第2話 ワレスは素敵なジゴロ2



 マルクは馬車に乗って帰っていった。


 ちなみに場所は、ジェイムズの自宅のテラスだ。ワレスも以前、何度か来たことがある。

 ジェイムズの生家、ティンバー子爵家は領地を持たない廷臣なので、屋敷も庭もそれほど大きくはない。ひっそりと内密の話をするには、ちょうどよかった。


「ジェイムズ」

「うん」

「なんなんだ? あれは?」

「すまない! 上官のつてを頼って相談に来られて、近ごろ、私の成績がいいものだから任されたんだ。調査部にはときどき、ああいう依頼が来るんだよ」


 ジェイムズの役職は裁判所預かり調査部。本来は裁判をするさいに証拠集めなどのため、独自に調査する機関だ。しかし、実態は貴族にいいように使われているらしい。


「だからって、あいつ、おれがジゴロだって知ってたよな?」

「私は言ってないよ。どこかの夜会で君のことを見かけたんじゃないか?」

「ああ、そう」

「力を貸してくれるんだろう? 次期侯爵だ。もしものことがあっては大変だから」

「ちゃんと


 ワレスが笑うと、ジェイムズはまた黙りこむ。やっと口をひらくと、心配そうな顔。


「……ワレス。君、変なこと企んでやしないだろうね?」

「変な? どんな?」

「いや、私の気のせいならいいんだ」

「さっそく調べに行こう」

「ああ、うん」


 ティンバー子爵家の馬を借りて、ワレスはジェイムズと二人で、まずはマルクの許嫁の屋敷へむかう。


 マルクの三人の恋人の内訳は、こうだ。


 エリアーヌ・ル・サラエール伯爵令嬢。マルクの許嫁。

 実家は宮廷貴族で兄が一人。つまり、伯爵家は兄が継ぐので、土台のしっかりした富豪の領主の奥方におさまりたい。皇都に進出したいマルクの両親と思惑がどハマりしている。


 ヴィヴィアン・ル・レイ・オードリッド伯爵令嬢。

 エリアーヌと同じ伯爵令嬢だが、こちらは一人娘。実家を継がなければならないため、将来は婿養子をとることになる。


 エロディー。

 マルクの皇都の屋敷の小間使い。


 このなかの誰かがマルクを殺そうとしている。マルクに裏切られたことを恨んで、ということだろう。


 浮気されて男を殺すのは女のやりくちじゃないなと、ワレスは思った。少なくとも平民の女では。ふつうは浮気相手の女を殺すことで、男が自分のところへ帰ってきてくれると考える。しかし、プライドの高い令嬢なら、例外かもしれない。


 個人的には利害関係がもっとも薄い二番めの女、ヴィヴィアンが怪しいと思う。


 実家を襲爵するのなら、どうしてもマルクとは結婚できないし、だからといって許嫁のエリアーヌにおとなしく譲ってやるのもシャクだろう。ましてや、小間使いと自分が同列に見られるのはゆるしがたいはずだ。


 容疑濃厚なヴィヴィアンをあとまわしにして、まずは外堀を埋めるために、ル・サラエール家におとずれた。


 ル・サラエール伯爵家はティンバー子爵家より、皇宮に近い北側にあった。なかなか権勢を持つ廷臣ということだ。

 マルクの紹介状を持っていくと、すぐに邸内へ通された。


 そして、エリアーヌが客間へやってくる。


 エリアーヌは美人だ。たしかに造作は整っている。ユイラ人はたいてい、みんな美人なのだから。

 しかし、なるほど。整ってはいるが、すべてのパーツが小作りで、地味な印象を受ける。大勢の集まる夜会では、どこにいるかわからないだろう。


(マルクは条件のいいエリアーヌを正妻としてキープしつつ、自分はもっといい女と遊びたい。そういうはらか)


 初めのあいさつはジェイムズがした。ワレスは黙って庭をながめる。

 美しい庭だ。ほんのり黄色みがかった木々の葉のむこう、透明な空の高くに絹糸のような雲がただよう。白いヒナゲシが風にゆれる。


 ジェイムズがマルクの用件を述べながら、ときどき困った顔でワレスを見る。

 令嬢は冷めた目で反論した。


「マルクはご自分で謝罪に見えるべきです。ほんとにわたしと結婚したいのなら。そもそも、どうやって、わたしがマルクを殺すのです? だって、わたしとマルクは住む屋敷も違うし、ひんぱんにあちらへ訪問するわけでもないでしょう? わたしがやれるわけないじゃないですか」


「それはそうなんですが、ラ・ヴォルヴァ次期侯爵がおっしゃるには、あなたが来たときに馬の手綱が切れていたと。あやうく落馬しそうになったことがあるそうですね?」


「二人で遠乗りに行こうとしたときね。でも、それがおかしいと思いませんこと? わたくし、ナイフなんて持ち歩きませんわ」


 それはそうだ。貴婦人のたしなみに扇や手鏡は持っていても、ナイフはおかしい。それは男の持ちものだ。


「えーと、それは、誰かを雇ってやらせたということも……」

「ございません!」


 ジェイムズはもう二の句がつげない。しょんぼりしているのをよこ目に見て、ワレスは内心ひそかに笑った。


「ジェイムズ。おれと令嬢の二人にしてくれないか」

「あ、ああ……」


 ジェイムズはやはり何かを察している。変なことはしないでくれよという目で見たあと、しかたなさそうに出ていった。これで客間には、ワレスとエリアーヌの二人きりだ。


「帰って。あなたもわたしを疑っているのでしょ? わたし、もうマルクとは別れます。お父さまは反対するかもしれないけど、わたしだって、もう少し下位の貴族となら結婚相手はいくらでもいるわ」


 貴族の娘の精いっぱいの虚勢だろう。涙を浮かべているくせに、そんなふうに強がりを言う。


 ワレスは初めて彼女をふりかえり、真正面に瞳をとらえる。エリアーヌの頬が瞬間的に染まった。きれいな桃色。


「今から出かけよう」

「えっ? どこへ?」

「いいから。行こう」

「は、はい!」


 もうこれで一人めは釣れたも同然だ。それはワレスには確信だった。

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