第2話


 それから数日後のある日の夕方――。


「お客さん、着いたよ」

「あ、ありがとうございます」


 教会の前に着いたのは一台のタクシー。


「外は寒いからね」

「はい! 分かりました!」


 季節はそろそろ春に向かっているモノの、外はまだまだ身震いしてしまうほど寒い。

 そして、中と外の気温差のせいだろうが、太陽はそろそろ落ちそうなところ。しかし、眼を細めたくなってしまうほど、光が強くモヤも出ている。


「ありがとうございましたー。うぅ、まだまだ寒いぃ」


 タクシーを降りて、この土地に降り立ち、教会の前で仁王立ちをしているのは修道服を着た一人のシスター。


「さて、あの子はどうしているかしら」


 シスターはワクワクしながら教会へと向かった……のだが。


「たっだいま~! って、あら?」


 元気よく教会のドアを開ければ、いつもであればいるはずの弟が「あ?」とか言って面倒くさそうに出迎える。


「なんだ、お出かけ中みたいね」


 しかし、残念ながら彼女のご期待に添える「弟」はその場にいなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「はぁ。あー、マジで疲れた」


 その日、瑞樹は探偵として仕事をしていた。


「お疲れ様です」

「ああ、如月もお疲れ」


 この日は偶然如月の都合も合ったため「二人」で仕事をしており、その仕事内容は「迷い猫の捜索と保護」だった。


「はぁ。なぁんで、猫ってあんなに気まぐれなんだろうな」


 ため息をつきながら瑞樹は夕焼け空を見上げる。


「さぁ、それは……猫だからとしか言いようが」

「まぁ、そうだな」


 基本的に猫だけに限らず、動物や人間だって全く知らない相手に対し警戒心を露わにするのは当たり前だろう。


「ただなぁ」

「?」

「どうにも俺は昔から動物に嫌われるかバカにされるかのどっちかしかねぇ気がするんだよなぁ」

「ハハハ……」


 ほぼ自虐にも聞こえるその言葉に、如月は乾いた笑いで返しつつついさっきまでの光景を思い出す。

 確かに、依頼の探していた猫は割とすぐに見つかった。


「って、なんであんなところにいるんだ?」

「多分、登ったは良いモノの下りられなくなったとしか……」

「ったく!」


しかし、見つけたのは木の上。そこで瑞樹がハシゴを使って登ったのだが……。


「痛ってぇ!」


最初はそっぽを向かれ、それでもと手を伸ばそうとすれば素早い猫パンチで反撃。


「あれは危なかった」

「そうですね。手を引っ込めければバランスを崩していたでしょうし、そもそもハシゴに乗っている時点でバランスも取りにくそうでしたしね」

「まぁな。で、最終的には自分から如月に向かってダイブ。完全に俺をバカにしているとしか思えない」

「……」


 言われて見れば……そんな気もする。ただ、その猫は「私、何も知りません」と言った様な素知らぬ様子だったが、下手をするとそれも計算だったのかも知れない。


「でも、無事に見つかって良かったです」

「そうだな」


 どことなく嬉しそうな如月に、瑞樹もそう答えながら教会へと戻ると……。


「ん?」

「?」


 教会の扉を開けてすぐに目に入ったのは修道服でお祈りをしている女性の姿。


「……」

「……」


 後ろ姿で修道服を着ているので、二人の位置からは顔などのあまり詳しい事は分からない。

 しかし、こんなところでお祈りをする人間なんて、瑞樹には「一人しか」心当たりがなかったし、如月も「一人しか」思い当たる人間がいなかった。


「あー! やぁっと帰って来た!」


 そして、お祈りを終えてこちらを振り返ったのは……。


『あ』


 二人が考えた「その人」事、この教会のシスターの『シスター雪子ゆきこ』だった。


「全く! 挨拶くらいしてもいいじゃない!」


 二人に対し、ちょっとご立腹ナシスターは「ふんっ!」と鼻を鳴らして仁王立ちしているのだが……。


「いっ、いやいや! それはこっちの台詞だわ! 帰ってくるならちゃんと言え!」


 そんなシスターに対し、瑞樹は珍しく大声を出しながらシスターに迫っている。


「え、連絡したじゃない。さっき」

「さっきじゃ困るんだよ! 最悪前日くらいにしてくれねぇと!」


 シスターはキョトンとした顔で言いつつスマホの画面を見せるが、瑞樹はそれに対しさらに声を大きくする


「あの。すみません、お二人の関係は……」


 そんな二人の様子を見る限り、気心知れた仲だろうという事はすぐに分かった。しかし、如月にはそれしか分からず、言い合いをしている二人におずおずと尋ねると。


「ん? ああ、この人。俺の姉貴」

「姉だよ。如月ちゃん」


 二人は言い合いをピタリと止め、如月に対しアッサリと答えた。


「……」


 しかし、如月はその答えを想定していなかったため、その場で「は?」と言って目を点にして驚いたのだった。

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