、誰かが知っている。その誰かが、さきまわりしてきたのだとしたら——


「ロベール!」


 もどかしい気持ちでを進む。

 やっと、中心にある祭壇が見えてきた。そこで、ロベールが思いがけない人物と口論している。ロベールより、やや体格がいい。弟のモルガンだ。


「おれのほうが絶対、侯爵にふさわしいんだ!」

「それは私たちの決めることじゃない。始祖が認めてくださるかどうかだ」

「じゃあ、おれが試しても、かまわないよな?」


 モルガンは力の弱いロベールを押しのけ、聖杯を奪いとった。そして、口にあてる。


 ワレスは叫んだ。

「やめろッ! それは毒だ!」


 とつぜん、前方の明かりが消えた。何かの倒れるような音や、何人かのもみあう気配が闇のなかで続いた。


「ロベール! 無事か?」


 かけつけ、カンテラをかざす。

 そこに、が立っていた。予想どおりだ。やはり、この人が犯人だったのだ。

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