第24話 取り戻したもの

「え……っと。もしかして……」


「殿下は偶然選んだ婚約破棄こたえが、たまたま俺の望みあたりで良かったよね?」




 どうやら私の想像は的外れではないみたい。


 途端に昨日の別れ間際の事が思い出されて鼓動が速くなった。


 ヴィックがゆっくり、テーブルを回り込んで私の隣に座る。




「何のためにシアと殿下の婚約破棄を望んだのか……? 昨日はちゃんとその意味を分かってくれたと思ったんだけど……違うのかな?」


「だけど……勘違いって事もあるし……」


「そっか。それならやっぱり、きちんと言葉にするよ……」




 ──絶対に勘違いできないように。


 確かに最後、そう聞こえた気がした。




 ヴィックは私の手を取りひざまずく。


 それはまるで物語の一場面のように、優雅で洗練された動きだった。




「グレイシア、キミを取り戻すためにこんなに時間がかかってごめん。もし可能であれば……あのケンカをする前から、もう一度やり直すチャンスを俺に与えて欲しい」


「ヴィック……」




 それはクラウン殿下に婚約を申し込まれた時から、ずーっと私が後悔していた事だ。


 あの時ヴィックとケンカなんてしなければ良かったって……。




「……ダメかな?」


「そんな事ないわ。私も、あの時ごめんなさい。お母様から『バラ園ではお兄様やヴィックと離れないように』って言われてたのに……だからバチが当たったんだって、そう思ってた。もしやり直せるなら、私もあの時からやり直したいもの」


「……良かった。ありがとう」




 安堵したヴィックがポケットから何か取り出し、私の手に乗せる。




「指輪?」


「あの時渡し損そこなった」




 それは銀色に輝く鷲目石イーグルアイをダイヤで囲んだ、小さな小さな指輪だった。




「あの時言ってた渡したいものって……」




 あの日、何かくれると言っていたヴィック。


 ちっとも教えてくれなくて、バラ園に行ったらって言ってたのに、着いてからもまだダメって言って……。




「これ、本当は婚約式で渡すはずだったのを待てなくて、親に内緒であの日渡そうとしたんだ」




 それなら……。


 ヴィックはお兄様が離れるのを待ってたのかも?


 なのに私は待てなくて、何度もくり返し聞いてしまった。


 きっとヴィックはお兄様の前では恥ずかしかったんだわ。


 だって知られたら揶揄からかわれるもの。


 子供の時のお兄様なら……絶対やる。




「バラ園で渡したら、きっとシアは喜ぶと思った。なのに上手くいかなくて……」




 それであんなに早足でぐるぐる歩いてたのね。


 余計に渡し辛つらくなってた所へ私まで困らせた……。




「しかもシアまで不機嫌にさせた。気が付いたら心にもないこと言っていて……自分でもなんであんなに怒ったのか分からないんだ」




 それならあれは『他愛も無い理由のケンカ』なんかでは無かったんだわ。


 きっとヴィックは私よりずっと深く悔いていたのかもしれない。


 私は罪悪感に囚われ俯いた。


 その時一瞬ヴィックと目が合った。


 真剣な銀の瞳で強く見詰められハッとする。




「今なら……いや、こんなに遅くなってしまったけど、受け取ってもらえるかな?」


「はい」




 子供用に作られた指輪は、今の私では小指の途中までしか入らないだろう。


 本当に小さな指輪。


 私はそっと摘つまんで眺めた。




「貸して?」




 ヴィックは用意周到で、銀色のチェーンに通してペンダントヘッドのようにしてくれる。


 そのまま彼が着けてくれて、ついでにギュッて抱きしめられた。




「シア、ずっと好きだった。ぜんぜん諦められなかった」


「嬉しい……私もヴィックが好きよ」




 束の間離され見つめ合い、そして目を閉じた。


 唇に温かく柔らかいものが触れ、離れていく。


 私が思い切ってヴィックに抱き付いたら、彼も優しく腕を回してくれた。


 私たちはやっと今、あの日の本当の仲直りができたような気がする。

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