第19話 カワイイ頼み事

「それじゃあ、今日もお願いします」

「しま~す」

定型化している簡易的な挨拶を終えて、今日も今日とて授業を始めた。

「それで、今度の模試の話なんだけど……」

僕は授業を始める前に、カバンの中からいくつかの資料を取り出して、机の上に並べた。

「模試って、絶対に受けないとダメですか?」

明里さんは少し気怠そうに。でも、少しだけ不安な様子でそう聞いてきた。

「う~ん。模試、受けたくない?」

なるべく優しく聞くと、明里さんの首がコクっと縦に動いた。

「そうだよね。俺も高校生のとき、めっちゃ嫌いだった」

「え?」

突然の砕けた言葉に驚いて、明里さんがパッと顔を上げた。

「でも。大学受験の時に思ったんだけど、模試はたくさん受けといたほうが良かったなって」

「どうしてですか?」

眉間に皺を作りながら、真剣な表情で聞いてくる。

「単純な話なんだけど、テストに慣れることが出来る。試験になるとやっぱり緊張するでしょ? 周りの人、みんな頭良さそうだなぁ、とか。自分、本当に大丈夫かなぁ、とか。めちゃくちゃ不安になるのよ。これは、本番にならないと分からないと思う。だから、その緊張を和らげるために、自分の学力的な現在地を知るために。模試って言うのは受けたほうが良いかなって思います」

実体験を交えながら、軽い言葉で話すと明里さんは、

「合格の為なら、受けます」

心を決めたように真っすぐな視線を僕に向けて、力強くそう返事をした。

「そっか。じゃあ、ここに名前と学校名。志望校とか、必要なこと書いてくれるかな?」

「わかりました」

明里さんは、手元にあるペンでスラスラと必要事項を記入して、こちらに資料を返してきた。

「ありがとうございます。それじゃあ今日の授業、始めて行こうか」

テキストを開きながら、そう言うと

「ねぇ、先生?」

明里さんは今までに聞いたこともないとにかく可愛らしくて、甘えた声を僕に向けてきた。

「どうしたんですか?」

心臓の異常な高鳴りを感じられないように、平静を装って聞き返す。すると、

「模試の点数が良かったら、私にご褒美くれませんか?」

猫のように真ん丸で、園児のように甘えた視線。そんな凶器のようなものを向けられてしまったら、いいえ、なんていうことは出来なくて

「わかりました。合格がB判定以上だったら考えましょう」

なるべく自然に、少しだけクールに返した。その言葉に明里さんは

「やったぁ! じゃあ、頑張るぞ!」

ととても嬉しそうに喜んで、黙々とテキストを解き始めた。必死な様子で問題を解き進める、可愛らしくて一生懸命な明里さんの横顔に、僕の眼は釘付けになっていた。

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