第7話


「あなたもちょうど帰るところだったのね」


 そう声をかけたのは、今時珍しい……どころか本当に「お嬢様」と言いたくなる様な縦巻きロールの女子生徒だった。

 如月は「わざわざこんな髪型をしなくても、この学園に通っている生徒のほとんどは『お嬢様』と呼んでくれそうな使用人がいる家庭の出身者だろうに」と思ったが、それをわざわざ言ってトラブルを招くほど、如月もバカではない。


 そして、この女子生徒のすぐ後ろには三人の女子生徒が控えており、彼女より前には行かない様にしていて、いわゆる『取り巻き』というヤツだろうと思われた。


「へぇ……?」

「?」


 なかなか普段見る事のない光景に、如月はどことなく感動していたのだが、なぜかそんな目立つ彼女から視線を感じた。


 コレは……あれだ。値踏み……いや、人を見定めている様にも見える。が、多分それも違う。この視線は……どちらかというと、如月を下に見ている視線だ。


 その証拠に、彼女は「ふふん」と笑っている……様に見えた。


「……」


 如月は小さい頃からずっと『読書』をしていて、外で遊ぶよりも好きだった。小学生の頃はそのまま読書に没頭し、中学に上がる頃にはそれが『勉強』になった。

 しかも、中学は基本的に小学校の持ち上がりで、こういった学校を『受験』する人以外はみんな同じ学校に進学した。


 ただ一つだけ弁解しておくと、この時の如月は特に読書や勉強を強要されていたワケではない。


 しかし、昔からずっと『読書』や『勉強』をしていたから、特に絡んでくる相手もおらず、高校は高校で周りが自分と同じ様子だった事もあり、自分が周囲からどう見られているかなんて気にした事がなかった。


 そして、如月自身がそんな人間だと周囲に認知された頃には……誰も彼女に関心を示さなくなった。


 そのおかげまで中学の頃はグループを作る時とかペアを作る時など少し面倒な事になったが、如月は「そんな事があったな」程度の認識でしかない。


「……」


 だからなのか、縦巻きロールの彼女から差別的な目で見られても如月は特に何も感じなかった……のだが、どうやら明日香は違った様だ。


「ふぅ」


 自分を落ち着かせる様に息を吐いたのもそれが理由だろう。


「ええ、それでは」


 明日香のこの言葉と笑顔からは「早くここから離れたい」という気持ちがにじみ出ている。それこそ普通の人間であれば察し出来るくらいなのだが……。


「ええ、ああ。そうだわ、友達はちゃんと選んだ方が良いわよ」


 そう言って勝ち誇る様に笑う彼女の視線の先には如月がおり、この言葉の意味が分からないほど如月も鈍くはない。


「……」


 明日香自身が言われたのであれば一切気にしないただの戯れ言なのだが「友人が侮辱されたとなれば話は変わる」と言わんばかりに、明日香はその場で立ち止まり縦巻きロールたちの方を向いた。


「なっ、何よ」


 さすがにいつもの明日香と違う事が分かったのか、縦ロールたちがたじろいだ。しかし、その瞬間――。


「おい、何してんだ」


 瑞樹が二人に声をかけた。


「!」

「瑞樹さん!」


 如月と明日香は驚いた様にちょうど二人の後ろにいた瑞樹の方を振り返って見た。


「いつまで待たせんだよ。たかだか忘れ物を届けるだけだろ」


 呆れ顔で言う瑞樹に対し、如月は「すみません」と申し訳なさそうな表情を見せる。


「まぁ、ちゃんと届いた様だからいいけどよ」


 チラッと明日香の方を見て、彼女の手の中に万年筆があるのを確認した上で「はぁ」ため息をつく。


「じゃ、用事も済んだし帰るか」


 そう言って如月も「はっ、はい」と瑞樹の後をついて行こうとした瞬間。


「まっ、待ちなさい!」


 ずっと瑞樹から存在を無視されていた縦巻きロールの女子は声を上げた。


「あっ、あんた。その顔のほくろ」

「は? ほくろ?」


 確かに、瑞樹には左頬にほくろがある。そのほかにほくろはないため、かなり目立つのだが……。


「そんなの誰にだってあるじゃねぇか」


 瑞樹はそう言うと「帰るぞ」と先に行ってしまう。


「はっ、はい」


 如月は不思議に思いつつも、先に行ってしまった瑞樹の後に急いで付いて行き、明日香もそのタイミングを見計らって車に乗り込んだ――。

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