第7話:アンタップガール(6)

 先輩へのインタビューが終わり、俺は自宅があるマンションへと戻った。

「————遅かったじゃない。」

 外には既に先客がいた。


「いらっしゃい。」

「どーも。」

 少し不貞腐れたように答える宇佐美。

「鍵開いてたんだし、別に先に入っててもよかったんだぞ?」

「だって家主の許可なく入るのはダメでしょ?さすがにマナー違反よ。」

 俺が家の中に入ると靴をきちんとそろえながら家に入る。流石育ちの良さがにじみ出ている。


「さあて、晩飯は何にするかな。宇佐美、お前なんか好きな食べ物あるか?」

「別に何でもいいわよ。ごちそうになってるのは私だし、これ以上口出しするのはわがままが過ぎるわ。」

 中々殊勝なことを言う。

「昨日の晩とはえらい違いだな。テンションとか、勢いとか。」

「あ、あの時はパニクってたし、なんかもう自分でも何が何だか分かんなくなってたの…」


「じゃあ、契約成立ね。だったっけか?」

「ちょ、ちょっとやめてって!」

 どたどたっと詰め寄ってくる。


「悪い悪い。で、好きな食べ物は?なんか一つくらいあるだろ。今日のために材料用意したんだぜ?」

「……強いて言うなら、オムライス。」

「よっしゃ、任せとけ!ソファーにでも座って待ってな。」

「ありがとう。」


 だが、そこからしばらく彼女は固まったままであった。

「あ、あのさ。」

「うーん、どしたー?」

「ううん、やっぱなんでもない」

 どうしたのだろう、キッチンからはリビングの様子は窺えない。

「そっかー?あ、もうすぐ出来るから準備してくれ。」

「う、うん、分かった!」

 その後宇佐美にも配膳の準備を手伝ってもらい、オムライスは無事完成した。


「「いただきます」」手を合わせ挨拶する。そのまま一口、我ながらいい出来だ!

「あーむ。……ん!」

「どうだ、うまいか?」

 首を何度も縦に振る。

「うん、うん!おいひい!」

「そんな大げさな。」

 一気に食べ進め半分程食べ進めた頃、ようやくスプーンを動かす手が止まる。


「三上君って、ホント料理上手ね。お昼のお弁当もすごいおいしかったし…毎日一人で料理してるの?」

「ああ。俺、妹が二人いてさ。両親が共働きだし、仕事が夜まであることが多いから、みんなの分の料理とか作ってたんだ。だから晩飯作りもお手のもの。」

「納得したわ。っていうか、妹さんたち大丈夫?あなたが一人暮らししてたらちゃんとご飯とか食べれてるの?」


「今は上の妹が何とか頑張ってるらしい。まあ、下の妹がたまに『お姉のご飯おいしくないー』って電話してくるけどな。」

「ふふっ、頼れるお兄ちゃんなのね。」

「そうだといいな。」


 宇佐美は大きな伸びをして言う

「いいなー。私もお兄ちゃんとか、欲しかったなー。」

「宇佐美は、一人っ子か?」

「そう。だから面倒見のいいお兄ちゃんとか、ずっと憧れてた。」


「まあ、人間誰しも自分にないものを欲しがるからな。」


「そうね、私は何もかも欲しがってばっかり…そんなだから神様の罰が当たったのかもね。」

 と、自嘲気味に言う。


 彼女にそんな顔をさせるにはあまりにも残酷で、重すぎる罰に俺には思えた。


「そうだ、宇佐美!忘れてたんだけどさ。お前のその体、治せるかもしれないぞ!」


 だからだろうか、俺はつい帰る間気になっていたことなんて全部忘れて、彼女に手を差し伸べてしまった。


「え?どういう事?」

「どういうも何もそのままだよ!俺、今日3年の菊名先輩にインタビューをしたんだけどさ―――――」


 そして俺は菊名先輩は自分のドッペルゲンガーが現れるという「呪い」に出遭ったという事、その「呪い」に出遭うまでの経緯、そしてそのドッペルゲンガーが最終的に消えたことを語った。


「それじゃあ、菊名先輩のドッペルゲンガーと私のこの体質が同じ『呪い』であれば同じ方法で解除することもできる…ってこと?」

「そう!そうなんだよ宇佐美!だからお前のその体、治せるかもしれないんだよ!」


「ほんとに…治るの…?」

 だから俺も興奮してしまい、当たり前の事すら見えていなかったんだろう。

「ああ治るさ!俺が直してやるさ!確か先輩が言うには…」

 


 どうして気づけなかったんだろう、宇佐美の声が震えていたことに。考えてみればごくごく自然な事だったのに。



「『その身に余る物を与えられてしまったら、心から神様に祈ればいいのよ。私にはもうこんなものいりませんって。』だったかな。」




 どうして気遣ってあげられなかったのだろう。————宇佐美がこんな呪いを浴びてしまうような、その理由は、きっと辛いものでないはずなんて、決してないのに。





「だからさ、お前がこんな風な体になった原因にまずは解決の一端があると思うんだよ。」

「……」

 

 そこで俺は彼女の異変に気付く。

「どうした、黙りこくって。」

「ううん、なんでもない。」

 

 彼女はうつむきがちに答える。

「じゃあ、順を追って確認して…」



「あのさ!」



 食卓がしんとした空気に包まれる。

「あのさ……この話今しなきゃ、ダメかな?」

「ダメ…って、呪い、解きたくないのか?」


「あーうん、だって秘密を共有できる相手なんて初めてだから、今はこの状況を楽しんじゃおうかなー、みたいな?そんな感じ?なのかな?」


 ずいぶんと歯切れが悪い。

「そうか?お前がそれで良いなら、俺は構わないが」

「うん、例えば、タピオカ飲みに行ったりとか、見たい新作映画もあるし、後、そうね——ゲームセンター!私ゲームセンター行きたい!」


「ゲーセンなんて…そんな人の密集する場所行って大丈夫か?」

「だ…大丈夫よ!今は一人じゃないんだし、心配いらないわよ。」

「はは、頼りにされすぎても困るが…いいぜ、お前は今まで我慢してきてたんだもんな。好きなとこ連れて行ってやるよ。」


「ふふ、よろしくね。」

 宇佐美の声の震えは、いつの間にか消えていた。



「ホントに送っていかなくて大丈夫か?」

「大丈夫。まだ外明るいし、よゆーよゆー。」

「それじゃあ、明日はどうする?朝飯も食いに来るか?」


 少し考えた後に、宇佐美は答える。

「うーん、朝は大丈夫かな。」

「ホントか?朝飯食べないと、集中力がガタ落ちするんだぞ?」


「三上君は私のお母さんかなんか?そのくらい自分で何とかできる。」

 困ったように笑う宇佐美。

「じゃあ、弁当は学校でうまい具合に渡すよ。」


「うん、ありがとう。じゃあ、バイバイ。三上君。」

「おう、またな。宇佐美。」


 宇佐美はそのまま夕闇へと消えていった。俺に手を振ってきた宇佐美の手はか細く、今にも折れてしまいそうに見えた。





 












 俺は致命的なほど無知で馬鹿で、彼女が明日の朝は来ないと言った理由も、抱える傷も、その目にたまる涙の意味さえも———————何一つ、理解できて、いや。理解しようとしていなかった。

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