第二章

第1話


 あのストーカー事件が終わり、如月は瑞樹の手伝いをする様になったのだが……。


「……」

「おい、なんで勉強してんだ? しかもここで」

「え」

「いや『え』じゃねぇよ。なんでここで、勉強しているのか聞いているんだが?」


 如月は塾でも家でもなく教会で過ごす時間が増えていた。


「なぜって……それは、いつお手伝いが入るか分からないので」


 そう言いつつ教科書に向かう。


 確かに如月は今時珍しくスマホを持っていない。そのため連絡手段としては家にある固定電話を使うしか方法がない。

 しかし、それでは急いで来て欲しい時にものすごく困る。

 そこで如月は「最初から教会にいればそれでいいのでは?」と考え、ここに来る様になった。


「はぁ、お前さん」

「如月です」

「如月。随分図太くなった……というか、強くなったよな」

「……そうですか?」


 如月はそれに対しキョトンとした顔で答えたが、実はあの一件以降自分自身で気がついている。

 しかし、瑞樹の仕事は、どちらかというと探偵としての仕事が多く。基本的に如月は依頼主に出すお茶の準備を担当している。

 こうしてお手伝いをする様になって前回の様な『怪異』が絡む事は少ないという事を改めて気付かされた。


 でも、それは『怪異』が誰にでも見える存在ではないという事と、そもそも『怪異』が表立って行動する事がないという二点が主な理由として上げられる。


「で、さっきから同じ問題で躓いている……と」


 チラッと覗かれた様な気はしていたが、改めて指摘されると「うっ」と来る。


「……」


 沈黙のまま固まった如月に、瑞樹は思わず「ヤベッ」と気まずそうに飲み物を飲みながら如月から視線を外す。

 しかし、仕事がなくてもやる事は多い。

勉強もその一つだはあるが、教会に来る子供たちの遊び相手や支援活動のお手伝いもしている。

 今までは教会を遠目で見る事しかなかったが、こうして色々と参加してみると、本当に色々な事をしているのだと気付かされる事も多かった。


 今までは全ての時間を勉強に当てていた如月は、自分にとってその経験は大切なモノになっていると気付かされる。


「そっ、それにしても」

「はい?」

「母親は何も言わなかったのか?」

「何をでしょう?」


 瑞樹が言っている事は如月も分かっていたが、あえて聞き返す。


「何を……って、ここで手伝いをしている事に関して……って、おい。まさか」


 如月が聞き返した事によってどうやら瑞樹はある事に気がついた様だ。


「――言っていないのか?」

「……言おうとはしましたが、聞く耳を持たれませんでした」

「聞く耳を持たない……って?」

「どうやら母は私に興味がない様ですね」


 アルバイトとは違い『お手伝い』とはなっているが、今までの様にずっと家にいるワケではないので、それを如月は母親に言おうとした。

 だが、如月の母親はそんな如月の話を一切聞かずに今日も家を出て行ってしまったのだ。


「しかも、私が帰る頃には夜の仕事に行ってしまいますから、言うタイミングがありません」

「ん? 昼も仕事をしているのか?」

「いえ、お昼は……男遊びをしていますね」

「は?」


 如月の言葉に瑞樹は唖然としたが、紛れもない事実である。


「はぁ、娘に靴とかスマホとか買ってあげずにその金を男遊びに費やすとか……」

「ああでも。朝昼晩とちゃんと食べていますし」

「おい、そのメニューはなんだ」


 何とかフォローを入れ様とした如月だったが、そんなに如月に瑞樹は問いかける。


「メッ、メニューというか……毎回食パン一枚です」

「……は? 食パン一枚? 毎食?」

「はっ、はい」


 瑞樹が至近距離で問いかけたため、如月は両手で瑞樹を制しながら精一杯答えた……のだが。


「はぁー。マジかよ」


 なぜか瑞樹はため息をつきながらソファに座り直した。


「あ、あの。それが何か……」


 如月の回答を受けてなぜか凹むように顔を伏せた瑞樹に、如月は思わず尋ねる。


「あー、いや。何でもない。まぁ、親にあーだのこーだの文句を言われたり、それこそ乗り込まれたりしないだけマシって事にしておくわ」

「はっ、はぁ」


 イマイチ理解出来ていなかったが、とにかく大丈夫なのだろうと如月は判断した。


「ところで聞くが」

「はっ、はい」


「その食事って母親も一緒なのか?」

「いっ、いえ。母はいつもカフェとかおしゃれなところで取っています」

「服装は?」

「ブランド物が多いですね」

「住んでいる家は? ああ、場所じゃなくてどんな感じかって言う雰囲気の話な」

「え、えぇと。マンションの古くて小さい部屋です」


「それって昔からか?」

「いっ、いえ。元々は家に住んでいたのですが……」


 如月曰く、父親が亡くなって一年も経たない内に売りに出したのだと言う。その原因は言うまでもなく見栄っ張りで浪費家な母親の浪費だ。


 しかし、それは如月にとってみれば「昔からの事」でもはや諦めている。


「はぁ、聞けば聞くほど不憫でならねぇ」


 瑞樹はそう言いながら自分の顔に両手を当てる。


「で、でも。一応学校には行っていますし、払う物は払ってもらっています。今のところ健康でもあるので」


 そう如月は言うが、瑞樹は「そう言う問題じゃねぇ」とため息をつく。


「――はぁ。まぁいいや。お前さんが問題ないって言うのなら。人様の家庭に口出ししたところでロクな事にならねぇし」

「?」


 瑞樹はブツブツと一人で何やら呟いていたが、如月からは聞こえない。


「それより、さっきから何に躓いてんだ?」


 突然尋ねられ、如月は「え」と固まる……と、瑞樹はおもむろに如月の教科書を奪う。


「あ」

「はぁ。なるほどな、コレ。タンジェントは合っているが、数が間違っているぞ」


 問題を一瞥すると、瑞樹はサラリと答える。


「え」

「コレ、ここじゃなくてこっちだな」


 驚きつつも瑞樹の説明を聞きながら問題を解くと……。


「で、出来た」

「着眼点は良かったんだけどな」

「この問題が解けるという事は……それに前の事件も」

「どうした?」

「あの、瑞樹さんってひょっとして頭が良いんですか?」

「頭が良いかは分からねぇが、一応。東西寺院の高等部は卒業しているな」


 瑞樹が言った出身校を聞いた瞬間、如月は思わず「えぇ!」と大声を出して驚いてしまった。


「うるせぇな。そんなに驚く事か?」

「いっ、いえ。でも、東西寺院って、超がつくほどのお金持ちたちが通う学校だって」

「ああ、そうらしいな」


 如月は興奮しながら言うが、瑞樹はあまり興味がないらしい。


「そんな事より、勉強は終わっただろ。行くぞ」

「え? 行くって、どこにですか?」

「俺のおごりで食べに行くぞ」

「え? なっ、なんで突然? あ、あの!」


 状況を飲み込む前に、如月はコートを引っ張られながら瑞樹に常連のレストランに連れて行かれ、なぜかおごりでレストランいちおしのハンバーグを食べたのだった――。

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