第2話 懲役ババア

《殺の素が 九時を お知らせします》


  ポッ


  ポッ


  ポ―――――――ン


《You're listening!!》

《You're listening!!》

《You're listening to HEAVEN's RADIO!!!!》


《――――さァ始まりましたヘヴンズレディオ! 本日もお相手はあなたの鼓膜の破壊者・DJエンヴィルがお送りしまァす! まずはなんといっても某最強ババアですよねェ。語らせてくださいよォ。

 二十年前、ババアが善神マールを殺害したことで世界の善悪のバランスはブッ壊れ、悪ばかりが蔓延はびこる時代になったって事実を知らない奴はいませんよねェ! おかげで銃弾やらミサイルやらの飛び交う紛争は日常茶飯事! ワタシみたいな悪人にはクソみてえに過ごしやすくはなりましたけどもまァ毎日の犯罪の多いこと多いこと。でもワタシは犯罪はしませんよォ、なぜかって? 邪悪警察と最凶裁判があるからに決まってるじゃないですか!

 もはや司法はエンターテイメント! ババアの裁判見ましたかアレ? 裁判長ノリッノリで楽しそォ~~に判決を出してたでしょ? この世から善人が消え! 悪人が悪人を面白がって裁く世の中! いやはや犯罪なんてとてもとても……えっ、バレないようにやってるだけだろって? まァさかまさか!

 さて戯言はこのくらいにして、リスナーのカスどもからのお便りを読んでいきたいと思いますよォ。まずは血罵ちば県在住の――――》


 ポータブルラジオから流れる高らかなDJの声が『ブツン』と途切れた。ババアが投げ飛ばした巨漢の体が、ラジオを潰してしまったからだ。


「グハアアアッッ!?」

「こっ、このババア……! 囚人番号42731〝殺戮大帝〟ジェノサディオンをいともたやすくしやがった!」

「そんな! ジェノサディオンは懲役年数億越えだぞ!?」

「クソッ! このア・ヴァシリ監獄では新入りの囚人に血の洗礼を浴びせなくてはならぬ! 誰か腕に自信のある者、あのババアをブッ倒ギャアアアアアア!!!!(失神)」

「ババア……強すぎる!」


 ア・ヴァシリ地下監獄、第三層、通称『底の底』。

 暗くじめじめとした牢獄の広間で響き渡るのは、囚人たちの断末魔や、命乞いである。


 その惨禍の中心にいるのが、懲役99999億年の大罪人・ババアだ。ボーダー柄の囚人服を着用し、白髪を頭の上で団子のように結っている。大きな丸眼鏡が特徴的である。

 囚人が悲鳴を上げるのは、ババアによりちぎっては投げ、ちぎっては投げられているからであった。

 やられている彼らは、新入りのババアを下っ端として扱うべく自分たちの強さを誇示しようとしたのだが、懲役年数が数百万~数億の有象無象ではババアに勝てるはずがないのも道理である。


 ババアは自らを取り囲んでなおも襲い掛かろうと機を窺ってくる身の程知らずたちを前に、あくびをした。


「眠気覚ましにもならねえな。もう寝ていいか? 眠りながら戦っても勝てそうだからよお」

「舐めやがって……!」

「待って、みんな」

「ッ!」


 声が聞こえ、囚人たちの群れは一様に畏敬の表情を浮かべる。

 人垣の奥から歩いてくるのは、中学生ほどにも見える少女であった。


 否……

 少女は、少女の姿をしているだけの何かであるというべきか。装いは周りの囚人と同じくボーダーの囚人服だが、頭の横にはヤギのような悪魔の角が生え、どす黒い煙のようなオーラを纏っている。


「新入りの囚人? 初めまして。私はア・ヴァシリ最強の囚人。懲役年数は6666億で――――」


 言いかけたところでようやく人垣が完全に脇に退き、少女とババアを対面させた。

 ババアはニヤリと笑い、片手を挙げた。


「よう、アクノ。久しぶりだな」

「――――ば」


 少女が驚愕する。


「ばばさまッ!?」

「バカ孫よ、息災だったかあ?」


 かっかっか、とババアが哄笑した。

 ババアの孫娘たる少女は、あんぐりと大口を開けたまま動けない。囚人たちもざわついている。

 構わずババアが少女へ近寄っていく。


「さ、帰んぞアクノ。脱獄だ」

「ちょちょちょ待って待って待って。何でばばさまが監獄に!?」

「悪いことしたからな」

「ばばさまが誰より邪悪なのは知ってるよ!?」

「いいからさっさとここを出っぞ」


 少女は、手首をババアのしわくちゃの手に万力の如き力で握られ、引っ張られていくが……

 必死で振りほどき、「ねえ、ばばさま」と呼びかけた。


「何だあ?」

「こっちのセリフ。何のつもりなの」

「アタシゃおまえの脱獄を手助けするためにわざと捕まったのよ。おまえは無実の罪で投獄された。孫を助けようとしない祖母がいるか?」

「……元はといえば、あなたのせいでしょ」


 少女の纏う闇のオーラが濃くなっていく。悪魔の角がミシリと僅かに成長した。


「あなたが善神マールを殺したから世界はクソ溜まりになったんでしょ! 抑えるもののいなくなった悪……〝悪神カクヴァ〟は一気に人類を狂わせて、力を増した。その結果生まれたのがこの私!」

「あー」

!! 私は純粋に人間の子として生まれながら、悪神の悪性を受け継いで……悪神の子となった。悪神の子もまた、邪悪な存在。何の罪も犯していないのに懲役6666億年だ。そうなったのは……ばばさま、あんたのせい」

「はッ」


 ババアは嗤った。「ションベン垂れのガキが。もっと割り切って考えろ。アタシのことが気に入らなくたって、脱獄できるんだから万々歳じゃねえか」


「私をガキと呼んだ? 私は曲がりなりにも神だ。悪神カクヴァの力の一部を行使できる」

「すぐカッカするクソガキ~」

「私は生まれながらにして悪」


 少女・アクノが歯軋りをする。握り拳を震わせる。


「だから罪人の集まる監獄の底辺にいるべきなんだ。邪悪な私にはここしか居ていい場所がない。脱獄したら、きっと澄んだ青空を見てしまう。あの美しい、シャバの空を……。そんなことは悪辣なクズである私には許されない」

「拗らせてやがんな~~。これだから中坊はよ」

「私はもう十六歳だ」

「数え間違いじゃねえか?」

「それ以上私をバカにするなら、いくらばばさまでも容赦しない」

「なあアクノ。手前てめぇは言ってることが滅茶苦茶だってのを理解しろや。本当の望みを言え」

「……忠告は、した!」


 アクノの角がギシギシと伸び、全身を包む闇が濃くなる。悪神カクヴァ、その落胤らくいんの力を行使しようというのだ。

 相対するババアは獰猛な顔で頬を歪ませ笑っている。


「ほーオ。なかなか」

「や……ヤバイッ!」


 固唾をのんでふたりの動向を見守っていた囚人たちが慌てだす。


「アクノさんが本気を出すぞ!」「懲役年数66666億……666666億……まだ上がっていくッ!」「あれに暴れられたら監獄自体がブッ壊れちまうぞ!」「でもアクノさんに限って暴れることはないんじゃね」「今回はわからねェだろッ! どけ! 俺が先に逃げんだッ!」


 逃げ惑う囚人たちをよそに、アクノは落胤形態への変身を完了していた。全身に髑髏どくろのような鎧を纏い、捻じ曲がった大角の威容はさしずめ悪魔の女王。体の大きさはそのままに、悪神カクヴァ由来の悪性を凝縮し、桁外れの悪力を宿している。


「……どウだ。コれが私ノ、醜クも膨大ナ悪性。懲役年数デ表せバ、66666兆であル。ばバさまなんカ瞬殺でキる、絶対ナるチカラだ。……こレを見てモまだ、私ヲクソガキ呼ばワりすルか、ばばさマァッ!!」

「やれや、ガキ。くッだらねえ力を持て余し、おまえにはなんも見えちゃいない」

「こノ……ババア――――――――ッッ!!」


 怒気を放つアクノ! 両腕を掲げれば、邪悪なエネルギーがその頭上に集中していく。悪性のチカラは暗黒の太陽のごとき巨大な球となり、遂に撃ち出された!

 逃げ、遠巻きに眺める囚人たち!

 やりすぎた、と後悔の表情をするアクノ!

 闇の砲弾は空を裂き、


 ババアが『ニヒィッ』と嗤う!


「ぬるいんだよ。嫌々いやいや悪になった奴が! 真の悪に勝てるわけねえだろオがァ――――――――――――――ッッ!!」


 ババアの懲役年数――――99999京ッッ!!

 エネルギー弾はババアの一睨みで弾け飛び、爆発した!

 爆炎で焦土と化した周囲一帯。ババアとアクノだけがそこに立っている。

 互いに、無傷。

 しかし精神へのダメージは……


「ソんナ……。私のイヴィルカノンが、たダ睨まレただケで……」

「アクノ」

「ひっ!?」


 愕然とするアクノに、ババアがずんずん近寄ってくる。後ずさりをするがババアは瞬時に間合いを詰め、アクノの髑髏の兜にデコピンを喰らわした。


「ごわ――――――――っっ!?」


 吹き飛んで監獄の壁に叩きつけられ、クレーターをつくる。兜は割れて、アクノの顔がよく見えるようになった。

 意識が飛びかけるが、拳を握りしめてなんとか保ち、顔を上げる。体勢を立て直そうとするが、前のめりによろめいて――――


 ババアに抱きとめられた。


「……ばば、さま……」

「バカ孫が。頭が固ぇんだよ」

「……?」

「おまえは悪じゃない」


 アクノはババアより背が高いが、不思議とババアの方が大きく見える。ババアの手が不器用に孫の背中をぽんぽんと叩いた。


「生まれながらの悪なんざ存在しねえよ。行いの結果として悪があるだけだ。人は誰もが無垢で生まれる。悪神の子だろうと変わらねえ」

「だけど……」

「おまえは囚人のトップとして信頼を得ているな?」

「……それは」

「さん付けで呼ばれ、畏敬されつつ親しみを持たれている。アタシへ攻撃する時も他の囚人どもが巻き添えで死なねえように避難完了を待っていた。普段から囚人たちを気に掛けており、バラバラのクズどもをひとつにまとめ上げている。並みの人望じゃあできねえ」

「……」

「おまえの行いは善だ。少なくともおまえ自身はそう信じたはずだ」


 ババアの枯れ木のような手は、それでも体温を伝える。アクノの目に涙が浮かぶ。絞り出すように声を出す。


「私は……悪になりたくなんかなかった。でも、悪神の子としての運命に従うしかなかったんだ」

「運命なんざ変えちまえ」

「……無理だよ。いくらごまかしたって、悪神の力はこびりつき続ける。周りから見たら、悪神の落胤だからというだけで悪なんだ」

「だからこそ、変えられるんだぜ」

「えっ?」


 ババアはアクノの肩を掴み、体を離した。正面から視線がぶつかり合う。


「善神マールはアタシが殺した。この世から善とされているものは消えちまった。なのにおまえは未だ善の輝きを持っている。なぜだかわかるか? おまえが、悪神とはいえ、神と呼ばれる超越した存在だからだ」

「ばばさまや、囚人のみんなは、どれだけ強力な異能を持っていても……元は普通の人間。だから神の影響を受けるけど、私は違う……そういうこと?」

「おまえは善を為せる悪神だ」


 ババアは丸眼鏡の奥から強くまっすぐな眼差しを送る。


「この世界は、善悪を神が規定する歪んだ世界。おまえならそこに革命を起こせると信じた。だからアタシゃわざと収監されておまえに会いに来たのよ」

「革命って……?」

「悪神カクヴァを殺す」

「……っ!」

「神を殺すことで、善も悪も自分で決める世界を生みだす。それがアタシの目的だ。ともに来い。脱獄すんぞ」

「……脱獄なんて無理だ」

「八十年生きてきたが、不可能なことなんざ一度もなかったぜ」

「本当に無理なの! このア・ヴァシリ地下監獄が脱獄不能といわれるのは、警護が万全だからとかじゃない。……ッ!」


 それを聞いたババアは、ニヒッ、と笑った。


「おもしれえ」

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