第30話:あれれっ、御堂君!奇遇だね!

***


 買い物デートを明後日あさってに控えた金曜日。

 放課後の文芸部で、堅田かただは一心不乱に執筆をしていた。


 最近読者も増えて、閲覧数が順調に増えてるらしい。喜ばしいことだ。

 なにやら物語も佳境を迎えてるとのことで、筆がノリに乗ってるらしい。


 俺は相変わらず部室の一角で、ラノベのラブコメを読んで過ごしていた。

 こうやって色々と読んでみると、コメディあり、純愛あり、青春ものありと、なかなか面白い。


 なかには主人公の陰キャ男子が複数の美少女からモテモテになるなんて、思いっきりご都合主義のラブコメもある。

 いやあ、現実にはそんなにうまくいくわけないよなぁ……なんて思いながらも。


 俺も品川さんと堅田二人から突然『好き』って言われたらどうしよう、ウヘヘ──なんてアホみたいな妄想が頭に浮かんだりした。ヤバいな俺。


 そんなことはあり得ないから、安心しろ俺。


「そろそろ下校時間だぞ。帰るか?」

「あ、私はもうちょっと執筆してから帰ります。今日は御堂君、先に帰ってください」

「おう、そっか」


 せっかく堅田の筆が乗ってるんだ。

 邪魔しちゃ悪い。

 そう思って俺は一人先に部室を出た。


 文化系クラブの部室がある中央棟から外に出たところで、意外な人物と鉢合わせた。

 部活帰りの品川さんだ。


 彼女には嫌われてるから、ちょい気まずい。

 気づかないふりをして通り過ぎようとしたら。


「あれれっ、御堂君! 奇遇だね!」


 明るく天真爛漫な品川さんらしく、弾けるような声をかけられた。

 彼女はテニス部に所属していて、ちょうど部活帰りらしい。

 明日の土曜日が対外試合で、今日は少し早めに部活が終わったと言った。


「御堂君も部活帰りかな? 今日は一人? なら駅まで一緒に帰ろっか」

「あ、うん……」


 太陽のような明るさが眩しくて、まともに返事できなかった。


 何度も冷ややかな目を向けられたし、品川さんって俺のことをどう思ってるんだろ?

 嫌ってるんじゃなかったのか?


 二人並んで駅までの道を歩きながら、色々ぐちゃぐちゃと考えてしまう。


 ──ん?


 御堂君も部活帰り?

 今日は一人?

 なんか俺の行動が読まれてるようなのは気のせいか?


「ねえ御堂君。文芸部の部室で、いつも美玖みくちゃんと二人っきりでなにしてるの?」

「え?」


 心臓が跳ね上がった。

 今日は真面目に部活をしてたものの、何度か部室内で、人に言えないような『イケナイコト』をした。

 一線を越えるようなことはしていないけれど、それでも学校内でするには充分『イケナイコト』であることは確かだ。


「いや、別に。な、なにもしてない」

「ふぅん……何も? 部活もしてないの? じゃあ余計に何してるか気になるなぁ」

「いや、ぶ、部活はもちろんしてるさ。当たり前だろ。ははっ」

「慌てるのは怪しいね。なにかイケナイことしてるとか?」


 横を歩く品川さんが、俺を覗き込んでくる。

 あの天真爛漫で明るくて、えっちなこととは無縁な感じの品川さんが言うとは思えないセリフ。


「前に下校途中に美玖みくちゃんの手を握ってたし」


 妖艶に口角を上げて、ニヤニヤ笑いながら俺を追い詰めて来る。

 やっぱり手を握ってるところを見てたんだ。


「更衣室で美玖ちゃんの巨乳を嬉しそうに語ってたし」


 ちょっと待って品川さん。

 俺を精神的に追い込まないで。

 なんでそんないじめるようなことを言うの?

 こんなの品川さんのイメージと違う。


「それは誤解だ……」

「ふぅん……誤解ねぇ」

「そうだよ。あの時話をしてたのは俺じゃない。切山きりやまだ」

「まあ、どっちだっていいけど」

「へ?」

「あ、そうだ御堂君。今度の日曜日空いてる?」

「えっと……なんで?」

「遊びに行かない?」

「え、なんで?」


 品川さんはクスリと笑う。


「んもう御堂君たら。『なんで』しか言わないんだから」


 だって『なんで』しか出ないでしょ。


 品川さんとは普段ほとんど関わりはない。しかも時々俺だけに冷ややかな視線を向ける。だからきっと嫌われてるって思ってた


 そんな品川さんから、突然休みの日に遊びに行こうなんて誘われたら、わけがわからなさすぎて疑問しか出ない。


「それはね……もっと御堂君のことを知りたいから」


 あれ?

 俺って嫌われてるわけじゃなかったんだ。


 あの憧れの品川さんから誘われるなんて……

 夢みたいだ。


 あ、でも。品川さんって彼氏いたよな。

 二年生でサッカー部キャプテンの俺様系イケメン。


「ダメだよ。だって品川さんって彼氏いるでしょ。ほら、サッカー部のキャプテン」

「んん~ そうだね。……御堂君って口堅い?」

「あ、まあそれは。自信あるな」

「わかった。じゃあ御堂君だけに教えるよ。でも、もしも漏らしたら……酷いことしちゃうぞ」


 ばっちりした目を細めた品川さん。

 やっぱりめちゃくちゃ可愛い。

 品川さんになら、酷いことされてみたい──なんて思ったわ、あはは。


「実はね……あの人とは付き合ってないよ。だから彼氏でもなんでもない」

「え? 嘘だろ? みんなそう言ってるし」

「夏休み前に告白されたのはホント。でも断った」

「あんなイケメン人気男子を?」


 信じられない。


「みんなには人気あるかもしれないけど、ああいう自信満々で偉そうな俺様系って、私嫌いなの」

「でも、だったらどうして付き合ってるなんて噂が?」

「あの人ね、プライドが高すぎて、フラれたって他の人に知られたくないんだって。私にこくるって、事前に周りに言いふらしてたみたい」


 そうなんだ。さすがモテ男の自信はすごい。


「だから一旦付き合って、何ヶ月かしてから自然消滅したことにして欲しいって頼まれた。しかもちょっと偉そうに頼んでくるんだよ。どう思う?」

「そりゃ酷いな」

「でしょ? 笑っちゃう」

「なるほどな」

「だから何度か一緒には帰ったけど、最近はもうそれもやめた」


 そういうことか。これでクラスの男子が言ってた『実は品川さんはお堅くて、彼氏に指一本触れさないらしい』という言葉の真実がわかった。


 彼氏どころかフッた相手なんだから当たり前か。

 さすがのサッカー部キャプテンも友達に『エッチした』なんて嘘は言えないもんな。そんなことを言ったら品川さんが激怒して、真実をバラされてしまう。


「そっか。衝撃的事実だ」

「うん。だから御堂君は心配しなくて大丈夫。遊び行こ?」


 なんと。憧れの品川さんからデートのお誘い。

 これはもう、承諾するしかない!


 ──って言いたい。


 言いたいんだけど、明後日の日曜日は俺は堅田と買い物の約束をした。


 堅田とはあくまで『恋人ごっこ』であって、品川さんは本気の憧れの人だ。

 だから堅田にはちゃんと断りを入れて、品川さんを優先させるって選択肢もなくはない。

 堅田の買い物はまた来週に延期すればいい。


 だけど、そんなことはできない。

 ……って言うか、したくないと思った。


 なんだかんだ言って堅田は俺を慕ってくれてる。

 まるで小動物みたいにまとわりつくくらいに。


 それに『ごっこ』とは言え、恋人のように振る舞うって約束をした。事実次の日曜日は、堅田も『デート体験』と言ってた。

 その約束を他の女の子から誘いがあるからって延期してもらうのは、明らかな浮気だよな。


 堅田が悲しむ顔が頭に浮かんだ。

 それは俺の思い上がりかもしれないけど。


「ごめん。誘ってくれて嬉しいんだけど、その日は約束がある」

「あ、そうなんだ。……もしかして美玖みくちゃんと?」

「ひぇっ! いや、まま、まさか。ちちち違うよっ」


 なんでバレるんだっ!?


「クスっ……御堂君。完全に美玖ちゃんだって、言ってるようなもんだよ?」

「あ……」


 しまった。突然図星を指されて、ついうろたえてまった。


「あのさ。品川さんって、口堅い?」

「うん。そりゃもう、バッキバキに堅いよ」


 聞きようによってはちょっとエロく聞こえるセリフだけど、天真爛漫な品川さんだからエロくない。


「じゃあ言うよ。そのとおりだ。堅田と出かける約束してる」

「ふぅーん、そっか。御堂君と美玖ちゃんって付き合ってるの?」

「いや、そうじゃない。部活の関係で一緒に買い物に行く約束なんだ」


 品川さんには申し訳ないけど、ここだけは嘘をつかせてもらう。『恋人ごっこ』の間柄なんて言えない。


「なるほどねぇ。わかった。すっごく残念だけど仕方ないかな」


 すごく残念?

 これはもしかして……俺にも本気の恋の可能性が芽生えたってこと?


「また機会があったら誘うね!」

「うん、ぜひ」


 そんな約束なんだか社交辞令なんだか、ちょっと迷う言葉を残した品川さんと駅で別れた。

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