第38話 デート…… Part3

 ゆっくりと車を発進させて、来るときに通ったのとは違う道を使って高速道路に乗った。

「明里?」

静かだなぁと思って声をかけるけど返事はない。僕はちらりと横目で明里の方を見た。明里は、無防備に目を瞑って可愛らしい寝顔をこちらに向けていた。

「寝てるのか。楽しかったもんな……」

明里の可愛くて愛おしい寝顔をしっかりと目に焼き付けてから、僕は車の運転に集中することにした。その時、ある日のある光景が脳内にフラッシュバックしてきた。

 それは自宅での何気ない出来事。夕飯の買い物を終えて帰ってきたときに、ふと目にした光景。忘れていてもおかしくないくらい短い出来事。

 買い物が終わった後にリビングの扉を開けると、ソファーの上で静かに寝息を立てていた彼女。たったそれだけの記憶。

「関係ない……。僕にはもう関係ない……。そうだろ」

明里を起こさないように小声で、自分に言い聞かせるようにそう言う。けれど、彼女のその顔が全然頭から離れてくれない。

 そんな調子のままなんとか運転して、待ち合わせ場所に使った、あの公園の前に到着した。

「明里。着いたよ。起きて」

「あ、うぅ……。あ、私、寝ちゃってた?」

「うん。めっちゃ可愛かった。明里の寝顔」

「もう……」

照れたように頬を赤く染める明里。やっぱり、かわいい。

「それより、着いたよ?」

「ほんとだ……」

暗くなった窓の外を見た後、明里は淋し気にそう呟いた。

「ご両親が心配するし、そろそろ帰りな?」

「嫌だ……。まだ一緒にいたい」

明里は確かにそう言った。『まだ一緒にいたい』確実にそう言った。

 僕は吹き飛びそうな理性をなんとか堪えて、

「明里が合格して、大学生になったら一緒に住もう? だから今日は……。ね?」

優しくそう言った。

「約束だよ?」

うるうるした瞳を向けて、明里はそう静かに聞く。

「うん、約束」

僕たちは小指を絡めて、幼い子供のように指切りした。そして、少し寂しそうな明里の笑顔を見送って、レンタカーを返却し、自宅に帰った。

「今日は楽しかったなぁ……」

ベッドの上で横になりながら、旅行の余韻に浸って小さく呟く。

 今日の明里の眩しいまでの笑顔。

 可愛らしい寝顔。

 美麗で、胸が熱くなる彫刻の数々。

そんなたくさんの楽しい思い出をもってしても、僕の胸に朧気に残るモヤモヤした感覚は晴れてくれない。

 ――何かが足りない

そんな感覚が胸に残る……。

 胸のモヤモヤが全然晴れてくれないことに悩んでいるときに浮かんできたのは、明里の――。ではなくて、あの時の彼女の寝顔だった。あの時の、あの顔を僕はスマホに収めた気がする。

 いや、確実に撮った。

 僕は急いでファルダの中にある膨大な写真を漁った。


「あった……」

スマホの小さな画面に、可愛らしい彼女の寝顔が映し出される。整った顔をしてるのに、腕枕のせいで右の頬が少し歪んでる。

「可愛い……」

この写真を見ているとき、胸の中にある漠然としたモヤモヤが少し晴れた気がした。

「飛鳥……」

気づくと、僕の頬には温かいものが流れていた。

「なんで泣いてんだよ……、僕。止まれ……。止まれよ……」

一度あふれ出した感情は止まることなく、優しく頬を濡らしていく。

「あんな不愛想で、本ばっかり読んでて、料理も、洗濯も、掃除もろくに出来なくて――」

彼女に対する悪口はこれでもかっていうほど出てくるのに。どれも懐かしくて、愛おしくて、心が温かくなって。胸の中がきれいに澄み渡った。

「飛鳥……」

僕は思い出に縋るようにぽつりと呟いて、独りキッチンに向かった。

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