第6話:あたしとイイコトしない?

 大人っぽい美人のお姉さまに、「あたしとイイコトしない?」って訊かれたら。

 健康な高校生男子はなんと答えるべきか?


1.「はい」

2.「ぜひ」

3.「よろこんで」


 ああ、もうっ!

 全力で快諾かいだくする選択肢しか思い浮かばねぇ!


 いや、待て。

 俺はさっき堅田かただと『恋人ごっこに協力する』と約束したばかりだ。

 それがいきなり他の女性の誘惑に負けるなんて。


 これって絶対に『浮気』だよな?

 別にホントに付き合ってるわけじゃないけど、なぜだか猛烈にそんな気がした。


「いえ、すみません。お断りします」

「ん? なんで?」


 美人さんはコテンと小首を傾げた。

 うわ、引きずり込まれそうなくらい色っぽい。


「あ、だって……俺は、その……美玖みくさんと」


 ──恋人ごっこの約束をしたから。


 もちろん正解はこのセリフだ。

 だけど相手が誰かよくわからないから、言葉を濁しておく。


「うん、なるほど。いいね。まあ第一段階は合格……としてやるよ」

「合格? 第一段階? なにそれ?」

「第二段階は……」


 いきなり二の腕をガッシと掴まれた。

 なんですかこれ?


「ふむ……まあいいだろ。お腹を見せなさい」

「ほわいっ? なぜにっ!?」

「いいから早くっ!」

「は、はいっ。すみません!」


 彼女の視線圧に押されて、思わず素直君になってしまった。

 俺は制服のシャツの裾をまくり上げてお腹を見せる。


「よし、第二段階合格だ」

「どゆことっ!?」


 まったく意味がわからない。

 この人、なんなんだ?


 美人さんはフッとクールに笑った。


「さっき私が帰宅したら美玖がいてさ。私の顔を見てめちゃキョドるから問いただしたの。そしたら彼氏が来てるからって言われて、びっくりしたのなんのって。私って滅多にびっくりしない人でしょ?」


 知らんがな。

 初対面だぞ。


 なるほど堅田は、俺のことを彼氏だって言ったんだな。


「その私がびっくりするんだから、どんだけびっくりしたかキミにもわかるでしょ」


 わかりません。

 だって初対面ですから。


「だからどんな男か確かめてやろうと思ったわけ。姉としてね」


 あ、そんな気がしてたけどやっぱそうか。堅田のお姉さんなんだ。

 真面目な妹とえらい違いだ。


 見た目はクールでエロでちょっと怖いけど。

 妹を心配してわざわざどんな男か確かめようだなんて、ホントは優しくていい人なんだな。


「美玖ってウブでピュアな子だからさ。もしも妹を騙すような男や悲しませるヤツだったら、ぶっ殺してやろうと思ってたのさ。だから私の誘惑に乗らずに、美玖の名前を出したから第一段階は合格」

「はぁ……ありがとうございます。で、お腹を見せたりした第二段階はどういう意味が?」

「ああ、あれは私の単なる趣味だね。私は筋肉質の男が好きなの。特にお腹の筋肉が割れてるかどうかがポイント」

「は……?」

「キミはまあギリギリ合格だな」


 意味不明。

 お姉さんは筋肉フェチ。それだけはわかった。

 だけど──


「それがどうして妹さんの相手を認める条件の一つなんですか?」

「いや、筋肉は美玖の相手選びとは関係ない。だから言ったでしょ。単なる私の趣味だって」


 この人……変態だ。

 もしくは脳みそが筋肉でできてる?


「んなアホな!」

「四の五の言わない!」


 うわ、こっわ。

 鬼のような形相で一喝された。

 正直びびった。


「は、はい……」

「とにかく美玖を悲しませたら、ホントにキミをぶっ壊すということは忘れるな」


 お姉さんは急に片腕を俺の方に突き出した。

 その手には黒くて四角い物体が握られている。


「これって……?」

「スタンガン」

「ひえっ! 怖すぎでしょっ!」


 俺は飛び上がってあとずさった。


 前言撤回。優しくもなんともない。

 ヤバい人だった。


御堂みどう君だね。私は堅田かただ 愛洲あいす美玖みくの姉だよ。よろしく」


 アイスさん……

 やっぱめっちゃ冷たい人なんじゃ?


 アイスさんが右手を出して握手を求めてきた。

 俺も応えて右手を伸ばす。


「よろしくお願いします」


 グイっと手を握られた。

 いってぇ。


「御堂君。美玖を大切にしなかったら私が許さない。ということは、万が一美玖にエッチなことなんかしたらマジでぶっ壊すからね。そして別れさせる。いいね」


 右手で強く握手したまま、左手に持ったスタンガンを目の前に突き出された。

 スタンガン片手にニタリと笑うなんて。

 この人マジ猟奇的だよ。怖ぇ。


 さっきまでいだいてた『もしかしたら堅田とエッチなことができるかも』なんて淡い期待は一発で吹っ飛んだ。


「は、はい。わかりました」


 これはもう、堅田とは清く正しく真面目な恋人ごっこで、彼女の創作に協力する、という道しかない。


「御堂君。スマホを出しなさい」


 愛洲あいすさんに恐ろしい顔で脅されて、無理やりLINE交換をさせられた。

 嫌だなんて言える雰囲気じゃなかった。


 女子と一対一でLINE交換する。

 それは陰キャ男子共通の夢だ。

 誰がなんと言おうが夢なんだよ!


 その夢を……俺はこんな形で叶えたくなかった。

 いたいけな少年の淡い夢を蹂躙された思いだ。


「私が帰ってきたら美玖は飲み物を探してたけど、冷蔵庫にはなかったんだよね。だから美玖には飲み物を買いにコンビニに行かせたけど、もうすぐ戻ってくる。いいかな御堂君。私と今話したことは、一切美玖には内緒。いいね。絶対の絶対だ。もしも約束を破ったら……」


 スタンガンをチラつかせるの、やめてもらえますか?

 それにわざわざ飲み物を買いにやらせてから脅しに来るなんて……この人頭脳犯かつ凶暴犯だ。怖い。


「は、はい」

「よし、素直でいい。お姉さんは、素直な子大好きだぞ」


 ニマリと微笑みかけられた。

 スタンガン片手に大好きって言われても、嬉しくもなんともない。


「そうだな。エッチは絶対ダメだといったけど……もしキミが真面目に3ヶ月美玖と付き合ったら、キスは許そう」

「え? ま、マジっすか?」


 いや、別に。

 俺と堅田はマジで付き合ってるわけじゃないし、それにキスしたいと思ってるわけじゃない。

 それなのに、やっぱ男ってエッチな餌に弱いって言うか。

 一瞬嬉しそうに答えた自分が恥ずかしい。


「ああ、マジだよ。それと卒業まで真面目に付き合ったら、晴れてエッチも許可しようじゃないか」


 いや、そんなのお姉さんが決めることじゃないでしょ!

 心の中では盛大にツッコんだけど、猟奇的なお姉さんにまた変に絡まれるのは嫌なので黙っておいた。


「ありがとうございます」

「ああ。じゃあ、ちゃんと約束は守るように」


 そう言って、嵐のように現れたお姉さんは風のように去って行った。


 堅田が戻ってきたらどうなるんだろう。


 いや、大丈夫だよな。堅田は、言っても単に妄想が激しいだけの真面目少女だ。

 実際にエッチな展開になるなんてことは……ありえない、よな?


 自分でそう言い聞かせるものの、さっきまで、ほんの少しの可能性としてエッチな展開になるかもという期待があった。

 だけどお姉さんのことを考えると、万が一そんなことになったら俺の人生は終わってしまう。


 さっきのお姉さんの脅す顔とスタンガンが頭に浮かぶ。

 やべ、トラウマになりそうだ。


 もしも高校生男子にとって夢のような展開が訪れたとすると、それがイコール地獄の展開となってしまうなんて。


 ──どんな縛りプレイなんだよコレ?


 これはもう……万が一の万が一そんな雰囲気になったら、全力で阻止しなければならない。


 そんなモヤモヤした気持ちで待っていたら、しばらくして堅田が帰って来た。

 ドアを開けて入って来た堅田を見てドキリとした。


 汗がにじんだ赤い顔。

 そしてはぁはぁと息が荒い。

 白いワンピースは汗のせいで肌にへばりつき、凶暴な大きさの胸を包むブラジャーまで透けている。

 しかも胸元のボタンがいくつか外されてるせいで、胸の膨らみの谷間が俺の目に強烈なグーパンを見舞っている。


 えらく煽情せんじょう的な堅田美玖の姿に、俺の目は釘付けになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る