第5話 ドランゲン城の悪魔4



 翌日、朝早くから起きだして、ワレスはジェイムズとともに、認定式のある地下の扉の前に立った。

 鍵を持つロベールと三人で、ここまでは来た。


「では、なかの調査は頼む。悪いが私は儀式のときまで入ってはならない決まりなんだ」


 ほんとかウソか知らないものの、ロベールがそう言うので、カンテラを受けとって、ワレスはジェイムズと二人、扉のなかへ入っていく。


 まっすぐな廊下が続いていた。明かりはまったくない。地下なのでカンテラがなければ何も見えないところだ。


「意外となんにもないな。それにしても、やけに長い」

「あっ、ワレス。まがりかどだ」


 たしかに、まがりかどだ。かなり歩いたので、一辺が五十ルークはあるかもしれない。直角にまがって、さらに歩いていく。するとまた直角のまがりかどだ。これが数回続いた。

 頭のなかで地図を描いていたワレスは、じきに地下の構造を予測できた。


「うずまき状の一本道だな。角から角の長さが少しずつ短くなってる。つまり、だんだん渦の中心にむかってるんだ」

「そうかな? 暗いし、よくわからないよ」


「角はずっと直角だ。一辺の歩数が一つめの廊下と、角をまがった二つめの廊下は同じだった。だが、三辺めの廊下で十歩短くなった。四辺めは三辺めと同じ。ここでグルッと一周しただろう?」

「うん。そうなるね」


「今、ここは五辺めだが、また十歩短い」


 ワレスは五辺めと六辺めの角でその説明をする。


「廊下一本ぶんずつ短くなってるってことだ。たぶん、このままカクカクまがっていき、中心に始祖の証だかなんだかがあるんだろうな」


 しかし、この暗闇だ。しかも、まがりかどが多い。誰かが待ちぶせしようと思えば、できなくはない。角に身をひそめ、いきなり襲いかかれば、ひとたまりもないだろう。


 現侯爵の儀式のとき、次兄が死んだというが、それはどんな死にかただったのか聞いておくべきだった。剣で切られたり、なぐられたりしていたら、ワレスが想像した方法で殺されたのだ。


 とにかく進んでいった。石壁が続く単調な道。今のところ、ロベールがなんとなく匂わせていたように、別の入口など見あたらない。


 中央に近づくと、廊下の一辺が極端に短くなった。少し歩くと角、また角だ。

 すると、ふいに壁が岩になった。天然の岩石がそのまま、むきだしになっている。

 カンテラの光で見ても、やけに赤い岩がところどころにある。何かの鉱石だろうか?


「あっ、ワレス。あれじゃないか? 始祖の証」

「ああ。そうだな」


 岩壁あたりが、うずまきのどまんなかだ。長い一本道はそこで行き止まりになっている。


 そして、最奥に岩を掘った祭壇のようなものがあり、ゴブレットが一つ置かれていた。その上から石筍せきじゅんがツララのようにたれさがり、きわめて緩慢かんまんに水滴がしたたり落ちていた。


 さしずめ、聖杯だ。ほかに証になりそうなものはない。きっと、これを持ちかえるのだろう。


 ワレスがゴブレットを手にとると、異様に重い。

 なかにはかなり水滴がたまっていた。おそらく、前回の儀式のあと、誰もさわっていないのだ。三十年か四十年ぶんの時間の経過がそこに、どんより


「おいおい。ワレス。勝手にさわっちゃいけないんじゃないか?」

「ちゃんと戻すよ。なかをたしかめただけだ」


 ゴブレットは古くさい気泡の入ったガラスでできていた。ゴツゴツしてぶあつく、透明感もない。そうとう昔のものだとわかる。千年かそこらは以前——少なくとも数百年は前のものだ。


 薄暗くて中身までよく見えない。しかし、なんとなく刺激臭はした。ツンと鼻につく感じ。


 そのまま台座に戻し、ワレスは祭壇の奥を調べる。壁に空洞などはない。こっち側から誰かがさきまわりできる隠し通路のようなものも存在しない。


「変だな。この構造で、以前の儀式のとき、長兄はなぜ行方不明になったんだろう? どこにも迷う要素はないんだがな」

「ああ、そう言えば、そうだね」


 不思議に思いながらひきかえしていった。すごくめんどうだが、構造的にひたすら長い道をまた律儀に歩いて帰るしかない。どこかに近道でもあればいいのだが……。


 そんなことを考えていたときだ。

 何度も折れまがって、かなり扉の近くまで来ていた。ワレスの計算ではあと三回まがれば扉の前へ帰る。

 ところが、暗闇のかなりさきで、ふらりと白い影がゆれた。


「ジェイムズ」

「ああ」


 急いで走っていったものの、ワレスたちがその場所までたどりついたときには、すでに影も形もない。


「今の、人影だったよな?」

「たぶん」


 侯爵家の誰かが、ワレスたちのあとを追って入ってきたのだろうか?

 この地下の暗闇のなかに見つかっては困るものがあるから?


 しかし、急いでそのさきへ追いかけても、誰の姿も見かけなかった。扉が見えて、外へ出ると、そこにはまだロベールが立っている。


「ずっと、ここにいたか?」

「もちろんだとも。父上に鍵を預かったのは私だからな。ちゃんと扉を閉ざすまで見届けなければ」

「おれたちのあと、誰かがなかへ入らなかったか?」

「いや、誰も」


 いかに闇が濃いとはいえ、さすがに目の前の廊下へ誰かが入れば、すぐに気がつく。見すごす可能性はなかった。


 では、いったい、さっきの人影は誰だったのだろう?

 また、どうやって、なかへ入ったのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る