死霊術との戦い方 前編

 アルマは自身に火妖精の力を纏いながら、「なにか」と戦っていた。

「なにか」は動きは鈍いものの、その力は強く狂暴で、腕を振るうたびに、墓地の墓石を叩き割っていく。それにアルマは「ちっ」と舌打ちしながら、火妖精の力で落ち葉に火を付け、辺りを燃やして回っていた。

 落ち葉が燃えれば、辺りの大気は熱が篭もり、アルマの体温も上がり、汗がじわりじわりと噴き出ては蒸発していく。

 次から次へと遺体が起き上がれば、オズワルドの周りの町を巻き込む。遺体を燃やして「なにか」にするのを防いでいたのだ。


(「なにか」は幸いなことにリビングデッドのなり損ないみたいだけれど……これが白骨でも動き回るスケルトンになったら、私だと手に負えないわ……)


 既に箒は後輩たちに貸し与えてしまったし、アルマは妖精術を駆使して足止めをするのが精一杯だ。

 死霊を一掃できるような魔法は、残念ながら彼女の専門外であり、もしそんな人がいたら、今頃その人は聖者として崇められていることだろう。


【アルマ、ダイジョウブ? ダイジョウブ?】


 心配そうにレーシーは飛び交うが、レーシーはそもそも探索特化の妖精であり、戦闘には不得手だ。それにアルマは苦笑する。


「大丈夫だったら、苦労しないわ。後輩たちを逃がすことなく、ルーサーに頼んだ援軍の合流を待つことなく終わらせてたもの……墓参りの人たちが来たら言って。あの人たち守って戦える保証はないもの」


 アルマはそうレーシーに指示を飛ばすと、レーシーは小さく【ワカッタ】と答えて羽ばたいていった。

 ひとり、「なにか」と対峙しながらアルマはあとどれだけ火妖精を纏って戦えるかを考える。

 頭に熱が回ると、さすがの彼女も思考が鈍くなる。


(私……まだルーサーとまともにしゃべってないのよ。ただ偉そうな魔法使いの先輩としてしか、彼と一緒にいない)


 妖精についての研究にだけ邁進できれば、彼のことを考える隙間なんてなかっただろう。だが、彼との優しい想い出が、彼女を妖精郷に駆り立てていた。

 妖精郷に行って、失われた記憶を取り戻したい。それでルーサーが自分のことを思い出してくれる保証はどこにもないが、それでも、彼の優しい想い出を滅茶苦茶にしてしまった責任は取れるような気がする。

 親に忘れられても、友達に忘れられても、町の人たちに忘れられても、ただ悲しくてやりきれないだけだったというのに。ルーサーに忘れられてしまったことだけは、彼女の中でどうしようもなく納得のできないことだった。まだ小さく無邪気だったラナが、彼女の中で駄々をこね出すのだ。


(……こんなところで死ねないのよ、私は)


「なにか」がようやくアルマに追いついたが、アルマは火妖精の力を地面に向けて打った。墓場の土は柔らかな腐葉土であり、その日はよく乾いていてよく燃える。


「しばらくあなたは、私と一緒に炎の鬼ごっこをしましょう?」


 アルマは火妖精に続いて、風妖精の力を自身に纏った。

 体に溜まった熱が、風の涼やかさのおかげで多少なりともマシにはなった。

 あまり魔法を同時使用すれば精神的にくたびれて倒れてしまうが、死ぬよりはマシだった。

 彼女は生存欲がとことん強いが、いつにも増してそれがみなぎっていた。


****


 オズワルドは基本的にあちこちで魔法の事故が起こり、トラブルが発生する場所である。

 魔法生物が逃げ出すことも、古代魔法の再現に失敗して爆発することも、ありていに言えば「よくある話」であった。

 魔法を身近にしている人々にとってはよくある話だが、普通科に通い、つい最近まで魔法の基礎教養すら身につけていなかった生徒たちからしてみれば、「そんなこといつもあってたまるか」になる。

 そして、その「よくある話」に最初に気付いたのは、テルフォード教授であった。

 召喚科の個室で紅茶を飲んでいるとき、ふと気付いた。

 あちこちにかけてある呪い避けの壁飾りが、揺れているのである。


「……この間、禁書を三冊も持って行かれた影響が、うちにも現れたみたいだねえ」


 すぐに使い魔のカラスに、オズワルド全域の教授講師陣に連絡を入れた。続いて普通科生徒には呪い避けの部屋への避難指示、錬金術科には地脈を辿って災害位置の特定、その他生徒たちには戦闘態勢への備え。

 それらを一斉に送ってから、「さて」とテルフォード教授は荷物を背負った。


「うちの子、大丈夫かな」


 クールを取り繕っている養女ではあるが、彼女は本人が認めたがらないがお人好しなのである。大方今回の件にもなんらかの形で関わるだろう。

 そう思いながら、ひとまずは自身の研究室を出る。

 親馬鹿の傾向の強いテルフォード教授ではあるが、娘の実力はわかっている。死なないように最大限努めるだろうと思いながら、普通科校舎へと足を運んだ。未だに魔法に対する防衛を学んでいない普通科生徒を避難誘導しなければいけないからだ。


****


 アイヴィーとジョエルは、のんびりと食堂でおやつを食べていた。さっくりとしたアップルパイは、おやつの時間にちょうどいい。

 既にジョエルはシャワーを浴びてきたところなため、今日は鉄粉を纏ってはおらず、クーシーもおかしな反応はしない。


「なんだか最近慌ただしいね」


 ジョエルがそう言うのに、アイヴィーは「ええ?」と首を捻った。


「慌ただしいって……いつものことじゃないの?」

「そりゃそうだけど。最近禁術法に反しないようにって、禁書に手を出す人が続出しているから。図書館司書が注意したり図書館から出禁にしたりしているけど、全部対処できているとは限らないんじゃないかなあ……」

「そりゃねえ。魔法使いなんて、知識欲の塊だもの。駄目って言われたものは意地でも読みたくなるんだわ」

「でもねえ……禁書って、禁書と引かれ合って変な反応起こすことがあるから……大丈夫かな」


 魔法使いだとよくある世間話。一般人が新聞に書かれた殺人事件であれこれ討論するようなものだったのだが。

 そこへ「い、いた……!!」とぜいぜいと息を切らしているルーサーが現れたことに、ふたりはキョトンとする。ルーサーの黒い前髪は、形のいい頭にペタンと貼り付いてしまっている。


「あら、どうしたの? 今日はアルマと一緒じゃないのね?」

「さ、さっきまで一緒だったんですけど……ちょっと、大変なんです……」

「落ち着いて。あとちょっと深呼吸して」


 アイヴィーがコップに水をもらってきてルーサーにあげる中、ジョエルは少しだけ厳しい顔をした。


「アルマが俺たちのところに君を寄越したってことは……なにかあったの?」

「その……禁書の内容が一部外に出てしまって……今アルマは、そっちに対処しています……」

「内容が流出? それって……」

「死霊術だと……言ってました……」


 ルーサーの絶え絶えな息に、ふたりは顔を見合わせた。

 そのとき。途端にクーシーが「ウウウウウウウ……」と唸り声を上げはじめた。

 クーシーだけではない。使い魔を連れている人たちの使い魔が……猫、犬、カエル、ヘビ、ねずみ……一斉に鳴き声を上げはじめたのだ。

 それにルーサーはだんだんと体温が下がっていくのを感じたが、アイヴィーは「あー……」とだけ言った。


「こりゃもう、うちのほうでもなんかあったみたいね」

「ど、どういうことでしょうか?」

「禁書ってねえ、中身が流出しないように仕掛けがあるのよ。中身が流出したら、その場を『なかったこと』にしようって魔法が作動するの。この辺りは多分普通科でももうちょっとしたら基礎教養で習うと思うんだけど」


 さらりとアイヴィーは言ってのけているが、要は自爆すると言っているのである。それにルーサーは顔を青くする。


「それって……大変なことじゃないんですか!?」

「そっ、大変。だから禁書の術の流出は、今頃アルマが対処しているだろうから、あたしたちはなんとか持ちこたえなければいけないのよ。でもあなたはまだ魔法が使えないし、早めに呪い除けの部屋に避難したほうがいいわよ? 多分そろそろ先生たちが、普通科の子たちを避難誘導するために、使い魔ばら撒く頃合いだし」


 アイヴィーにあっさりとそう言われて、ルーサーは考え込む。


(前のときも……アルマに再会したときも……僕、ただ慌てふためいているだけで、なんの役にも立ってない。オズワルドに来たのだって、呪いのせいで人間関係滅茶苦茶になるくらいだったら、町から離れないとくらいだったし……未だになんの魔法をやりたいのかなんてないし……でも……)


 ルーサーの瞼の裏に、アルマの背中が浮かんだ。

 ローブを纏い、伸ばしっぱなしの長い栗色の髪。森の賢者を思わせる翠色の瞳。無愛想な表情ばかり浮かべるが、とことんお人好しで、それでいて彼女は気高い。


「……僕に……なにかできないですか?」


 今頃アルマは、後輩たちを庇って頑張っているのに、自分だけ安全な場所に逃げ込んでも、後悔するとルーサーは思った。

 それにアイヴィーは面倒臭そうな顔をする。


「あのねえ、無知と無茶って、一番迷惑なのっ! だから大人しく避難して……」

「うーん、むしろ君さ。暇ならこれ、やっておいてくれない?」

「えっ?」


 アイヴィーの暴言に口を挟んできたジョエルは、なにやら書き込んである羊皮紙をルーサーに渡してきた。


「これは……」

「死霊術だったらこれで対抗できるはず。俺たちが前線に出てたら調合できないしさあ、だから、普通科の子たちと手伝っていいから、それ調合しておいて。できたら瓶に入れて、俺たちに投げてくれたらいいから」

「……わかりました。呪い除けの部屋に行く前に、薬草園で摘んでから行きます!」


 そう言ってルーサーは走り出していった。

 アイヴィーはそれに目を丸くする。


「ちょっと……なんの調合頼んだのよ?」

「なにって、聖水だけど?」


 それにアイヴィーが目を見開く。

 聖水。死霊魔法の対抗手段たるものだが、それは錬金術や魔女学など、地道な作業を手順通りに、焦らず落ち着いてつくるものである。

 古典的な魔法こそ、地道で目立たないこつこつとした忍耐が必要となってくる。


「……それ、無茶苦茶手順が込み入ってるから、魔法習い立ての子がつくれる訳ないでしょ!?」

「でも俺たちが戦っている最中で、調合が完了したら格好いいんじゃないの? 俺は、結構彼を買ってるんだよ。アルマがずっと気にしてるからねえ」


 その冗談めかした言葉に、アイヴィーは目を細めた。


「……それ、仲のいい幼馴染をぽっと出に取られたって思ってるの?」

「君はいい子だけど、なんでもかんでも恋に取るのはよくない癖だと思うよ」


 ふたりでそう軽口を叩きながらも、窓をビョウビョウと不自然な音が叩き付けているのを耳にしていた。

 禁書の内容が流出したせいで、禁書に封じられていた数多の死霊が、暴走をはじめたのである。

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