第33話

  3月14日の夕方。

彩は学校から帰ると2階の部屋で本を読んでいた。

母親が仕事から帰ってきたようで階下から

「彩~、ただいま~、彩宛てになんか届いてるよ」と言うので彩はすぐに階下に降りて

「お母さん、お帰り、何だろう?」と紙袋を受け取った。

紙袋の表には『アン様へ』と書いてあった。


(マシュウおじさんから?)


いつもは新聞の間に挟んで朝届くのにどうしたんだろうと紙袋を持って自分の部屋に戻った。紙袋の中を覗いてみると中に封筒が2つ入れてあった。

取り出してみると一方の封筒の表に『こちらから見て下さい』と書いてあった。

書いてある通りに彩はその封筒を開けて手紙を取り出した。





―― アン様へ 


アン様、こんにちは!

突然ですがバレンタインデーに手作りチョコを頂いたのでホワイトデーに何かお返しをと思って今日お届けしました。

気に入ってもらえるどうか分かりませんが一緒に入れておきます。


それからもう一つ、アン様にお伝えする事があります。

実は新聞配達なんですが今月でやめる事になりました。

アン様とは約1年間こうして手紙のやり取りをして、数えてみたら13通もの手紙を頂いていました。

僕が新聞配達を始めてからこんなに楽しい1年間はありませんでした。


アン様から初めて手紙を頂いた日の事をよ~く覚えています。

なぜならその日はバレンタインデーだったからです。

今だから言いますけれど僕はまるで恋人からラブレターをもらった気分でしたよ。

おじさんの独り言です(笑) 忘れて下さい。


今月いっぱいはまだ僕が配達をしますが来月からは別の方が配達して下さると思います。

そんなわけで僕からアン様への手紙はこれが最後になります。

アン様からの手紙はずっと僕の宝物です。

本当にありがとうございました。

どうか身体に気をつけて有意義な高校生活を送ってください。

これからもずっとアン様のご活躍を陰ながら応援しています。


―― マシュウおじさんより





 えぇっ!マシュウおじさん、新聞配達やめちゃうんだ。もう手紙のやり取りも出来ないんだ。いつも助けてもらってたのに淋しくなるなぁ……。


彩は1年前の事を思い出していた。

そうか、あの雪の日は2月13日だったんだ。その夜、ポストに張り付けたからマシュウおじさんが受け取った日はバレンタインデーの日だったんだ。

ヤダぁ、マシュウおじさんったら、恋人にラブレターもらったみたいだなんて、もう勘違いしすぎ。

おまけに今年手作りチョコもあげちゃったしなぁ。

あぁ~、私ってなんて罪な女でしょう!

許してください。マシュウおじさん。


いけない、いけない、妄想しすぎてしまった。


あっ!そうだ!


ふと思い出して封筒が入っていた紙袋の中を覗いてみた。

中にはキーホルダーとハンカチが入っていた。


キーホルダーは猫のキーホルダーだった。


わぁ~、猫、嬉しい。


ハンカチはふわふわ柔らかい質感のオーガニックコットンで猫とAのイニシャル入りの可愛いものだった。


きゃぁ~。ハンカチも可愛い。

Aのイニシャルはアンのイニシャル?私は彩だから丁度良いけどね。

私の猫好き、マシュウおじさんの手紙に書いたっけ?

マシュウおじさんにお礼の手紙書かなきゃなぁ。

私もお返しのプレゼント、まるで恋人からもらったみたいに嬉しかったですって書いちゃおうかなぁ。


そう思いながら彩は早速、自転車の鍵の赤いリボンを外して猫のキーホルダーをつけてみた。


うん、いい感じ!と眺めていたが、


そうだ、もうひとつ封筒があったっけ?


と思い、もう一つの封筒を開けて手紙らしきものを取り出した。



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