第37話 姫君の肖像〈王妃side〉

 クラウンの婚約者の事、第二王子派の動き、どちらも今はひと段落した。


 まだ不穏分子の洗い出しは続いているけれど、今現在私ができることは無くやっと一息ける。


 そんな平和な午後のことだった。




「王妃殿下、マイティー姫の姿絵が到着致しました」


「あら、楽しみにしていたの。早くこっちに持っていらっしゃい」




 現在は隣国の王宮に住まうマイティー第三王女。


 その肖像画を待ち兼ねていた私は機嫌よくそう言った。


 マイティー姫の母であるコンシール侯爵令嬢とは面識はなかったが、姫の祖母コンシール夫人は典型的な美人だし、コンシール侯爵と隣国の国王もそこそこ悪くない顔立ちだ。


 きっとマイティー姫も凛とした美人だろうと、私はワクワクしていた。




「こちらでございます」




 目の前に大きな絵画が運ばれ、静々と布が取り払われる。


 そして私は固まった。




「こ、この御方おかたが……マイティー姫……?」


「……左様でございます」




 目眩めまいがした。


 いや、決してブスでもデブでも無い。


 人の美醜という点では何ら問題は見当たらない。




 きらめく蜂蜜色の金髪。


 海のような青緑色の瞳は切れ長の三白眼さんぱくがん




 何と言うか……中性的?




 凛々りりしくキリリと直線的な眉。


 鼻は高く、形は良いが存在感がある。


 面長おもながで細っそりとした頬。


 何でもよく噛めそうなアゴ。


 細く弧を描いた唇。


 楽器演奏向きな大きな手に長い指。




 どう考えても手にしたカップが小振りに見える。


 ソファーのサイズにも違和感が……。


 遠近法?


 いや、違うと思う。


 ハッキリ言えば……。




 雄々おおしい……。




 きっと女性にモテるだろう。


 彼女を男装させて二人を並べたら……。


 息子にあらぬ噂が流れそうで怖くなる。


 確実にはクラウンだ。




 しかも彼女は護身術の腕も良いらしい。


 私にはマイティー姫の尻に敷かれる我が子の姿が見えた。


 物理的に……。




「クラウン……ごめんなさい……母を許して……」




 グレイシアを捨ててルーザリアを選んだクラウンだ。


 きっと彼の好みは、小柄で可憐で儚げで……。


 守ってあげたくなるような美少女だろう。


 決して女騎士のほうが似合いそうな、守ってくれるタイプでは無いはずだ。


 クラウンが国王として求められる仕事は唯一、妃と世継ぎを作る事だけなのに……。


 隣国の王女が妻では、公妾こうしょうを置くなんて不可能に近い。


 そんなことすれば戦争が起きるかもしれない。




「……そうだわ! ──クラウンには直接会うまでサプライズにいたします。ですからそれまで、決してマイティー姫の容姿については他言たごんしないように」




 この場にいる者全員を見渡し念を押す。


 そしてもう一度肖像画に目を戻した私は、何事もなかったようにそっと布を掛け、王妃の寝室のクローゼットに運ぶよう言いつけた。


 大丈夫。


 きっと何とかなるわ。


 私は心の中で呪文のように何度もそう唱えた。

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