第2話


「はぁ、少しは落ち着いたか」

「……」


 如月はこくこくと頷き、男性は「よし」と言ってすぐに近くにあったソファの上にあった上着を着てそのままソファに腰掛けた。


「あの、すみません」


 おもむろに如月は謝る。


 しかし、如月の記憶では「ここは何もない物置として使われていた」と記憶していたので、まさか人がいるなんて思いもしなかったのだ。


 しかも、上半身裸の男性。


「はぁ。まぁな。俺もまさかシャワーをして出てみたら突然人が入ってくるなんて思わないだろ? とは言え、こんな時間にいきなり大声を出されると近所迷惑になる。そこら辺は分かっているか?」

「はっ、はい。おっしゃる通りで」


 確かにその通りだ。今は普通であればよい子は寝ている時間である。


「それで、どうしたんだ。こんな時間に」

「どうした……って、あ。そうだ! ストーカー!」

「ストーカー?」


 男性は如月の言葉に対し怪訝そうな反応をしていたが、如月はそんな男性を見向きもせずに部屋のドアに近づきゆっくりと少しだけ開けて外の様子を窺う。


「……ストーカーなんてどこにもいねぇけど」

「え、嘘」


 部屋にいたのは若い男性。フードを被っているけど、顔は見えていて、髪の色はなぜかピンクだ。

 目は丸くて目尻が少し上がっているのを見ると、パッと見た感じ「猫」を連想させる。


「?」


 出会って数分しか経っていないがこうして少し話してみると「意外に悪いひとじゃないかも?」と如月は思った。

 もし街中で見たら絶対に「チャライ男だ」と思って近づいていなかったに違いない。


「ストーカーなんてどこにもいねぇけど」

「え、嘘」


 如月は驚いて部屋のドアを開けて外を見渡したけど、確かにそんな怪しい人物の気配はない。


「でっ、でも確かに私の後ろに誰かがいた様な気がしていたのに」


 呆然としてその場で固まっていると……男性は小さく「はぁ」とため息を零す。


「っ!」


 そんな彼のため息に如月は思わず体をビクッとさせる。

 彼とはついさっき出会ったばかりの赤の他人。それでも如月は「呆れた様なため息」は昔から苦手だった。


 ただそれは完全に母親のせいだが。


「……とりあえず座れ」


 男性は如月の反応が見えていたはずだが、それはあまり気にしていないのかソファに戻っていた。


「……」

「で、何があったのか順を追って説明をしてくれ」

「え」


 男性に言われた通り大人しく座り、その後に言われた男性の言葉に如月は思わず耳を疑った。


「あ、あの」

「あ?」

「話し、聞いてくれるんですか」

「はぁ?」


 男性はそう言いながらソファの机の上にあるお茶請けのお菓子から適当なあられを口に入れた。


「あんたが気まぐれとか冷やかしでこんなところに来る様な人間じゃないって事ぐらい見れば分かる」

「……」

「それに、さっきの慌てた様子とか今の反応とか見ていれば怯えているのもな」


 格好付けて話しているはずなのに、時々聞こえるあられの咀嚼音が聞こえてイマイチ話に集中が出来ない。

 しかし、先程男性も言っていた通り。如月は何も目的なくここに来たわけではない。


「え、と。その、実は……」


 如月はここに来るまでの経緯を男性に話した――。


◆  ◆   ◆   ◆   ◆


「ふーん、なるほどな。つまり、この近くにある公園を通って帰ろうとしたところで何やら不審な視線を感じてとりあえず近くで避難が出来るここに来たってワケか」

「はっ、はい」

「なるほどなぁ。で、後ろは振り返らなかったんだな」

「その、怖くて」


 如月が素直にそう言うと男性は「まぁ、そうだよな」と言って笑う。


「ところでお前。高校生だよな」

「はっ、はい」

「話を聞いた限り塾からの帰り道って事は、ストーカーにつけられたのだってついさっきだろ? 親御さんに連絡しなくて良いのか?」

「……」


 男性の疑問はもっともだろう。しかし――。


「いいんです。母は……今ちょうど仕事中のはずですから」

「ん? 父親は」

「亡くなりました。私が小さい頃に」


 如月がそう言うと。男性は「ああ、それでそのコートか」と納得した様子を見せた。


「はい、父が使っていたモノです」

「どう見ても男物だとは思っていたけどよ」

「いいんです」


 そもそも、如月の家は塾に行けるほど経済的な余裕はない。ある物は出来るだけ使わなければそれらを買うお金もない。


「じゃあなんで塾に行っているんだ? 聞いた限り経済的に余裕もないだろ」

「それは、母が見栄っ張りだから……でしょうか」


 苦笑いを浮かべつつそう言うと、男性は「ふーん」と頬杖をつきながら相槌を打った。


 昔はそうじゃなかった……と言うよりは、父がいた頃は形を潜めていた見栄っ張りな性格が父を亡くなってからは露呈した。


「それに、どうやら『母子家庭で可哀想』と思われるのが嫌な様で……」


 友人に送ってもらった時に怒ったのも多分コレが原因だろう。


「ほぉん。まぁ、よその家の事はよく分からねぇけど。色々苦労してんだな」

「ところであの、ここは……一体?」


 如月がおずおずと尋ねると。


「ん? ああ」


 思い出した様に男性はソファの後ろにある机の上から名札を取り出した。


 そしてそこには『瑞樹』と書かれおり、その上には名前より少し小さく『怪異探偵事務所』と書かれていた。

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