第33話 契約……

 明里と付き合い始めて二週間が経った。この日は家庭教師の日で、僕は玄関の扉をゆっくりと開けた。

「お邪魔します」

「はい……」

いつもの明るい雰囲気と対照的な、元気のない俯きがちな明里さん。心なしか顔色も悪く見える。

「どうしたんですか? 元気ないですね?」

「だって今日は……」

そう。この日は先日行われた模試の結果報告の日である。初めて受けた模試なんだから、緊張するのも無理はない。

「模試の結果は親御さんの耳にも入れておきたいんだけど、リビングの方でお話しできないかな?」

二階にわざわざ上がって部屋に入る直前で言うのも失礼かと思ったが、素直に伝えた。

「わかりました」

いつもよりも数トーン落ちた声。心配になってしまうくらい重たい足取り。それを後ろから見つめながら階段を降りて、一階にあるリビングにお邪魔させてもらった。

「お父さん、お母さん。模試の結果が出たって……」

「そう」

「それで先生がお母さんたちと話したいって」

明里さんがそう言ってくれた後、小さく頭を下げた。

「そうですか。どうぞ」

明里さんのお母様に促され、僕は見ただけで高そうなのが分かるダイニングチェアに腰を下ろした。

「それでは早速になりますが、模試の結果がこちらになります」

僕はファイルに丁寧にしまっておいた模試の結果を、机の上に丁寧に並べた。

「今回、明里さんが受験した科目が外国語、国語、数学、地理・歴史の四教科になります。採点の方は、各教科100点満点となっておりまして明里さんの点数はこちらになります」

点数のところに手を置いて、簡潔な説明をした。

「それで、この点数は良い方なんですか?」

お母様が心配そうに尋ねる。

「そうですね……。悪くはないと思います。えっとこちらに合格判定という欄があると思うんですが、明里さんはB判定。60から70%受かりますよ、といった感じです。しかし、今回の受験者中の判定になっておりますので、あくまで参考程度に」

一通りの説明を終えて、僕はしっかりと姿勢を正した。

「それで明里はどんな感じなんでしょうか?」

少し曖昧な表現だが、僕はカバンからタブレットを取り出して説明を始めた。

「いつもとても真面目に取り組んでくれています。明里さんの頑張りがこちらのグラフになります」

「これは?」

無表情で固まっていらっしゃったお父様が興味あり気に聞いてきた。

「こちらは明里さんの定期テストの結果と、その平均点をグラフに表したものになります。見ても分かる通り、明里さんの成績は回数を重ねるごとに確実に伸びています。一学期の期末テストでは、平均点がガクッと下がっている中、明里さんは高い点数を保っています。ですので、このまま行けば受験の方も問題なくパスできるかと」

「そうですか。良かった……」

長々した説明を聞いた後、お母様は安心したように肩の力を抜いた。隣に座っている明里さんの表情も柔らかくなったように見える。

「それでですね。一応、様子見といった形で夏休み明けまでの契約になっておりましたが……」

この言葉の返事が本当に怖くて、手が一気に冷え切ってしまう。口ごもってしまった僕を見て、少し緊張した様子のお母様が口を開いた。

「成績も順調に伸びているみたいだし、延長していただいたらどうかしら」

僕にとって救いの一言。お母様に後光が差しているように見えた。

「どうだ、明里」

お父様の方は明里さんの意志を尊重するために、厳かに明里さんに訊く。

「私は全然。先生のおかげで成績も良くなったし……」

「そうか」

明里さんの言葉を咀嚼するようにお父様の口が閉じて、重たい沈黙の時間がやってくる。心配で手に汗が滲む。緊張で体がギュッと強張る。

「先生」

「はい」

裏返ってしまいそうな声をなんとか堪えて、落ち着いた声で返事をする。

「引き続き明里をお願いします」

無表情だったお父様の柔らかい笑顔。明里さんの笑顔はきっと、父親似なんだなとこのとき思った。

「あ、ありがとうございます!」

誠心誠意、深くお辞儀をして心からのお礼を伝えた。

 その後、簡単な手続きを終わらせて、僕たちは明里さんの部屋に向かった。

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