第22話 二人の心

 ヴィクターの腕は細そうに見えてもやっぱり逞しい。


 さすが男の子……いや、もう大人の男性なんだと実感する。


 彼の腕に抱き込まれ、こんなに異性に近付いた経験のない私はそれだけでパニック寸前。


 心臓がバクバク音を立て、次第に頭ものぼせてきた。




「シア?」




 私の体から力が抜け、ヴィックはハッとして慌てて抱きしめるのは止やめたけど、まだ腕を退けてはくれない。


 おかげで私はきっと真っ赤だわ。


 恥ずかしいやら困惑しているやら、彼の顔をまともに見られそうにない。


 だから俯うつむいていたのに、それを彼は許してくれなかった。


 多分心配なんだろうと思うけど、頬にそっと手を添え覗き込んできて目が合った。


 と思ったらすぐに顔を背そむけられてしまう。


 何だろうと考える前に、目の前に見える彼の耳が赤く染まっていく。




 あれ?


 ヴィックも恥ずかしくなったの?




 そう思ったら益々私の顔も熱を持って、これ以上無理だと思って腕の中から抜け出そうとした。


 そこまでチカラが入ってないのに彼の腕は解けない。




「ヴィック、離して……」




 降参の声は情けなくも震えていた。




「あ、悪い……」




 彼は名残惜しそうに片腕だけ外してくれて、そのままさり気なく車窓に顔を向けた。


 でも残念かな、外は暗く窓ガラスは鏡のよう。


 隠してるつもりでも全部映ってるって……言わないほうが良いわね。


 絶対墓穴を掘りそうだわ。


 お互い顔は合わせないけど、それでもポツポツと会話はした。


 もう連絡事項の伝達以外の何ものでも無かったけど、そうでもしなければあの場を乗り切れなかったと思うから仕方ない。


 特筆するなら、家に着くまでヴィックはずっと隣にいたし、最後まで腰に回された腕は解かれることがなかった。




「着いたよ。明日、また今後のことを話しに来る。しばらくはゴタゴタするし危ないから、外出はしないで」


「分かった。でも実行犯はもう捕縛ほばくしたのでしょう?」


「そうだけど、あのフールがどこの手の者か確定するまでは、何があるか分からない」


「まぁ良いわ。そんなに長くはかからないでしょう?」


「あぁ。フォックス公爵父上が珍しく『総指揮を執る』って張り切ってたからね。でも、どうしても外出が必要なら、その時は俺が連れて行くから、絶対一人で行こうとするなよ?」


「はい。約束を守ると誓います」




 私はしかつめらしい顔で右手を小さく挙手し、幼い頃二人で叱られた時にいつもしていた宣誓せんせいのポーズをして見せると、ヴィックが吹き出して笑った。


 多分彼も思い出したのだろう。




「それじゃあ、また明日」


「えぇ。気を付けて帰ってね」




 玄関のエントランスで見送る私をヴィクターがもう一度抱きしめる。


 親愛のハグかと思いきや、頭上に影が落ち『何だろう』と見上げたら、頬に柔らかいものが触れた。




「えっ……?」




 私は頬を手で押さえ硬直する。


 ボーッとして無意識状態で彼の馬車を見送った。


 馬車が正門を抜け門扉が閉まり、鉄柵の向こうに見える石畳の馬車道に豆粒くらい小さくなったころ。


 私はやっとヴィクターにキスされたと理解して、その場にしゃがみ込んだ。




 なに今の!?


 どうしてキス!?




 この国では親愛のハグはしても、恋人や婚約者以外は他人にキスしない。


 その他にキスするのは、家族かよほど仲の良い女性同士、そして愛すべき子供たちくらいなものだ。


 ヴィクターは幼なじみで、クラウン殿下との婚約がなくなった今、やっと以前のように気軽な付き合いに戻れたばかり。




 もしかしてこれはヴィックが喜び過ぎた結果、浮かれてあんな挨拶をしたの?


 それとも私のことを子供扱いした?


 でも、馬車の中での雰囲気からすると、ヴィックだって意識していたと思う。


 それじゃなかったら、あんなに真っ赤になったりしないでしょう?




 という事はやっぱり。


 ちゃんと分かってて、あえてキスしたって事で……。




 あぁ、明日どんな顔をして会えば良いんだろう?




 私はしばらく立ち上がることができなかった。

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