食堂の姉妹

 汽車は蒸気を上げて走って行く。

 オズワルドの生徒たちがのんびりと窓の向こうを眺めている中、ルーサーは「うわあ……!」と感嘆の声を上げていた。


「すごいね、ニコヌクレイクってこんなに綺麗な湖の畔にあるんだ……!」

「そうね。今時、一角獣が角を落とすような湖なんて、この国だったらもうニコヌクレイクにしかないわね」


 ルーサーの声に、淡々とアルマは答える。アルマは妖精の本を読んでいるらしいが、残念ながら今のルーサーでは、彼女がなんの文字の本を読んでいるのかがわからなかった。

 あまりのも乏しい感想に、ルーサーは拍子抜けする。


「せっかくの観察なのに、君は湖を見なくてもいいの?」

「去年に充分見たもの。それに去年は一角獣の観察はできても、角を拾うことまではできなかったから」

「ああ……そういえば、一角獣の角を拾うっていうのは聞いているんだけれど、一角獣って群れで来るの? それとも一頭だけで来るもんなの?」

「そうね。基本的に一角獣が何頭現れるのかは、未だに統計が取れていないのよ。不規則だからこそ、魔法使いが毎年ニコヌクレイクを訪れて観察を続けているのね。それに一角獣が角を落とすのは、求愛行動なのよ」

「え……?」

「一角獣が獣にしか見えないのは、基本的に人間だけ。乙女に求愛行動をしている妖精っていう見解が妖精学では有力な説なのよ。その年々で一角獣が群れで来るか一匹だけで現れるかが違うのは、求愛行動を取る個体の数とされている」

「そういえば……一角獣は妖精の一種なんだっけ?」

「召喚科でも意見が割れている話なんだけれどね」


 ふたりがそんな会話をしているのを、呆れ果てた顔でアイヴィーは口を挟んだ。


「あのさあ……もうちょっとこう、楽しい話はできない? 折角の校外学習だよ? 湖水地方だよ? もうちょっと他になにかあるでしょ?」

「少なくとも、君たちの場合は積もる話はあるんだろうから、それを話すべきじゃないかなあ?」


 アイヴィーと同じく、ジョエルまで口を出してくるのに、顔を真っ赤にさせたアルマが反論する。


「……後輩に先輩が校外学習の説明をして、なにがいけないっていうの?」

「うわあ、可愛くない。別に恋愛脳になれって言っているんじゃないのよ、あたしも。ただもうちょっと『素敵』『ご飯おいしい』『星綺麗』『楽しい』みたいな感情論も必要じゃないかしらってだけで」

「そういうのって、子供がすべき話じゃないかしら!? オズワルドの生徒が、そこまで短絡的な会話をする必要はあって!?」

「もーう、あたしはもうちょっと素直になあれ、素直になあれって言ってるだけなのに、アルマが怒鳴る~」


 アルマとアイヴィーの会話に、ルーサーは困った顔でジョエルに助けを求めた。ジョエルは「ハハハハハハ」と笑う。


「気にしなくってもいいよ。ただ、アルマは久々に過去の自分を知っている幼馴染に出会って、どう接すればいいかわかってないだけだから。彼女、過去を切り捨てたつもりだったのに、いきなり返ってきて困ってるんだよ」

「……僕を嫌いな訳ではなくて?」

「むしろ逆じゃないかなあ? 彼女、申し訳なく思ってるんだと思うよ。彼女、嫌いなものや興味のないものは視界に入れておきたくないから。それは君も知ってるだろう?」


 それは宿敵である妖精をなんの抵抗もなく石化させたのを見ていたので、よくわかった。


(そっか……僕、アルマに嫌われてはいないんだ)


 汽車は長いカーブに差し掛かり、そろそろ目的地に到着しそうだ。


「まあ、ニコヌクレイクはいい町だし、ふたりでデートでもしてくるといいよ」


 ジョエルにそう言われて、途端にアルマが半眼になって幼馴染を睨み付けた。


「散策よ、後輩を連れて散策だわ」

「はいはい」


 ルーサーはアルマの物言いに、なんとなく笑ってしまった。

 言動こそすっかりと変わってしまったものの、上から目線の割に空回った言動、上品な割に抜けきらないお人好しさ。変わらないものも見え隠れしている。

 この感情は、アルマが切って捨てた「勘違い」なのかどうかまでは自信がないが、再会した幼馴染ともう一度新しい関係をつくれたらいいのにと思う。

 それがどういう名前の付く関係なのかは、彼も思いつかないが。


****


 ニコヌクレイクに到着し、宿に荷物を置いたら早速散策に出かけることにした。

 しかしアイヴィーは自身の連れているクーシーを指さし「犬同伴の店じゃないとあたし入れないから!」と言って、ジョエルを引っ捕まえて去ってしまった。

 どう考えても、気の利かせ方を間違っている。


「……ごめんなさいね。アイヴィー、悪い子ではないんだけれど、人の恋愛話に飢えているところがあるから」

「いや、べつにかまわないんだけれど。でもよかったの? 僕とふたりで」

「……本当は、私はアイヴィーと一緒にいたかったわ。私ひとりだと、なに話せばいいのかわからないんですもの」


 そうアルマが言うと、頬を赤くさせた。困り果てたように、普段弁舌が立つ口元が閉まってしまい、ときおり困ったようにもごもごと動く。

 それを見ながら、ルーサーは「ええっと……」と頬を引っ掻いた。

 彼は彼で、つい先日まで呪われていた関係で、まともな恋愛どころか、友達付き合いすらおろそかになってしまっていたため、どう言えばアルマを傷付けないのかがわからないでいた。


「じゃあ、僕この村初めてだから……食事をどこかで済ませようか。散策はそのあとでもかまわないと思うし」

「え、ええ……この先に川魚のグリルがおいしい店があるの。家族経営の店で和やかだったわ」

「へえ……これだけ湖が綺麗だったら、魚もおいしいんだろうね?」

「そうね。ニコヌクレイクは、川魚の名産地でも知られているから」


 やっといつもの調子でしゃべり出したアルマにほっとしつつ、彼女に案内されて出かけていった。

 村では一角獣の観察や角を拾いに来た魔法使いたちが、あちこちの店で食事をし、そのあとどのルートで拾いに行くかの確認のために湖に出かけているようだった。

 一般人と魔法使いは、ひと目見ただけでわかりやすい。魔法使いは皆、思い思いのローブを着ているのだ。ちなみにローブを着ているのはただ格好いいからというより、中に大量の魔法道具を入れ、取り出しやすいからだろうと思う。

 オズワルドの生徒たちは学院から支給された真っ黒なローブを着ているが、既に魔法学院を卒業している魔法使いは、使い込まれたカーキ色のローブやら、おしゃれにレースをあしらったローブなど、思い思いのローブを着ているようだった。


「思っているよりも、魔法使いが来ているんだね」

「前にも言ったと思うけど、一角獣の角って貴重品なのよ。魔法薬の材料としても高級だし、中には角を細く削って、魔法の杖に使う場合もある」

「魔法の杖って……絵本で持っているあれ!?」

「今だったら、魔法の杖を行使する魔法のほとんどは黒魔法に分類されている関係で、杖関係は廃れるかもしれないんだけどね。杖自体はなにも悪くないから、どうにかアンティークとして残って欲しいわね」


 そういえば禁術禁止法が制定されたせいで、魔法使いが慢性的に不足しているからこそ、一般人でも魔法使いになれるようになったんだったと、今更ながらルーサーは思い出した。黒魔法指定されてしまった魔法の数は両手では足りず、禁止されてしまった魔法使いたちがこぞって行方不明になってしまったからこそ、魔法使いの数が足りないのだと。

 魔法学院の生徒たちや、ニコヌクレイクを訪れる魔法使いの数を見ていれば忘れてしまいがちだが、そもそもルーサーの住んでいた町にだって魔法使いは住んでいなかった。

 杖を使う魔法ってなんだろうと、そんなことを思いながら、アルマについていったが。彼女は「あら?」と少し困った声を上げた。


「どうしたの?」

「前は綺麗な店だったんだけれど……今日は様子がおかしいわね?」

「あそこの店?」


 アルマが教えてくれた目的の店は、いわゆる大衆食堂のようだったが。

 他の店は魔法使いたちがひしめき合っているというのに、ここにはそもそも人影がいない。それ以前に店内も暗いが、空いているんだろうか。


「今日は休みとか?」

「そんなはずないわ。一角獣の角落としの時期に、よっぽどのことがない限り店は開けるものでしょう?」

「たしかにそれもそうだね……聞いてみようか」


 店に近付いてみたら、途端に影からひょっこりと小さな女の子が現れた。


「い、いらっしゃいませ!」

「ええ?」


 麦穂のような髪を太いおさげに結ってあるものの、癖毛が強過ぎるのか、結った傍からピンピンと跳ねてしまっている。

 そしてその小さな女の子の腰には、ベソベソと泣いている更に小さな女の子が貼り付いている。結ってはいないものの、癖の付いた髪がそっくりだ。

 アルマが腰を落とす。


「こんにちは。店はあなたたちだけで切り盛りしているの?」

「そ、そうです! ねっ、ハンナ?」

「うう……ケイトお姉ちゃんが帰ってくるまで、わたしたちだけでがんばるんです……」


 それにアルマとルーサーは顔を見合わせた。


「他の大人もいないの?」

「みんな、ユニコーンの角のためにいそがしいから、あたしたちで食堂もりもりしているの」

「切り盛りね……わかった。去年もここで川魚のグリルをいただいたのだけれど、またお願いできる?」


 途端にふたりの小さな姉妹は顔をぱっと綻ばせた。


「ありがとうございます! すぐに用意しますね! あ、お兄さんもですか!?」

「ええっと、僕は……」

「彼にも同じものを」

「かしこまりました!」


 ふたりはすぐにキッチンに引っ込んでいった。

 カウンター越しに見える料理風景は、アルマもルーサーもヒヤヒヤして、何度手伝いに行こうとルーサーが立ち上がったが、それをアルマは引っ張って席に戻す。


「どうして」

「あの子たちの事情はわからないけど、あの子たちが店を守っているのに、そう簡単に大人が助けを出しちゃ駄目よ。もし助けて欲しいんだったら、あちら側から言わない限りは、絶対に助けちゃ駄目」

「どうしてそこまで……」

「……どうしようもないとき、誰かに任せて大変な目に遭ったら酷でしょう? 弱い子ほど、どうしようもないときに限ってどうしようもない人たちが寄ってくるんだから。だから待つのよ。助けを求めるのを」


 アルマの言葉に、ルーサーは黙り込んだ。そこまでは考えが至らなかった。


(アルマの場合、テルフォード教授に拾われなかったら、今頃……)


 なにもかもを奪われて、住んでいる町から逃げ出さないといけなくなった彼女の言葉は重い。そのことにルーサーがしょげ返っている中。プンと香ばしい匂いが漂ってきた。


「お待たせしました! 川魚のグリルです!」

「う、うん……」


 たしかにいい匂いがするものの、その見た目はさんざんだった。

 添えている野菜の切り方は歪だし、焼いた川魚も身が崩れてしまっている。しかしアルマはなんの抵抗もなくそれにナイフを入れ、フォークでそれを口にした。


「……おいしい。やっぱりおいしいわね、ここのグリルは」


 アルマの言葉を受け、ルーサーも食べてみる。

 たしかに見た目はぐちゃぐちゃではあるが、川魚の火入れはちょうどよく、皮はパリパリしていて身はふっくらしている。添えている野菜も切り方こそ雑ではあるものの、川魚と一緒に食べるとソースの代わりになって、より一層身のおいしさを引き立てる。


「おいしい……! 本当においしいよ。これ」

「あ、ありがとうございます!!」


 途端に先程から涙目だったハンナと同じように、気丈に振る舞っていた女の子が涙を頬に転がしはじめた。

 それにルーサーはうろたえる。


「あ、あの……大丈夫、かな……?」

「ごめんなさい……おねえちゃんみたいに上手くできなくって……味は、おいしいと思うんですけど……ごめんなさい……」


 そのままグズグズと泣き出してしまった彼女に、アルマは黙ってハンカチを差し出した。


「……どうしたの? 去年はたしか、ここの店は三姉妹で営んでいたわね? お姉さん、どこに行ったのかしら?」

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